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一話目:市ヶ谷殺人事件

全部で五話か六話になります。

 秋。

 日はより南に傾く昼下がり。

 僕らは五時間目の最中だった。

 教室の空気は初秋のけだるさに澱み。

 教壇の教師はそんな彼らに向かう。

 退屈。退屈な授業。退屈な日々。

 だれか壊してくれないものか。

 誰かが、僕がそう願ったような。願わないような。


 「結局来ないね。市ヶ谷。」

 ぼぉっとしていた僕に、隣りの麓郷屋がひそっと話しかける。

 「珍しいよね。市ヶ谷が休むなんてさ。四恩寺、なにも聞いてないんでしょ?」

 「ああ。昨日帰る時も、別に普通だったし、病欠なら、朝、鷺草の奴が言うだろうにな。」

 「さぼり…かな。」

 まあ、そういう事だろうと、僕もそう思った。夏休みが開けて約三週間、ちょっと学校がダレて来る時期である事は間違いない。


 市ヶ谷は結局来ず。終業に至る。

 僕はすぐさま例の教室へ向かう。


 そこは自称…いや名付け親は彼の女であるから、僕からすれば他称となるが…ミステリ研究会の教室。


 いつもどおり、彼女は既にして着席していた。僕らはいつもどおりの会話を交わす。

 「こんにちは」

 できるだけ明瞭な挨拶を心掛ける。

「こんにちは、四恩寺君。」

 今日は水曜日か…教室の壁の円盤を見てふと思い出す。

 教室…と言っても、ミス研に使うくらいだから、それほど広い部屋ではなく、まあ、7畳か8畳くらいだろうか。入口から見て左側には本棚。(推理小説や事件のスクラップより超常現象関連が多い。)右側は手前の壁に様々な張り紙、曜日とその日の活動内容を示す円盤、将棋盤と人生ゲームが置いてある。

