敗者の愚かな抵抗
戦いのその後です。
魔神城の玉座の間で展開された魔王サタンと勇者アルオーンの戦い。
それは、魔王サタンが繰り出した奥義技である『壊滅魔神連刃撃』によって終わりを迎えた。
「なぜ……なぜ私が……。
なぜ……なぜ負けた……。
なぜ……聖剣が……折れた……」
勇者アルオーンは敗北したショックからか、自暴自棄にも現実逃避にも近しい状態へと陥っており。
しきりに「なぜ……」と呟き続けている。
「……魔王サタンだったか。
見事、勇者アルオーンを倒してくれたことに感謝したい。
我らを勇者アルオーンの危機から救っていただき、ありがとう。
この礼は忘れはしない」
「……あたしも、救っていただき……ありがとうございます……」
傷だらけの身体から、ある程度回復したチェルノボークは、少女チェルシーと共に、魔王サタンへと救出と撃退の感謝の言葉を述べた。
【なに、我も久々に強者と戦えたから、そんなに気にしなくても構わない】
魔王サタンは謙遜気味に言う。
「そうか。ところで、貴殿に倒された勇者の処遇についてだが……」
チェルノボークが話していると、不意に目の前にいた勇者アルオーンの呟きが途絶えていることに気づいた。
「認めない……私は決して……認めないぃぃ……。
屈辱を注ぐためにぃぃ……この女を殺す……!」
折れた聖剣の代わりであろう一振りのただの剣を、チェルシーへと向けて勇者アルオーンは叫ぶ。
【ほう、それはずいぶんと、勇者らしくなく見苦しいことだな】
「ふん、屈辱を晴らすか。
しかし、チェルシーを殺すなど我が許すと思うか?
それに貴様の振るっていた聖剣が折れたということは――」
チェルシーの隣にいたチェルノボークは、溜めるようにやや一拍置いて叫び、
「死と滅びを司る我から、逃れられないということだ!!」
絶命をもたらす黒き光球を勇者アルオーンへと放った。
「ひ、ひぃぃ……がああああああッ!?」
寸分違えることなく勇者アルオーンに命中した黒き光球は、激痛を迸らせたあと霧散して消えた。
「チェルノボーク様……!?」
チェルシーは目の前で起こったことに顔を覆い、短いながらも驚愕の言葉をチェルノボークに向ける。
【やったのか?
いや、生きているようだな。
もしや――】
しかし、魔王サタンはチェルノボークがやったことに対して、――正確には、勇者アルオーンの気配を感じ取って――チェルノボークの言葉を待つ。
「ああ、加減はした。
憎い相手だが、チェルシーの目の前で殺すわけにはいかないからな」
チェルノボークが発した言葉で彼の行動の真相を知る。
「……良かった……あなたが……また人を殺めてなくて……うう……」
真相を知ったチェルシーが真相への喜びの言葉を紡いだあと。
冒された病気の活性に、再び床へと倒れ伏し失神してしまう。
「チェルシー! 大丈夫か!!
目を覚ましてくれ……」
チェルノボークが慌ててチェルシーに駆け寄った。
が、チェルシーは目を閉じたまま覚ます気配が無い。
【まぁ、待て。
寵姫殿は疲れて眠っているだけだ。
死んではいないから安心しろ。
いずれ、目を覚ますだろうからな。
しかし、このまま床で眠らすわけにはいかん。
念のために我が勇者を縛っておくから、魔神殿は寵姫殿を寝室へと連れて行け】
「あ、ああ……分かった」
魔王サタンはチェルシーの失神に心を取り乱したチェルノボークへと、指示の言葉をかける。
それを聞いたチェルノボークは、チェルシーの身体を抱えて、魔神城の玉座の間からチェルシーの寝室へと運んでいった。
【さて、と。
哀れな人形が二度と魔神殿たちに刃向かえぬよう、激痛の呪縛で縛ってやろうか。
それ、『暴虐束縛の激痛呪縛』】
魔王サタンは倒れ伏している勇者アルオーンへと手を突き出す。
そして、抱いた暴力心を激痛を迸らせて縛り付ける邪法の『暴虐束縛の激痛呪縛』を唱えた。
それは、無輝の漆黒の鞭に思えたが、餓えた蛇のように勇者アルオーンへ向かっていく。
そして、勇者アルオーンの全身を絡めて、最後に勇者アルオーンの首筋へとかじりつく。
「……ッ!?」
一瞬、勇者アルオーンの身体が大量の電気を一気に通したかのように跳ね上がる。
すると、絡めていた無輝の漆黒の蛇が、黒い呪痕となって勇者アルオーンの皮膚に刻み込まれた。
【これで、勇者の始末は終わったな。
さて、魔神殿のもとへと向かうとしよう】
勇者アルオーンの処置を終えた魔王サタンは、チェルノボークと眠っているチェルシーが待っている魔神城の寝室へと向かっていった――。
元ネタに忠実ですが、最後の邪法のシーンはオリジナルです。