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Information security~情報セキュリティ推進会の活動~

作者: 鈴珀七音

情報セキュリティ推進会

このサークルは、身体的なハンディキャップにより情報を収集することが困難である人に対し情報提供をする()()()()を行うために作られた集団である────

 私は今日から大学生だ。黒く真新しいスーツを着て、学校の近くにある参道を通っていく。私がこれから4年間お世話になる大学は、この辺では由緒あるお寺に併設するように立っていて、学校の中央には大きな参道が通っている。左右に立派な木々が並んだ参道。そこを抜けて、私は大学の体育館へと入っていく。体育館の入り口のそばには〝入学式〟と書かれた看板が立てかけられていた。やっと大学生になったんだ。改めて、私はこのうれしさを心に刻み込んだ。

 入学式の会場となる体育館の中へ足を踏み入れると、床には一面に緑色のシートが敷かれていて、パイプ椅子が縦横ブロック分けするように規則正しく並べられていた。前の方には学科名の書かれた立て看板が掲げられている。私は一緒に来ていた母と別れて前の方へと歩いて行った。すると、普通の入学式には見られないようなものが備え付けられている。それは、180~90センチくらいだろうか?スクリーンが前方と体育館の真ん中に2か所ずつ設置されていた。でも見るからにいつも常設されているものではないようで、プロジェクターから映し出されるものを表示する布がぴったりと張られているだけのものだ。そしてそのスクリーンすべてに、黒い画面に白い文字でこう表記されていた。


〝こちらのスクリーンでは


情報セキュリティ推進会による


情報保障を行います〟


情報セキュリティ推進会?情報保障?なんだそりゃ?私の頭の中に疑問点がいくつも浮かび上がる。まぁいいかと思いながら私は席へと座った。

 式が始まり、私は手元に配られた式次第を見ながら喋っている人たちの声に耳を傾けていた。しかし、すべて読み終えてしまった私は、何となく式が始まる前に気になっていたスクリーンに視線を移す。そこに映し出されていたのは、始まる前と同じ黒い画面に白い文字。でも、そこに書かれていた内容が私の興味を引いた。それは、今前で喋っている内容とまったく同じ文章。つまり、()()だったから。何この学校、喋った内容が字幕で出るようになってるの!?私は目を輝かせて、そのスクリーンにくぎ付けになった。

 式が終わり、司会者の指示で学科ごとに固まって退場していく。私が所属している学科は最後の方に退場するようで、少し待ち時間があった。私は相変わらずスクリーンの方にくぎ付けになっている。すると、スクリーンの文字が式中とは違って少し乱れているのに気付いた。さっきより文字が画面に出るのが遅いし、ちゃんと文になっていないところもある。どうしたんだろう?と思っていると、私の右側から気になる音が聞こえてきた。カタカタと忙しない音。その音のする方向を見てみると、前で真剣な表情をしながら一目散でパソコンに文字を打ち込んでいる人たちがいる。まさか、しゃべっていることをすべて打ち込んでいるの?

 これが私と情報セキュリティ推進会との出会いだった。


 数日後

 情報セキュリティ推進会というサークルが頭から離れなくなってしまった私は、新入生向けに配られたパンフレットに部会を開くと書かれていたのでそこへ行ってみた。すると、そこにはたくさんの人が集まっている。私は恐る恐る部会の部屋へ入っていった。部会が開かれるという部屋は、入り口のドアのところにIT教室と書かれていただけに、前の方に大きなスクリーンとホワイトボードが置かれている。そして二人一組になって座れるような細長い机が置かれていて、椅子の前と座っている人たちの間のところに蓋のようなものがついていた。ほかの授業でちらっと入ったことがあるけれど、確かその蓋の中にはパソコンのモニターが入っているんじゃなかったかな……?すると、誰かが私のところへ駆けてくる。

「君、入部希望の1年生?」

私は「はい」と言いながら首を縦に振った。鼓動が強く伝わってくる。やばい、急に緊張してきた。

「そっかそっか。じゃあこっちにおいで。」

先輩に連れられて、私は案内された席に座った。周りには、私と同じように緊張した面持ちの人たちが座っている。近くに座っている人たちは、みんな1年生なのかな?

