悪役令嬢様が見ているっ!
「ベアトリス・フィリドール。お前がこの男爵令嬢であるアリス・カモネージに目に余る醜悪な行いをしているという調べはついている。
そのような者を王子妃にする訳にはいかない。婚約を破棄する!」
――そうそう、こういう『悪役令嬢もの』の冒頭って、王子様の婚約破棄からのスタートなんだよね。
いくつもの種類を読んだ『悪役令嬢もの』の小説に想いを馳せる。
今、私の眼下に繰り広げられているのは、その小説たちの書き出し部分と寸分違わぬ光景だった。
キラキラと瞬くシャンデリア。赤く毛の短い絨毯の敷き詰められた講堂。
色とりどりのドレスを着た女性たちと、それと談笑を交わす男性たち。
紳士淑女が織り成す宴は、社交会に近くして少しだけ違う。
今日、この王立バリアージ魔導学園を卒業する生徒たちの為の、卒業パーティーなのだ。
そこで大声を張り上げたのは、この王国の第三王子である、サガモア・ミシャロン殿下。
王子の突然の言葉に、呆然唖然となっている生徒一同。
その視線は、そのサガモア王子と、その視線の先に佇む、ベアトリス・フィリドール公爵令嬢に注がれている。
「いいえ! サガモア様! わたくしはその様な事はしておりません!」
無実を訴えるベアトリス公爵令嬢。
毅然と立つその様は、到底卑劣な行為を行なった等とは思えない。
はてさて、なんでこんな状況になったことやら……
゜。+。゜゜。*。゜゜。+。゜*゜。゜。+。゜゜。*。゜
私、アリス・カモネージは男爵令嬢です。
栗色のふわふわとした癖っ毛。顔立ちは幼く、まあまあ可愛いとは思うんだけど、どことなく地味〜な印象。
少し垂れ目がちの眼の奥には、碧色の瞳があり、身長は150センチあるかなー? ないかなー? ってぐらいの小柄女子です。
そして、『天つ光のメヌエット』の主人公――ヒロインです。
――そう……お察しの通り、乙女ゲーム転生なんです。本当にありがとうございました。
どうやら私は、前世で友人(ヲタ)に「乙女ゲームってどんなカンジなの?」と質問したところ。
友人は身を乗り出して――「乙女ゲーをやったことがない? ほう? やったことがない、と? ならば王道ものからだ。さぁやれ、すぐやれ。Just do it!!」とかまくしたてられて、二世代前ぐらいのゲーム機本体と一本の乙女ゲームが一緒に貸与された。
その名作乙女ゲームのタイトルが『天つ光のメヌエット』
どうやら、私はその乙女ゲームの世界にいるらしい。
私が良く読んでいたネット小説の投稿サイトで、乙女ゲーム転生なるモノが多かったので、どんなものか、ちょっと訊いてみただけなんだけど……
あ、ちなみにそのゲームは中ハマりぐらいでした。一応全キャラルートクリアしたけど、その後は中古で980円で買ってきたペット育成ゲーばっかりやってました。
……死ぬ前にゲーム機本体って返したっけかなぁ?
まぁ、そんなこんなですが、前世の記憶が戻ったのはごく最近のことで、教会で洗礼を受けてからです。
えーと、順を追って説明しますね?
私は元々平民……さらに孤児院の出なのです。赤ん坊の時に捨てられたらしく、親の顔は憶えていません。
しかし、私が十四歳の時に、孤児院を視察に来ていた、人の好いカモネージ男爵に何故か気に入られ、養子にして貰えました。
貴族の子供は十二歳の時に、全員洗礼を教会で受けるそうで、私も貴族の養子となったので、遅ればせながら十四歳で洗礼を受けました。
その時に前世の記憶が戻ったのです。――百年に一人と言われる、光魔法の資質と共に……
そして、私アリス・カモネージは、十五歳の春。
この王立バリアージ魔導学園に『光魔法使い』として、入学したのであります。強制的に。
うん、まぁそれはいいんですけど……悪役令嬢モノの小説を読んでいる人なら分かりますよね? この先の展開。
『わたし“ざまぁ”されるんじゃない?』って……
小説だと、転生した主人公イコール悪役令嬢で、ヒロインも転生者なんだけど……
ヒロインは逆ハーを狙って、攻略対象である王子様の婚約者であり、邪魔な悪役令嬢を冤罪で陥れようとするものばかりが描かれていました。
まぁ、天網恢恢疎にして漏らさずとばかりの勧善懲悪にて、ヒロインが“ざまぁ”されるんですけどね。
それに巻き込まれる逆ハー要員もお気の毒様です。
まぁ、なので、没落ならぬ“ざまぁ”怖しということで、私は攻略対象サマには極力近寄らないようにして学園生活を過ごしていました。
まぁ正直、激甘イケメンも、俺様何様とかも、ゲーム世界だから薄笑いして見ていられましたが、現実で絡んできたら、痛々しいだけです。
なので、攻略対象さん方々には、なるべく接触したくなかったのもあります。
ぶっちゃけ壁ドンされて「俺のモノになれよ……」とかやられても、背筋に寒気が走るか、笑いを堪えてプルプル震えるかの二択でしょうね。
私は、もっと素朴で純朴な人でいいんです。初めましてこんにちはから始まる恋でいいんです。
攻略対象の高位貴族さんとか、王族さんとか、まったく興味ないんです。
だから、乙女ゲーム要員には極力触れず、平穏無事な学園生活を送ってました。
……でもね?