ちなみに当分の活動は…

 月曜:休み

 火曜:超常現象調べ

 水曜:七奈美の占い講座

 木曜:探偵ごっこ

 金曜:人生占い=人生ゲーム


 七奈美とはいま僕の目の前の少女。七が苗字、奈美、名前。気持ち悪い(本人曰く。)ので、なな美と呼ぶのがミス研通例である。

 …ちなみにミス研の研究員は四人。僕、なな美、井出頭、虹宮。であるが、井出頭は只今なな美の命令で海外出張中。虹宮は…『遅刻キャラ』の為、まだ来ない。


 …とりあえず先に進んでいいかな。こんだけ説明しておけば。


 で、今日は水曜日。従って挨拶に引き続き、なな美の質問から始まる。

 これは毎週水曜に、必ず行われて、それにより、なな美が僕らを占う…ということになっている。

 「じゃあ、行きますよ?」

 「…はい。」

 「今日の昼食は?」

 「いつもどおりのお弁当。おかずはえびふらいと卵焼き、メロン、クラゲとわかめのあえもの」

 「おいしかったですか?」

 「そこそこ」

 「お昼休みは何をしていましたか?」

 「委員会があったんで、出席して寝ていたよ。」

 「五時間目の授業は?」

 「体育」

 「では、六時間目は?」

 「数学」

 と、そこで少し間を置いて、更に、

 「…いま、気になる人物は?」

 「市ヶ谷。今日休んだからね。」


 長い沈黙。

 僕寡黙。

 長い沈黙。

 僕俯く。

 「…市ヶ谷くんが、休んだんですね?」

 なな美は更にそう聞いて来た。おかしいな。普段ならここで今日の運勢が適当に告げられるハズなのに。


 「今日は木曜日ではない筈なのに。なんと奇遇な。」

 「??」

 「まあ、たまにはいいでしょう。虹宮くんにも聞いてみてください。市ヶ谷くんのこと、何か知っているかもしれないですから。」

 僕は教室を出て、講義棟へ向かう。

 途中古い時計塔の下を通る。

 この時計塔、なんでも学校創立時からあったにもかかわらず、未だ現役で動き続けている。

 塔の下を通って、僕は講義棟四階の3-Cにいるであろう。虹宮星冲を尋ねる。

 教室に入ると、やはり、そこにいた。 「…はやく来いし。もう完全放課後だろ。」

 「……………………今日、ここで話すべきこと、ある」

 「…まあ、おれもお前に聞きたい事があって来たんだがな。」

 「…市ヶ谷」

 「そうだ」

 「市ヶ谷、帰ってない」

 「ん?」

 「市ヶ谷、昨日、帰ってない、家」

 「本当か」

 「妹、話してた、ニカイ、で」

 妹。一回生の彼の妹、市ヶ谷大月。

 実を言うと、市ヶ谷は僕らからすれば良い奴なんだけれど、教育機関的にはそうではなく、夜遊びや外泊はいつものことだ。

 …じゃあどっか泊まりに行ってんのか。なんだ。

 …にしても、大抵そう言う時は、僕に連絡してきそうな物だけど…。

 僕らは一回生の頃からの付き合いで、なかなか仲がよかった。だから、彼が休む(さぼる)時は、大抵僕が連絡していた。



 ま、いっか。

 「だけど」

 「ん?」

 「星見、いない」

 「なんだ。星見もか。」

 虹宮星見。星冲の双子の妹。

 「いない」

 「そうか、体調不良か?」

 「いない」

 「そうか」

 いない、か。


 僕は虹宮と共に教室に戻って来た。

 「どうですか?」

 「…ただのサボリみたいです。妹曰く、昨日から帰ってないと…」

 「そう、ですか」

 なな美は何かを考えながら返事した。


 結局、なな美は今日は特に何も占わなかった。

 


 歯車歯車歯車歯車歯車歯車歯車。

 歯車歯車歯車歯車歯車歯車歯車歯車。

 歯車だらけの細長い部屋。

 一滴何かが滴り落ちた。

 歯車歯車歯車歯車歯車。


 時計塔は六時四分前を示していた。

 つまり、いまは六時と言う事で、僕らは教室をでた。

 「…私はやはり、間違っていると思います。パチンコに油性マジックだなんて…。」

 「まあ、普通はな、でもその時はどうしようもなかったんだよ。水性じゃかけねぇしな。」

 「油性、嫌い、うつる。」

 僕らは再び時計塔の下を通り、講義棟からエントランスへ向かう。

 途中、この学校のなかで一番古い建物を通過する。

 なぜここを通らないと、エントランスへいけないのだろう…と思ってしまうくらい、そこだけはボロボロで、暗い、古い病院のような、怪談のネタになりそうな、ボロボロの建物だ。

 …と言うか、ここをネタにした怪談は、当然…。

 「ここのトイレ嫌だよな。」

 「水洗になっただけ、マシでしょう。」

 僕らは校内で一番古いトイレの前を通過する。

 このトイレが実際に使われることはまずない。

 なにせこの出で立ちだし、講義棟に行けば普通レベルのトイレがあるからだ。

 僕らは別に理由もなく、気持ち足早にそこを通過して行った。


 六時というのは、部活動の終了時刻に定められている。

 その為、多くの生徒がこの時間にエントランスから出て行く。

 しかし

 「今日は幾分人が少ないですね」

 「…秋だからな、新人戦とかあるんだろ」

 確かに、今日はいつもに比して運動部帰りっぽい人があまり見られなかった。

 まだ頑張っているのだろうか。ご苦労なことで。


 僕らは学校を後にする。

 夕日に照らされた学校はなにかしら不気味で。

僕らはそこからさっさと立ち去らねばならない。そんなオウラを感じる。

 間も無くこの空間には人がいなくなる。

 暗闇の中に、ただの闇が広がる場所となる。


 暗。

 150センチ四方の床。

 冷たい陶器。

 水の音。

 軋む音。

 水の音。

 軋む音。

 闇。

 