「じゃあ時間になったので部会を始めまーす!」

さっき私を案内してくれた先輩が前に立って、みんなに指示をし始めた。もしかして、部長さんだったのかな?

「まずは1年生の皆さん、みんな入部希望ということでありがとうございます!部長の佐々木です。じゃあ先に自己紹介でもしてもらおうかな。」

ということで、3年生の先輩たちから順に自己紹介をしていく。その後2年生、最後に1年生のところへ回ってきた。佐々木先輩と目が合う。どうやら自己紹介は私からみたいだ。私はその場で立ち上がり、辺りを見回してからしゃべり始めた。

鈴葉すずは 奈緒なおです。よろしくお願いします。」

頭を下げると、パチパチと拍手の音が聞こえてきた。私はホッとしながら席に座る。今ここにいる1年生は私を含めて6人で、男の人が2人と女の人が私を含めた4人。同じ学科の人が多いけれど中には他学科の人もいた。

「ありがとう。ではさっそく、1年生向けに情報セキュリティ推進会について簡単に説明していきますね。」

すると、先輩は慣れた手つきでパソコンを操作し始めた。スクリーンにプロジェクターから図を映し出し、指示棒で指しながら説明していく。

「私たち情報セキュリティ推進会は、()()()()をするために立ち上げられたサークルです。でも、情報保障って言われてもよくわからないよっていう人もいると思うので、それについて先に説明していきます。」

なんかすごい重要そうな説明をしているので、私はリュックの中から適当なルーズリーフと筆記用具を取り出した。

「情報保障っていうのは、ずばり〝身体的なハンディキャップにより情報を収集することが困難である人に対し情報提供をする〟っていうこと。すごく難しそうに聞こえるけれど、実は身近なところですでに行われているんだよ。」

私は思わずメモを取る手を止めた。え?情報保障って身近なところで行われているの?

「典型的な例は()()()()ね。この身体的なハンディキャップっていうのは、主に聴覚や視覚に関することを指すことが多いの。」

私はポカーンと口を開ける。点字や手話は何となく知っていたけれど、そういうことのために使われていたんだ……。

「私たちはそういった方々のためにいくつかの班に分かれて活動を行っています。もちろん全員で一緒に活動することもあるけれど、基本的には班ごとで活動することの方が多いかな……。班は大きく分けて3つ。たまに増えることもあるけれど、大体はこの3つに分かれて活動しています。」

そしてホワイトボードに班の名前を書きだした。書かれたものは

〝手話班〟〝点字班〟〝テイク班〟。

「1年生の皆さんは、必ずこのどこかの班に所属してもらいます。もちろん複数の班に所属してもらっても大丈夫。これから数か月間かけて、どの班に所属するかを決めてもらいます。主にどんなことをやるのかは後でプリントを配るので、それを参考にしてください。何か質問があったら、遠慮なく先輩に聞いてくださいね。」

部会が終わった後、私はしばらくホワイトボードに書かれた班の名前を眺めていた。手話班と点字班はなんとなく想像ができるけれど、テイク班って何をするんだろう?私はさっきプリントを配ると言っていたことを思い出して急いで取りに行った。そしてテイク班のところを読んでみる。

()()()()()()()?」

「もしかして、テイク班に興味があるの?」

先輩が私の顔を覗き込んでくる。もしかして、私の疑問が声で漏れてた?

「いや、そのパソコンテイクって聞いたことないなって思って……。」

「なるほどね。パソコンテイクはあれだよ、入学式でスクリーンに文字を映していたでしょ?あれ。」

私は先輩の言葉を聞いて目を見開いた。

「私、入学式のやつを見てここに来たんです!パソコンテイクっていうんですか!?」

「そうそう。珍しいね、パソコンテイクに興味をもってここに来るなんて……。」

「はい!なんか、感動しちゃって……。」

私は急に恥ずかしくなって、顔が熱くなる。すると、先輩は腕時計を見てから少し考え事をしているようだった。そして何かを思いついたようで、片方の手をこぶしでポンと叩く。