うん。
見ているんですよ。
悪役令嬢さんが。
ほら、今も。
――――柱の陰から。
なんというか、若干ホラーです。
常にカメラの魔導具を携えて、スタンバってます。
こういうケースの時に転生ビッチヒロインは、「悪役令嬢さんにイジメられた」とか言って、イジメの事実を捏造するんですよね、だいたい。
悪役令嬢さんは、その自作自演の証拠を逆に激写しようと思っているんでしょうけど……その姿はパパラッチかストーカーにしか思えません……
この行動……やっぱり、悪役令嬢さんも転生者なんでしょうねぇ……?
悪役令嬢さんの名前はベアトリス・フィリドール。公爵家の長女様にあらせられます。
ゲームパッケージのセンターを飾る攻略対象。第三王子のサガモア・ミシャロン様の婚約者様でもあります。
大丈夫ですからねー? 王子様を取ったりとか考えてませんからね?
ましてや、「悪役令嬢が嫌がらせしないから、自作自演で濡れ衣被せてやれ」なんて考えてませんからねー?
そもそもですね。第三王子とかいう設定が気に食わないです。
『王子サマと結婚してェ、玉の輿に乗りたいけどォ、王妃とかチョー面倒くさそうだしィ。第二でも継承権のゴタゴタとかありそうだしィ。第三ぐらいが気楽でいいかなァ? キャハ☆』って感情を隠そうともしない設定が、実に気に食わん。
――とまぁ、悪役令嬢さんの視線に晒されながら過ぎてゆく日々。
遂に、事が起きてしまいました。
土で汚された椅子。
醜い言葉で落書きされた机。
ズタズタに切り裂かれた教科書。
そして、日本語で書かれた一通の手紙――
『なんで逆ハーしない?』
なぁんでこうなった!?
゜。+。゜゜。*。゜゜。+。゜*゜。゜。+。゜゜。*。゜
嫌がらせは段々とエスカレートして行きます。
上履きの中に画鋲が入っていたり、机の中に生ゴミが入っていたり、校舎脇に居たら、上の階からバケツで汚れた水が降ってきたり……と――
嫌がらせの手紙も沢山いただきました。
『逆ハーをしろ』『ヒロインらしくしろ』『調子に乗っているのか?』等など――
全部定規で書いたような書体なので、筆跡は分かりません。てか日本語で書いている時点で相手まるわかり。
そして、ついには階段から突き落とされる事態にまでなってしまいました。
突き落とされた瞬間に、まるでスローモーションになる意識。
しかし私も一度は死んで生き返った(?)身。過去に走馬灯ぐらい見ているんです。
一度目は困惑している間に全てが終わってしまいましたが、今はもう違います。
浮いた身体ですかさず手摺りを蹴り、反対側の壁を蹴り、階下までの飛距離を稼ぎます。
階段落ちで危険なのは、階段ごとにある出っ張り。連続してくる衝撃なのです。ならば段のない階下まで跳べばいいだけです。
そして身体を丸め、アルマジロ……もしくは某青いハリネズミのように転がりながら勢いを殺し、充分に勢いが失くなった時点で両足を踏ん張り、停止しました。
たぶん、『ザンッ!』とか『ズザザァァ!』とか効果音が出てたと思います。やべ、今の私超カッコイイ。とか自惚れてしまいました。
えーと、悪役令嬢さん? 一体何がしたいんでしょうか?