 木曜日。

 やはり、市ヶ谷は学校を休んだ。

 さすがに二日も連絡なく休むなんて…鷺草もさすがに不思議がっていたが、しようがなく、ホームルームを終えた。

 「やっぱり来ないね。市ヶ谷くん。どうかしたのかな。」

 麓郷屋がどうしたのかな、という顔をして僕に話しかけて来る。

 「さあな。僕にも連絡はないんだ。家にも帰っていないらしいし…」

 「捜索願いとか、出てないの?」

 捜索願い…それは日常を格段に非常へと移りかわらしむるもの。家族は事を非常たらしめたくないらしく、まだ躊躇しているのだろう。



 授業は人一人が二日休んだ位では滞るわけもなく。

 今日も昨日と同じけだるい講義が続いた。

 誰かがこんな日常を非常へとシフトするんじゃないかと…

 …思ったり、思わなかったり。


 そんなこんなで今日の日常が終わる。

 僕の時計は三時二十分。時計塔は二時四十五分をさしていた。

 ずいぶんと時間がずれている。

 時計はそのガタイの割に時間を合わせるのは比較的簡単な作りをしているらしく、(それも自慢の一つ、らしい。)毎週火曜に職員が合わせているんだとか。

 毎週合わせるから、古くてもずれないってことだったんだけど…。

 …まあ、どうでもいいか。 僕はミス研室へ向かった。

 今日も時計塔の下を通る…

 「ん?」

 時計塔の床の真ん中辺り。

 小さな赤黒い染みが二、三個。

 小さな小さな染みだから、放って置けば気付かないかもしれないくらいの。

 しかし、目敏い僕は気付いたのだった。

 「なんだこれ。」

 血のよう、と言えば言えないこともない感じだった。

 それは、赤黒く、廊下にこびりついていた。


 ミス研室に入ると、なな美がいた。

 「こんにちは。今日は探偵日ですね。あなたが調べてみたいこと、私が調べて見たいことが一致すると嬉しいのですが」

 もちろん市ヶ谷の行方を追うことを提案しようと思ったが、その言葉が喉の先まで出かかった時に、遅れた時計塔、廊下に何かがこびりついていた時計塔が脳裏に浮かんだ。


 「やはり、あなたとミス研にいられて良かったです。」

 僕が時計塔のことを言うと、彼女は嬉しそうにそう切り出した。

 「今迄、職員の丁寧な扱いもあってか、ほとんどずれることのなかった時計塔。それが、昨日、今日になって少しずつずれている…。いまでは三十分以上ずれていますね。今日あたり、臨時的にまた職員が時間を直すでしょうね。そして、きになるのは、あの赤黒い痕ですね。」