「じゃあ、明日の昼休み空いてる?毎週その時間に練習してるんだ。」

私はその言葉に目を輝かせた。

「行きます!」


 次の日、私は先輩に言われた場所へ向かった。ドアを開けると、会議室のように長机が一周円を描くように並んでいて、そこに4人くらいの人がパソコンを開いて座っている。

「君がテイクに興味があるっていう1年生?」

「は、はい……。」

私はドキドキしながら先輩に招かれた椅子へ座る。すると、先輩が話し始めた。

「まず、パソコンテイクっていうものがどういうものなのかを説明するね。パソコンテイクは、さまざまな原因で音や会話を聞き取ることが難しい方のために、周りの音声情報を聞き取って、それをパソコンに入力して伝達すること。いわゆる映画とかの字幕に近いものかな。」

私は先輩の話をうなずきながら聞いていく。

「じゃあパソコンテイクの仕組みを説明しようかな。」

そういって、先輩はパソコンの操作を始めた。そして緑色のアイコンをクリックする。すると、画面いっぱいにいろんなウィンドウが出てきた。黒い画面が表示されたもの、訂正と書かれていて何かを入力するための場所があるもの、8人モニターと書かれている枠、連絡と上に書かれた時間のようなものが書いてあるもの、ほかにもたくさん……。

「パソコンテイクは、このI()P()()()()っていうフリーソフトを使ってやるんだ。これがそのソフトなんだけど、これは近くにいる人たちと連携をとってスクリーンに表示するためのもの。これはちょっこらやって見せた方が速いかな?」

先輩は近くにいる人たちに話しかける。すると、「そうだね」という返事が来て簡単な打ち合わせを始めた。

「じゃあ2分交代で、1年生に紹介するだけだから1回ずつやったら止めようか。ペアは隣に座っている同士の2・2で。順番は向こうから。」

「「「了解です!」」」

そして先輩は連絡と書かれたウィンドウを操作して2分に設定しているのが見えた。

「みんな設定はOK?」

「「「大丈夫です!」」」

「じゃあいきます!せーの!」

4人が一斉に連絡のところにチェックを入れる。すると、時計が動き出した。そして4人の中の1人が、YouTubeから音声を流し始める。すると、奥に座っている2人の先輩の方からキーボードの打鍵音が聞こえてきた。私の隣に座っている先輩が小声で説明してくれる。

「入学式なんかみたいに事前に原稿がもらえたら、前ロールっていうものに原稿を本番前に打ち込んでそれを流すんだけど、ない場合はこうやって手で打ち込んでいくんだ。この8人モニターってウィンドウがあるでしょ?これは、自分たちが今打っている文章がリアルタイムで見ることができる。僕たちはこれを見て、ペアの人と打っているところが被らないように気をつけて打つんだ。」

私は「へぇー」という声をあげながら頷いた。するといつの間にか2分が経ったらしく、連絡のウィンドウが赤く点滅する。そして先輩が打ち始めた。打鍵音が乱れることなく、間をあけることなく聞こえてくる。は、速い……。私は先輩のタイピングの速さに圧倒されてしまった。私はそれでも頑張って8人モニターを見てみる。すると、文を短めに切って2人交互に打っているのがよくわかった。

あっという間に2分が経って、先輩が一息つく。

「いつもこんな感じでやっているんだけど、どう?一緒にパソコンテイクやりたい?」

「やりたいです!」

私はこぶしに力を籠める。すると、先輩たちの目が急に輝きだした。

「これから、よろしくお願いします!」

これで私はテイク班に入ることに決めた。


 情報セキュリティ推進会に入部して数週間が経った頃、手話班主催で手話の講習会が始まった。サークルの顧問の先生が手話に詳しいらしく、みんなの前に立って手話を教えてくれる。講習会にはクラスがあって、私みたいな手話初心者で簡単な単語から始めて自己紹介をできるようにすることを目指す初級クラスと、前から手話をやっていて日本手話というものを学習していく上級クラスに分かれている。私が通っている初級コースは、この前先輩にパソコンテイクを教えてもらったあの教室で行われていた。