結局、その有り様が攻略対象のサガモア王子の目に留まってしまい――
そして今日。ゲームで言うとクライマックスの生徒会主催のダンスパーティーが開かれました。ぶっちゃけて言うと、卒業生を送る会ですね。
「ベアトリス・フィリドール。お前がこの男爵令嬢であるアリス・カモネージに目に余る醜悪な行いをしているという調べはついている。
そのような者を王子妃にする訳にはいかない。婚約を破棄する」
私は王子様の横に立たされ、その断罪の様を見せられていました。
王子様も、そんなのわざわざこんな場でやらなくてもいいじゃん? とか思ってしまいます。
「いいえ、サガモア様! 私はそのような事は一切しておりません! 何かの間違いですわ!」
「この期に及んでその様な言い訳を……調べはついていると言ったろう!」
うん、まぁ、テンプレのシーンですね。
で、「被害者のヒロインたんが言ってるんだから間違いない!」とか色に狂った王子様とかが言うわけなんですが……
別にこの王子様、色に狂ったりはしてません。私と王子様の間に恋愛感情とか生まれてません。
王子は、ただ単純に義憤に駆られ、一般生徒に嫌がらせをしていた悪役令嬢さんの罪を暴こうとしているだけです。
テンプレならここで私が王子様にしなだれかかったりするのでしょうが、今の私は、ただ単純に被害者兼参考人として脇に立っているだけです。
さて……この事態。どうするつもりなんでしょう? 悪役令嬢さんは……
「こちらには証拠が御座います! 見てください!」
悪役令嬢さん――ベアトリスさんが取り出したのは、数枚の写真。
――もしかして、私が自作自演でイジメを受けているかのように工作しているように見えるよう、偽造写真でも作ったんでしょうか……?
恐る恐る、ベアトリスさんの持つ写真を覗いてみると……
「……」
「……」
「……ベアトリスよ。どう見ても、お前がアリス嬢に嫌がらせしている現場の証拠写真にしか見えないのだが?」
「……」
「……」
「……ええと? 悪役が主人公で? 主人公が悪い事をして、自作自演で……悪役がざまぁされて……逆転で、えーっ……と?」
「……」
「……」
「ハッ!? これじゃ駄目じゃない!? 逆よ逆!! いつの間にかゲシュタルト崩壊してたわ!!!?」
「アホだ! この悪役令嬢!」
『主人公』『ヒロイン』『悪役』『悪役が主人公』『主人公が悪役』とかのキーワードがごっちゃになって、意味わかんなくなっちゃったんだ! この人!
オウンゴールもいいとこだよ!? どっちがどっちだか分かんなくなって、蹴ったボールが自ゴールに入っちゃったよ!
「……なんだか良く分からんが、お前がアリス嬢に嫌がらせをしていた――と言う事でいいんだな?」
「え? いや、あの、その……」
しどろもどろになる悪役令嬢(苦笑)さん。
ちゃんとプロット立てしておきなよ! 意味無く進退窮まっちゃってるじゃん!
「……そういう事で、お前との婚約は破棄とする。フェリドール公爵にも連絡しておくからな」
「そ、そんな……王子から婚約を破棄されたなんてお父様に知れたら、私は放逐されてしまいますわ……」
おーあーるぜっとで悲嘆に暮れるベアトリスさん。その横に、私は立った。
「えーっと、ベアトリス様。“ざまぁ”をするつもりだったのなら、後ろ盾の準備とかは……?」
「いえ……えーっと、証拠さえ持ってればなんとでもなるかなぁ、と」
「だめじゃん! こういう時は第三王子より偉い人へのパイプを作っておくもんでしょうが!!」
そんなに都合よく「ならば私がその娘を頂こう」って、古代龍やら他国の王子やら、王太子やらが出張ってくるとか思っちゃダメ!
デウス・エクス・マーキナーを期待しちゃダメ! あれは結果論!
「悪役令嬢さん……内政――というか、知識チートとか出来そうですか?」
内政チートって言おうかと思ったけど、この人に政治任せたらダメだわ……
「え、ええっと……お菓子作りと料理は得意ですけど……」
はぁ、とひとつため息を吐く。まぁ食べ物改革にぐらいは使えそうですかね……?
「今日で卒業ですから、これから私は義父の領地に行くことになっています。ゆく宛がないなら、付いて来ますか?」
悪役令嬢さんは涙目でこくこくと何度もうなづきます。
「あなたが神かっ!?」
いいえ、ヒロインです。逆ハーはしませんけど。
゜。+。゜゜。*。゜゜。+。゜*゜。゜。+。゜゜。*。゜
その後、私たちはカモネージ男爵へ渡り、それなりに領地を盛り上げ、それなりに好い人と結婚し、それなりに幸せになりました。
ほら、だってヒロインは地味で普通な女の子ですもの、それなりの幸せでいいんですよ。私は。
乙女ゲー転生ものでヒロインが主人公のものって少ないよなー。ってだけで書きました。
逆転の発想(なのか?)