 「あれはやはり…」

 「私の目が正しければ、血痕に間違いないでしょう」

 「誰かが鼻血でも出した…てわけじゃないよな…」

 「その可能性もゼロではないですが、とりあえずいって見ましょう」

 僕らが教室の外に出た時、丁度虹宮が来た。

 「赤い点…時計、下」

 着くなり彼女は僕らにそう告げた。

 彼女も引き連れ、心なしか急いで時計塔に行って見ると、先ほどの痕に加え、いま滴り落ちてきましたという感じの血の痕が二つ程床にあった。

 自然と3人は顔を上に向ける。

 時計塔には天井がなく、そこにはむき出しの歯車が幾つも並んでいる。

 「この上…か?」

 「昇ってみましょう」

 廊下の隅には梯子が一つ付いている。歯車のメンテナンスなんかの為に使われるものだ。

 なな美がささっと昇って行ったので、僕、虹宮も順に昇って行く。

 上は歯車歯車歯車歯車だらけ。歯車の合間を縫うように、細い通路が続いている。

 僕らは先ほど血痕があったところの丁度真上に来た。

 …その場所はすぐに知れた。

 …なぜなら、その歯車だけ、渇きかけのどす黒い血に染まっていたから…。

 …細い通路からでは歯車の反対側がどうなっているのかは伺えない。歯車だらけで、行くことも難しそうだ。

 「歯車を止める方法はないんですか?」

 「わからない。でもいつも職員が時間調節の為にいじってるレバー類の辺りになにかあるかも」

 それは下の廊下に備え付いている。

 「見る」

 虹宮がそう言って梯子を降りて行った。

 しばらくレバーをがちゃがちゃいじるをとが聞こえ…

 がしゃん

 さっきまで比較的せわしなく回っていた歯車がとまった。

 遅い歯車も(たぶん)止まった。


 僕は歯車の間をうまく渡って、通路からは死角になっている反対側へ行く…

 逆側からでは明らかすぎた。

 そこには形を失った人間が、壁と歯車の間に挟まっていた。

 それはその隙間の広さに合わせて器用に潰れていた。

 顔は歯車に埋まっていて見えない…まあ、見ないほうが幸せだろうか。

 しかし、僕は制服の下に着ているシャツから、それがだれかわかった。

 「これ…市ヶ谷だ」

 なな美が一生懸命歯車と格闘しながら近付いて来る。

 僕は彼女に叫んだ。

  「市ヶ谷が死んでる!つぶれている!殺されてるみたいだ!」

 


 市ヶ谷が死んだ。歯車の中で殺された。

 市ヶ谷が。

 … … … ……

 言い様のない沈黙が流れた。嫌な沈黙が。 友達の僕を気遣ってか。

 友達の僕を躊躇ってか。

 だから。

 僕が話をすすめなければ。

 「…僕らが知るべきことは、なんでしょうね」

 僕は続ける。

 「僕らが犯人をつき止める上で必要な情報…」

 そうですね…となな美は一瞬間を置く。

 「まず、死亡時刻、かつ、彼がここに押し込められた時刻、彼がここに押し込められた理由、殺害方法、場所、場合によっては凶器など、更には彼の交友関係、彼の性質、性格……まずはこんなところでしょうか」

 「殺害場所はやっぱりここじゃないのか」

 「どうでしょう。

こんな狭い所では生きた人間を殺すのも大変ですし、そもそも市ヶ谷くんがこんな場所に如何にしてやって来たのでしょうか。ここは別に立ち入り禁止と言うわけではないのでしょうが、別に来たいと思う場所でもないでしょう?もちろん、何らかの理由で犯人に呼び出されたのかも知れませんが、少なくとも、他方で殺された、或いは気絶させられて、ここに運び込まれた可能性は、まだ排除すべきではないでしょう」


 確かに、ここは殺害に適した場所とは思えないし、死体と歯車の血を除くとここが殺害現場だ、という痕跡も特にない。

 いくら何らかの理由で市ヶ谷がここにやってきて、いくら虚をつかれて市ヶ谷が犯人に殺されたとして、なにかしら痕跡も残りそうなもの。いや、残らないのかもしれないが、他方で殺された、或いは気絶させられた、くらいの方が、辻褄は合っている気がする。


 「何はともあれ、とりあえず彼が気の毒なので、時計を止めて、出していただきましょう。」

 僕らは教職、教医などにあとを任せた。

 死体をもっと詳しく調べるべきだったのだろうが、友達の潰れた顔を見たくはなかったし、素人の僕らがその死体から得られる情報なんてほとんどないだろう、と判断したからだ。何しろ他の傷があっても、躯は潰れているのだから、それが潰されたことによる傷か、又は別のタイミングの傷かなんて、判断出来るとは思えない。


 と、言うわけで僕ら3人は中庭のベンチに座って話し合った。

 「まず簡単なのは、彼があそこに押し込められた時間だろう。

彼が挟まっていた歯車は時計塔の歯車の中では比較的回転の遅いものだったから、彼が押し込められた後に、つまりいったん潰された後は、歯車の回転によって、彼の死体が大きく変形することはないだろう。つまり、歯車の動きを阻害していたものは、少なくとも一日、二日の単位では同じ形をしていたわけだから、歯車にかかる圧力も一定だ。つまり、経過時間と時計の遅れは比例関係にあるってことになる。」