「今日は疑問詞について学習していきます。疑問詞は英語の5W1Hを想像してもらえると分かりやすいかな。」

そういって先生はペンを手に取り、ホワイトボードに書き出していく。


What なに

Who だれ

When いつ

Where どこ

Why なぜ

How どのように


「今日覚えるのは主にこの6つ。じゃあ始めていこうか。」

先生が私たちの方へ向き直る。私たちの周りに一気に緊張感が漂った。

「上から順番に行くよ。まずは“なに”。」

先生が単語と一緒に手話を出してくれる。右の人差し指を立てて、左右に軽く振っていた。先生が出した手話をみんなで一斉にまねしていく。無意識にこういった行動をとっているなぁと思い出して、心の中で少し笑ってしまう。

「次は“だれ”。」

右手の指を曲げて頬に当てて、軽くこするように前へ出す。すりすりという肌同士が触れてこすれる音が聞こえた。なんか頬を撫でられているみたい。

「この次は“いつ”。」

両手を手首で交差させるように縦に重ねてから、親指を順に折り曲げていく。この手話は少し自分の中で覚えるのが難しそうだ。さっきの二つの手話は何となく意味と行動が通じている気がするけれど、この動きはパッと関連性が思いつかなかった。もう少し考えれば思いつくのかな?

「この次からは少し簡単。“どこ”。“なに”という手話の前に“場所”という手話を付けます。」

右手の指を軽く曲げて下に向け、軽く下げる。その後に“なに”という手話をくっつけていた。へぇ、2つの手話単語を組み合わせて表わすんだ。単体でやればわかるけど、文章になった瞬間分かりにくくなりそう……。

「次は“なぜ”。“なに”という手話の前に“理由”という手話を付けます。」

右の人差し指を伸ばし、握った左手の下を手前から向こうへ動かす。その後に“なに”という手話をしていた。これもさっきと同じような感じだ。私は脳内に刷り込ませていくように先生のまねをする。

「最後は“どのように”。“方法”という手話をした後に“なに”という手話を付けます。」

右手で左手の甲を数回叩いた後に“なに”という手話をしていた。“方法”という手話は違う回の手話講習会でもやっていたから見覚えがある。疑問詞にも使うことがあるんだね。

 この6つ以外にもあと3つくらい疑問詞を教えてもらった。早く定着させて、手話で会話ができるようになりたいな!


「奈緒ってさ、いつもサークルで忙しそうだね。」

 授業の空きコマ、食堂で昼食を一緒に取る同じ学科の友達にそう言われた。

「え?そう?」

「うん。だって、手話講習会行ってパソコンテイクの練習やってその上部会でしょ?1つしかサークル入ってないのに、すごく忙しそうにしてて……。なんでこんなサークルやってるの?」

友達が指折り数えながら尋ねてくる。私はその言葉に少しムッとした。でもその気持ちを抑えながら話していく。

「私には()()()()()()()()()()()()から。」

「え?」

私は食事の手を止めて、箸を机の上に置いた。

「私の母親。あんまり耳がよくないの。」

私の話を聞いた友達が持っていた箸を落とした。カランカランという音が辺りに響く。

「ご、ごめん。無神経なこと言っちゃった……。」

友達の声に、私は慌ててフォローする。

「いいのよ、大丈夫。私も最近気づいたから。」

「え?」

友達が首を傾げる。

「最近ね、なんで入学式のときにテイクに興味を持ったんだろう?って考えたことがあったの。自分が小学生だった時、中学生だった時、高校生だった時、それぞれ思い出してみた。それでね、自分って()に興味があるってことに気付いたんだよね。小学生の時は鍵盤ハーモニカやリコーダーが好きでずっと吹いていたし、それじゃあ飽き足らずに中高で吹奏楽部に入った。今は音楽をやっていないけれど、毎日のようにイヤホンで音楽を聴いているし、音の持ってるエネルギーを感じたりするのがとっても好き。考えすぎかもしれないけれど、私がそういう音に興味を持ったのって母親の影響があったんじゃないかなって……。私の親戚には音楽をやっている人はだれもいないし、自分も周りの人からも不思議に思われていたから……。耳がよくない母とか、私たちと同じ音を聞き取ることができない人を何かの形で助けたいっていう思いが前から強かったのかもしれないなって……。」

