ループ
天井が見える。木造の四角い天井である。天井には面白味のない電球がぶら下がっているだけだ。なぜ私は天井を見ているのか。そう考えるとまるで哲学者の台詞のようだ。しかしそんな知的好奇心をくすぐるような状況ではない。
私は今、金縛りにあっている。
首は動かそうにも動かない。シャーペンで描いたようなガリガリの体は大の字の姿のままでベットの上で硬直している。捻れているタオルケット一枚が腹だけを暖めている。
めでたく人生初の金縛りである。噂には聞いていたが、まさか自分がなるなんて想像もしたこともなかった。まるで裁判員制度だ。私は今、間接的に裁判員制度を体験していると言っても過言ではない。勿論、これは過言である。
どうすればよいのか。寧ろ何もしなければよいのか。そうか、もう一回寝ればよいのだ。起きたときには治っているだろう。幸い瞼は動く。そう考え私は仕方なく二度寝をする事にした。仕方なく二度寝なんてこれまた人生初である。
目を閉じた僅か数秒後の出来事である。薄暗い室内にけたたましくベルの音が響いた。頭の上で目覚まし時計が爆発したかのように鳴ったのだ。それがきっかけで体が動いた、わけもなく。そう簡単にはいかないのが金縛りなのか。
金縛りに合う日曜日は朝6時半。休日にも関わらず目覚ましは癖で付けていたようだ。狭い部屋に響き渡る聞くに耐えない騒音。体の動かない私はその元凶の姿さえ目に入れることは出来ず、正直焦りが出てきた。
「はぁ、、、」
硬直した体が更に硬直し、電気が走ったような恐怖を感じた。これは金縛りのせいではない。何故なら上の発言は私では無い。私は金縛りのせいで声も出せないのだ。その正体不明な声の発生源はベットの下らしい。この状況下での不安と恐怖の発散方法を誰か教えてほしい。体が徐々に汗ばんできた。
「なんとかしろよ!」
しろよ?これは私への問いなのか?それとも下にいるのは複数人?今になって考えたが、ベットの下にいる不審者、若しくは不審者達は何のためにそこにいるのだ?正直その疑問が不安に勝ってきた。
「上にいるんだろう!どうだ?金縛りは溶けたか?いや、目覚ましが止まって無いからまだ動けていないのか?どうなんだよオイ!」
どうやら私に話しているらしい。良かったのか悪かったのか。
相手は男、若い声だ。この状況に苛立っているらしいが暴れたりはしていない。
6時50分、目覚ましが機能的に勝手に止まった。
「お!動けるか!?動けるのか!?オイ!」
動けんわ。
下の男は私が金縛りにあっていることを知っていることから原因は下の奴らしい。だんだんと腹が立ってきた。しかしこの怒りは鼻息をフンフンとたてるぐらいでしか今の私には体現できない。
「俺が悪いよ俺が!人間にいたずらしようとしたのが悪かったよ!な?聞こえてるだろ?な?」
先ほど得た情報「若い男」という推測は「若い男のような何か」に更新された。世の中で知り得ないことが今ベットを挟んで背中から語りかけている。もう何が何だか。
「わかった!わかったよ!動き方教えるから!」
最初から何故そうしなかった?若い男モドキの賢さは宿題を出す教員レベルである。
「猫をイメージしろ!!」
なるほど、猫をイメージしてリラックスするということか!ふざけんじゃねぇ。
こんなアベコベな事を言われても素直に応じるしかない。私は黒い猫をイメージした。
すると体の緊張がほぐれ、その表紙に「あーーー」と変な声が出た。本当に動けるようになっちゃたよ。なんだか悔しい。
「すまなかったな。」
すかさず声のしたベットの下を覗き込んだが、雑多に置かれた生活用品が並ぶだけであった。ただその間を縫うように黒い影が消えていたような気がしたのは思い込みからだろうか。
読者に大変悲しいお知らせである。私はここで目が覚めた。そう、ここまでの流れは全て夢。そう、夢オチである。私も悲しい。壮大なようでくだらない夢を見てしまった。しばらく私はぼーっと夢を振り返りながら天井を見つめた。木造の四角い天井である。天井には面白味のない電球がぶら下がっているだけだ。そこで私は金縛りにかかっていることに気づく。しかし私は焦らない。すぐに私は黒い猫をイメージした。
(動かないじゃ無いか…!)