 「…なるほど、あなたは昨日と今日の時計の遅れ具合を知っていますから、そこから、彼があそこに入れられた時刻が割り出せる…と言うことですね」

 「3:20…35分、昨日時間?」

 「昨日あそこを通った時間はあまり正確ではないけど、終業後一度ミス研室に行って、更にその後だから…三時四十分ってとこか。」

 虹宮が計算を始める。

 「経過、23:40、遅れ31分…初期値、遡ること210分、三時間半…」

 「つまり、三時四十の三時間半前…十二時十分…」

 「昼休み直前ってわけか。だが、授業中ではあるな…。」

 「生徒は授業中なので、その時間に実行はしにくいものの、他人に見られる心配は休み時間よりぐっと少ないですね。教員…とくに授業を受け持っていない教員については、授業を抜け出す必要もないですから、むしろこの時間は、夜を除けば犯行に最適な時間帯でしょう。

もちろん完全な外部の人間である可能性はゼロではないですが、この御時世、授業中に外部の人間が侵入するのはかなり困難でしょう。生徒の親とかならば、来客として学校内に入ることはできそうですから、後でその日来客がなかったかどうかは調べてみますが」

 「…となるとやっぱり、怪しいのは第一に教員、第二に生徒…」

 「まずは市ヶ谷くんと交流…良くも悪くも交流のある生徒、先生を調べてみましょうか。着目点は、

・市ヶ谷くんとの最近の関係

・昨日の四時限終了時の居場所

・最後に市ヶ谷くんと接触した日時、その時の様子(双方の)

 …と、まあこの三点です。ここでポイントは、人は100%の事実を話すことはむしろ稀、ということです。意図的に事実を歪曲している場合は元より、真実を話そうとしていても、人は何らかの記憶違い、あるいは不確実な記憶、はたまた言葉の選択ミスなどで、多少事実をゆがめてしまうことは避けられません。

 ですから、話を完全に信じ込むのは良くないですし、むしろ事実の歪曲に気付けたならば、そこが何らかの手掛かりになることもあります。ですから、人の話を聞く時は、その内容を吸収するに加え、その内容のどこがどういう風に不確実か、に着目することで、思わぬ手掛かりが得られる場合があります。このことを留意してください」

 …と、なな美は何かのプロであるかの如く聞き込みのポイントをレクチャーした。

 こんな大事件はミス研創立以来初めてだから、彼女もそれなりに力が入っているのだろう。

 不謹慎などと言う話はいまさら議論にも及ばない。

 ミス研たるもの、不可思議は解明しなければいけないのだ。

 …これは彼女の言葉であり、僕の考えではないが。


 とは言ったものの、知人に聞き込みだなんてなかなか難しい。この時点では、誰かを具体的に疑うことはできないから、露骨に現場不在証明を聞く訳にもいかない。そんなことされたら、誰しもイラッと来るだろう。まして市ヶ谷の友人だったりしたら尚のこと。僕だってまだ、この人間関係を壊したくはないのだ。


 と、言う訳で、まずは手頃な所から。クラスのやつらに話を聞いて見ることにした。

 彼らはもっとショックを受けるだろうと思っていたが、僕の考えていた(危惧していた)程ではなかった。明日になれば全校的に発表されるだろうから、波はもう少し大きくなるだろうが、今僕の前にいる方たちは、悲しみこそしたものの、ショックを受けたようだったものの、僕との会話が不可能になるほどではなかった。


 と、言う訳で、まずは麓郷屋邑。先ほどから出演している僕の隣りの席の女の子。

 彼女は生徒会役員なので、生徒会室にいた。

 この生徒会というのは不思議なもので、確かに仕事が多く、生徒会室に赴くことはよくあることなんだが、麓郷屋含め、彼ら役員は特に用がないときも、こうして生徒会室に集まって雑談に勤むのだそうだ。