「ふぅん……。」

友達が肘をつき、私の話を聞いている。

「なんだかよくわかんないけどさ、やりたいことがあるっていいなって思った。大変そうだけど……。だから、これからはそんな否定的なこと言わないようにするね。頑張って、奈緒。」

友達の言葉に、私はふふっと微笑みを返した。

「ありがとう。」


「外部の方から、テイク班あてに依頼がありました!」

 ある日の部会で、佐々木先輩からこんな話があった。テイク班あてに依頼ってすごいピンポイントだなぁ……。

「依頼内容は、大学で行われる生涯学習の講演会でのテイクです。詳細はLINEの方で送りますね。この依頼はテイク班だけだとキツイところが出てくると思うので、ほかの班でも協力していきたいと思います。」

先輩の真剣そうな表情……。なんか急に緊張してきた。なんでだろう?すると、テイク班の先輩が小さく耳打ちしてきた。

「鈴葉ちゃんのデビューだね。」

その言葉に私は目をパチクリさせる。

「え、私も打つんですか!?」

「そうだよ。テイク班に入れば自動的にテイカーのメンバーだから。」

そんな、聞いてない……。もっと練習しなくちゃ。そう思った瞬間だった。


 そんなこんなで講演会当日。私は入学式のときと同じスーツに身を包み、集合場所へ入っていく。集合場所はいつも手話講習会をやっている部屋で、いつも緊張でガチガチになってしまう私にとっては、見慣れた場所を見ることができて心が少し楽になった。教室に一番乗りしてしまった私は、相棒のノートパソコンを机の上に置き、近くにあった椅子に座る。そしてノートパソコンを撫でた。

「今日はよろしくね。一緒に頑張ろうね。」

吹部のときからの癖。演奏会とかの当日にはいつも楽器を撫でてしゃべっていた気がする。そんなことをしていると、次々と部屋に人が入ってきた。パソコンを起動させ、今日の流れを確認する。段々緊張してきて体がガチガチになってきた。練習が始まっても、指が思うように動かない。どうしよう、今日先輩たちに迷惑かけちゃうかも……。私が大きく溜息をすると、近くにいた先輩たちが話しかけてくれる。

「緊張してるの?大丈夫だよ。」

「テイクは自分一人でやるんじゃない。みんなでやるんだ。」

「僕たちが鈴葉ちゃんをフォローする。だから僕たちに任せて。」

「一緒に頑張ろう!」

先輩たちの言葉で、私の緊張が解れていく感じがした。

「ありがとうございます。頑張ります!」

私は拳に力を籠めて“がんばる”という手話をする。すると先輩たちも返してくれて、教室の中の緊張感もほぐれて笑い声が響いた。

 講演会はとりあえず成功。でも、誰がしゃべっているのかをテイクできなかったことが反省点として挙がった。その代わりに先輩たちが私のことをほめてくれる。

「鈴葉ちゃん、初めてだったのにあんなに打ててすごいじゃん!」

「また頑張ろうね!」

私は笑顔で「はい!」と返事をした。


 毎週の手話講習会とテイク練のおかげでそれぞれが上達してきた頃、部会で新たな依頼があった。

「今回の依頼は情報セキュリティ推進会全体への依頼です。」

「へぇこれは珍しい。」

後ろから3年生の先輩が声を上げる。部会の雰囲気もこれまでとは変わったのが分かった。

「そうね。今回の依頼は、大学で行われる()()()()()()です。」

『?』の文字が全員の頭に浮かぶ。なんか、内容がぼんやりしすぎていない?