 僕が生徒会室に入ると、そこには麓郷屋の他、同じく役員の三條烏丸、碁野上がいた。

 これは丁度いいのか悪いのか微妙だった。

 生徒会長の三條烏丸青柳も市ヶ谷の幼馴染みで、やはり話を聞いておきたい男だからだ。 まとめて話を聞くべきか、個々にするべきか…。

 手間は省けるが、何となく三人でセッションというのはやりにく気がした。

 しかし、悩んだ末、ここは敢えて二人まとめて話を聞くことにした。


 「どうしたの?四恩寺。生徒会室にくるなんて珍しいね。」

 「ちょっと君と三條烏丸に話があるんだけど…今暇?」

 「まあ暇だよ。もう学祭も終わったしね」

 「じゃあ、ちょっと外、出ようか」 「ここじゃだめなの?」

 僕は少し考えた。別に碁野上に聞かれたって明日には知られることなんだから、構わない気もしたが。碁野上がいるといないとでは、彼らから聞ける話は違うだろうと思い、(これは選択の問題でしかないが)碁野上なしで話を進めることにした。

 「…碁野上には申し訳ないけれど、かなり内密なことだから、三人だけで話したいんだけど…。」

 と、言うと碁野上は

「いいわ、私も帰る所だったから」

 彼女は素っ気なく言った。気を悪くしただろうか…。


 僕らは僕の教室で話すことにした。

 放課後の教室というのは、意外と人気がなく、こういうときやそう言うときには、便利だ。

 僕は三條烏丸とは面識はあるものの、それほど親しい訳ではなかったから、三人でと言うのは彼から話を聞く点ではより楽だった。

 「ふぅ。まあ、明日になればたぶん全校に知られるんだけど…」

 そう言って、僕は話を切り出した。

 「…市ヶ谷が死んだ」

 凍り付く空気。止まる時間。

 「嘘…」

 「嘘じゃない。僕もこんな嘘つくほど悪人じゃあないさ。彼は死んだ。いや…と言うか、この校内で殺された」

 事実だとわかりながら、それを受け入れられない二人。取り乱さないだけましか。

 しばしの沈黙。

 口を開いたのは三條烏丸だった。

 「…殺されたってわかるのか」

 「ああ、あの死体は明らかに殺されたものだろう。(たぶん)第一発見者の僕が言っているんだ。間違いない」

 「…四恩寺が見つけたの?」

 「ああ。時計塔の機械室の中でな。その時の詳細は言わないでおく。正直僕もあの映像は早く忘れてしまいたいんだ。忘れることはできなくとも、『過去』にして、霧に隠してしまいたいんだ。…とにかく、彼は殺された」


 そして、できるだけ早く話を進めたかった。

 「それで、だ。最近の彼のことや、彼の周囲のことについて聞かせてほしいんだ。何でもいい、知ってることを全部」

 「…ミス研の本気を出す時が来たって感じね」

 「そう言うこと。僕は彼の友人だった(つもり)だし、決して彼を知らないわけじゃないが、決して全てを知ってるわけじゃないからな。知らぬことは人に聞こうってわけだ」

 「なるほどな。まあ、最近のあいつのことでまず気になるのは、…やっぱ八神と付き合いだしたことだろ」

 「ああ。そうだな。あれは言わばかなりセンセーショナルな感じだった」

 八神八吹。僕らの隣りのクラスの女の子。かわいくて彼女を好きだと言う男は良くいるが、所謂真面目タイプで、今まで―少なくともこの学校入学以来は―誰かと付き合ったって話はなかった。

 それが突然、この前の夏休みが開けて見ると、市ヶ谷と付き合っていたんだ。

 「あれは本当に意外だったよね。真面目な八吹ちゃんが付き合い始めたのもそうだし、その相手が市ヶ谷くんって…市ヶ谷くんにしても、あんな娘がタイプだなんてね。しかも、夏休み中だなんて、一体何がきっかけだったんだろ…」