「なんか理由が2つあるみたいで、1つは学会での人員不足。もう1つは来場したいという方の中にろうの方がいらっしゃるみたいで、サポートの方が欲しいっていうこと。」

「ほぉ」という声が辺りから漏れる。やっぱり、イマイチピンとこない……。

「でも、これってすごいことなのよ?この前の講演会でのテイクがあったでしょ?あの講演会でのテイクと、情報セキュリティ推進会のチームワークの良さに感動して依頼してくださったんだって。学生のために、いい経験になればと思って。」

佐々木先輩の言葉を聞いて、目を輝かせる。あの講演会が新たな依頼を生んだんだ……。

「ということで、点字班は学会でのスタッフ、手話班はろうの方の補助、テイク班は学会のテイクで振り分けていきます。みんなで頑張っていきましょう!」


 運び込まれるたくさんの機材、偉そうな人たちの集団……。学会当日の会場は何とも言えない重々しさがある。とはいっても、私たちの学校の講堂を貸し切っただけなんだけど……。私たち情報セキュリティ推進会は、スタッフの方々の指示を聞きながら手伝いをしていった。

「なんか、すごい雰囲気……。」

「この前の講演会とは全然違う……。」

近くの人からこんな声が漏れ出てくる。私はスーツの襟を正して気を引き締めた。そしてこっちのテイク班では、せっせとパソコンテイクの準備をしていく。この前の講演会でも同じようにやったから、前回よりもスムーズに物事が進んだ。私はホッと一息して自分の席へ座る。ノートパソコンの画面にはIPトークが起動していて、その中の8人モニターには仲間の名前が表示されていた。その名前を見ていると、この前の講演会のことが頭の中に思い出される。

「〝テイクは自分一人でやるんじゃない〟って先輩がおっしゃっていたよね……。」

そう呟いて、私は微笑んだ。前回は先輩たちに任せきりになってしまったから、今回は自分も積極的に先輩たちをフォローしよう。私はそう心に決めた。


 学会がお昼過ぎくらいからすぐに始まるので、少し早めの昼食になる。テイク班のメンバーはみんな交代で昼食をとることになった。ほかのところでも同じようにするようで、会場の雰囲気が少し緩む。私は座ったときに邪魔になったのでスマホを机の上に出した。そして椅子に座ったまま伸びをして体を少しほぐしていく。先輩たちが帰ってきて、私は慌てて会場の外へ出た。そして近くのコンビニまで昼食を調達しに行く。今日は朝に少し寝坊をしてしまって、買う時間がなかったんだ……。

 さっさと昼食を選んで外に出ると、学校の参道のところでうろうろしている人を見かけた。何か迷っているのかな?確かに、ここら辺ってわかりにくいところが多いもんね……。私はその人に声をかけてみることにした。少しずつ近づいていく。すると、私はあることに気付いた。両耳に、透明なイヤホンのようなものがついている。あれってもしかして、()()()?私は筆談をするかもしれないと思ってポケットの中を漁った。紙やペンがなくても、スマホがあればどうにか筆談ができる。でも、ポケットの中には何も入っていなかった。しまった、自分のパソコンのところに置いてきてしまったかもしれない。でも、ここで引き下がるわけにはいかない。だって、私は情報保障をする集団に入っているんだから。手話だって頑張ってきたし、何としてでも助けてみせる。私は勇気を出して肩を叩いてみた。すると、その人の顔が私に向く。

「どうかしましたか?」

私は“なに”という手話をしながら声をかけてみた。すると、手話で会話が返ってくる。指文字の後に“大学”と“ここ”という手話。「〇〇大学はここですか?」って聞いているんだ。でも、指文字が速すぎて読み取れない。でも、ここの近くには大学はここしかないから合っていると思った私は、“同じ”という手話をしながら「そうです」と返した。すると、また手話で会話が返ってくる。読み取れた手話は、“本” “行く” “したい” “場所” “なに”。あとは初めて見る手話単語だったり、指文字だったりで読み取れない。どうしよう?やっぱり無理だったかもしれない。私は頭を抱えてしまった。でも、読み取れた単語でどうにかするしかない。私は頭で頑張って捻りだした。確か“本”という手話は“学ぶ”という手話でも使われていたはず。そして“場所”と“なに”という手話を組み合わせると、“どこ”という意味になる。“本”という手話と“行く”という手話の間には何かもう一つ単語が入っていた。建物の屋根のような形の単語が。もしかして……。私は指文字で“が” “っ” “か” “い”と表わしてみる。すると、“同じ”という単語が返ってきた。そっか、この人は「学会に行きたいけどどこ?」って言っているんだ。「私もそこに行くつもりだ」と表わそうと私は“私” “同じ” “場所” “行く”という手話をしていく。ほとんど声を出さない会話だけど、ちゃんと意思の疎通ができていることを感じて、心の中で少し感動した。そのあとで、‟私” “同じ” “場所” “行く” “したい” “お願いします”という手話が返ってくる。これは、「私はそこに行きたい」って意味だ。私は“分かった”という意味で胸を2回叩いた。


 教室に戻ってきたところで、私はとりあえず情報セキュリティ推進会の人たちを探す。たまたま手話班の人を発見したので、その人に手話通訳をバトンタッチをした。私は控室となっている教室に入り、ご飯も食べずにぐったりと机の上に頭を置く。同じ時間に昼食をとることになっていた先輩に声をかけられた。

「どうしたの?さっきも戻ってくるのに時間かかってたし……。何かあった?」

私はその先輩にさっきあった出来事について話した。

「すごく緊張してたみたいで、なんか力が抜けてしまって……。」

すると、先輩が肩をやさしくポンポンと叩いてくれた。

「そっか、それはお疲れ様。でもよく頑張ったじゃん。私が同じことに遭遇したら、ここまで連れてくるのは厳しいと思うな……。」

「そうですか?」

「うん。途中で諦めてしまうと思う。よく頑張ったね。まだ時間はあるから、ゆっくりしてていいよ。」

「ありがとうございます。」

私は微笑んで先輩を見送った。


 学会が始まって、テイク班の人たちは真剣な表情で文字を打ち込んでいく。学会を行っている間のテイクをしていないたった数分間の休憩時間、私は心を落ち着かせるために周りを見る。パソコンでノートをとる人、配られた冊子に目を通す人、必死にスタッフのフォローに回る情報セキュリティ推進会の人たち……。中には私が道案内してきたあの人もいた。質問の時間には、手話通訳のために隣で座っている仲間と会話をしている。私はこの光景を見て、ホッとした。今、ここにいる全員が()()()()()()()()()()()()()()()。あれが、私たちがずっとやろうとしてきた()()()()ってことなんだね。

 学会が終わると、私が道案内をしたあの人が話しかけてきた。そして仲間の手話通訳を介してあの人と会話をする。その会話の中で、私は手話の学習を始めて1年も経ってないという話をすると、ほんとに驚いた様子だった。そして最後に、“ありがとう”と手話で言われる。私はあごのところに小指を当てて“どういたしまして”と返した。




 あれから2年後の4月

 私は3年生になった。学科の垣根を越えた人たちが全員入れるくらいの大きな教室には、席を埋め尽くすほどの1年生たちが座っている。その1年生のそばには、〝新入生向けサークルオリエンテーション〟と書かれた冊子が置かれていた。

「では、続いてのサークルは情報セキュリティ推進会の皆さんです。」

司会の人から声をかけられて、私はマイクを手に持ち一番前に出る。ざわざわとしている教室の中にいる人たちは、みんな下を向いたり横を向いたりしてしまっている。興味がある人が少ないのかな……?私は心の中で少しがっかりしてしまった。でも、私が今日ここで伝えたいのは、サークルのことだけじゃない。私はマイクのスイッチを入れた。

「皆さんこんにちは!情報セキュリティ推進会部長の鈴葉です。今日は皆さんに覚えていってほしいことがあります。」

ざわざわとしていた教室が一気に静まり返る。

「もし何か困っている人がいたら、()()()()()()()()()()()()。世の中には、身体的なハンディキャップにより情報を収集することが困難である人がたくさんいます。中には、SOSをうまく発することができない人もいます。あなたが声をかけることで、行動をすることで、その方たちは()()()()()()()()()()()()()()んです。私たちは、できるだけ多くの方に情報を届けるために様々な活動をしています。興味のある方はぜひ、私たち〝情報セキュリティ推進会〟に声をかけてくださいね!」

この話はフィクションです。

ですが、こういったパソコンテイクや手話・点字をはじめとした情報保障の活動は様々なところで行われています。

こういった活動を、1人でも多くの方に知ってもらうことができたらと願っています。


最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

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