 実はこの件は一度ミス研の木曜日のテーマにもなりかけたが、僕は友人の恋を詮索したくなかったので、止めたのだった。


 さらに三條烏丸が続ける。

 「いや、そもそも、市ヶ谷が付き合うこと自体も結構珍しいんだ」

 「そうだな。あいつ夜遊びさかんだったけど、女は苦手だって言っていたし。恋愛にもそれほど興味ないヤツだったな」

 八神か…彼女に市ヶ谷について聞くのはあまりにも忍びない。

 …まあ僕が聞かなくても、なな美が詮索するだろうから、あいつにまかせるか。

 「今考えると変わったヤツだったな。市ヶ谷って…」

 「ああ、不良と内気な少年と真面目な高校生が全部混ざった感じ」

 そう。彼は真面目でもあった。やるべき(と学校が定めた)勉強はきっちりやっていたし、成績も良かった。

 むしろ成績が良くなかったら、彼にとってこの学校はもう少し居辛い場所になっていたことだろう。

 この御時世になってもやっぱり、学校は頭のいいヤツに甘い。

 「…そうだ、あとは…まあこれは今のほど珍しい話でもないけど、夏休み開け直前にあいつ、隣りの学校の…なんていったかな…とにかく隣りの学校のヤツと喧嘩したらしいぜ。


 それであいつ、夏休み明けはいきなり生徒指導室行きだったらしいな。

まあ、停学とかにはならなかったみたいだが…そうそう、その時に世界史の十之上が、やたらあいつの停学を主張してたらしい。

 まあ妙っちゃ妙だな。普通そう言うのは生徒指導役の先生だろ?まして、あの温厚な十之上だぜ?生徒指導役ですら停学はなしにしたみたいだってのに…なんかあんまこの話知ってる人いないからよくわからないんだけどな。

 まあ、実際あいつ停学になってなかったし。何とか丸くおさまったんだろ。いっつも何だかんだ停学にはならないけどな。とにかく、なんで十之上なんかが今回に限って…」

 そう言えば、新学期始まってからの市ヶ谷は、やたら十之上の愚痴を言っていたな。授業で先生が『怒れそうな』ヘマしたりする奴じゃないから、外見には解らなかったが…。


 「まあ、先生との関係は…あんな奴だから決して良いとまではいえなかったが、意外と生徒指導役の新垣なんかとはうまくやってたみたいだったな」

 「ああ、市ヶ谷くん、理系だからね。ほら、新垣先生は数学でしょ?だから妙に慕ってるとこあったよね」

 …やっぱり話せば話すほど市ヶ谷ってヤツがわからなくなる。人物像が一つに定まらない感じ。

 なんだろう。双子みたいな顔の同じ市ヶ谷が二人いて、代わり番こに登校しているみたいな…そんな感覚。…もちろん彼双子ではない。

 麓郷屋、三條烏丸から聞いた話はだいたいこんな所だった。

 なんだろうな。この、しっくりしない感じ。僕はあいつと結構仲良かった筈なんだがな…それにさっき聞いた話はどれも僕にとって全く奇異で初耳なニュースって訳でもなかったはずなのに。

 改めて聞いてみると、本当、あいつは片方向からじゃ何もつかめないヤツだ。

 今の話から疑いたくなる人々は、まずは八神八吹。二人の組み合わせはやっぱり不審だ。そして、そうなると八神を慕ってた男共も視野から外すべきではない。こっちは不特定多数に近いからもう少し絞り込みが必要かな。

 教員については十之上、そして指導役の新垣か…。十之上は言うまでも無いし、逆にポジションの割に親しい新垣ってやつもうさん臭い。

 あとは強いて言えばだが、外部であいつの喧嘩相手…名前くらいは知っとくべきかもな。

 まだまだストーリーを組み立てるには不十分だな。とりあえずミス研室に戻ってなな美と話を噛み合わせてみるか。


 市ヶ谷篇…完

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