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彗星・ストレンジ・スパイラル

寝覚めが悪いラオコーン

作者: 百賀ゆずは

 また番外編。(つまり本編に煮詰まっている。)

 先日アップしたショウコの話「カサンドラの憂鬱」の続きというか何というか。


 トウゴ視点の過去&設定説明話として書いたもの、を今書いてる本編に合わせて加筆修正。

 限りなく一人称に近いですが、一応三人称です。(あとがき参照)


 あと、本編でまだ語っていない(そして語るつもりも余裕もない)トウゴの真の能力とか出てくるので~って、ショウコさんの話の時に入れ忘れた。今から入れてきます。

 とにかくご注意ください。

「顔洗ってきなさい」

 とショウコは言った。

 ファンデーションがついている、という。

 なるほど、頬を指で拭ってみれば、白く光る粉が取れる。

 ナチュラルなようでもしっかり塗ってるもんだな、と思う。

 綺麗な肌してるんだから何も化学物質で汚すこともないだろうに、と常々考えているが、そんなことを言うのも昨今はセクハラに当たるかもしれない。

 おとなしく従うことにした。


 顔を洗って出直してこい、一昨日来やがれこの馬鹿管理職、と言われなかっただけまだましか。

 一応、寝ぼけてやったことだと善意の解釈をしてもらえたようだ。

 もっとも、ファンデ云々を付け足す辺り、がっちり予防線も張られている。

 自分が何をやったか、わかってるんでしょうね? と暗に責められている。


 もちろんわかっていますとも。


 ついでに言うと、寝ぼけていたとも言いがたく、九割方は覚醒していた。

 ただ、仕事に戻るのが億劫で、時計をちらちら確認しながら、彼女が起こしに来るのを待っていた。

 いつもきっちりしているのに、今日は随分遅いな。

 ちょうど電話か何かあったかな、それともアクシデントでも。自分で起きて様子を見に行くか、と迷いかけたところへ、えらく取り乱してお篭り部屋に入ってきた。

 何と言うか、こう、≪若妻が寝坊して旦那を起こしそびれたシチュエーション≫みたいだな、と思ったらたまらなくて、少し触れたくなった。


 セクハラだ。


 トイレ目指して廊下を歩きながら、あくびをする。


 セクハラって言うのはある意味便利な言葉だ。

 傷害や恐喝、重篤な肉体的精神的苦痛を負わせる犯罪行為までもが「いじめ」というワードでくくられるように、職場で起こる男女間のコミュニケーション不全もしくは行き過ぎは、何でもかんでもセクハラと呼ばれる。

 挨拶代わりの軽い冗談も肩を叩くのもセクハラなら、年を聞くのもセクハラ、そして女性の尊厳を踏みにじるような暴言も痴漢が裸足で逃げる猥褻行為も、セクハラ。

 この分なら、自分と彼女が二人きりであの部屋にいて、強姦事件が起こってもセクハラということになるのだろう。


 やらないけどさ。

 

 少し視界が歪む。魚眼レンズを通したように。

 まともな世界も二重写しで見えるから、行動に支障は出ないけれど、まあ愉快ではない。


 トイレについた。

 顔を洗った。


 タオルを忘れた。


 まあいいか、と手で拭う。そのうち乾く。

 鏡を覗き込むと、目の下がうっすらと青く、隈になっている。ような気がする。

 ショウコほどに顕著ではないが。

 上野組から回ってくる仕事が多いのは本当だ。

 すぐには事務所にも戻りづらいし、このまま意見をしに行くか。

 あそこの署長(兼不忍署うちの署長)は出来た人だからどうとでもしてくれるだろう。

 尤も、署長がお人好し過ぎると反感を抱いている一派がいて、そいつらが裏で何だかんだと暗躍している節もあるが。

 まあとりあえずは形にのっとっておこう。

 駄目だったら実力行使するまでだ。


 トイレのドアが開いた。

 鏡に映る、背の高い――というか長い、影。

 細い黒縁のメガネをかけて、長めの前髪は崩れた七三もどき。

 切れ長の一重の目が、細く鋭い。


 大上タカシという。

 お隣――捜査課一係のメンツで、昔馴染みだ。

 耳にはブラックオニキスの【チタン】。

 ……ただし、【キャリア】ではない。【一族】の能力者だ。

 なのに何故好きこのんで耳に穴を開けたかというと――まあその話はおいおい。


 タカシは、傍らに立ったと思ったら、無言でタオルを突き出してきた。

 他人のことは言えないが、どうもこいつは愛想がなくていけない。

「忘れ物。おたくの秘書から」

「ありがとう。秘書じゃねえけどな」

「それじゃ嫁か」

「むしろお袋」

 受け取ったタオルに顔をうずめる。

 年始にどこかからもらうような白地に店名入りの安いタオルだ。その分水を吸ってくれる。

「調子はどうだ」

「まあまあ。若いだけあって飲み込み早いよ。あと二年もしたらおれが引退しても大丈夫だろう」

「……二係のやつらじゃなくて、お前の、調子」

「まあまあ。あと二年は持つんじゃねえの」

「どうしてもあと二年かよ」

「残り二年は好きなことして過ごす。縁側で猫でも撫でて」

「出来るわけねえだろ、馬鹿。生涯働け。定年六十」

 と、タカシはトウゴのこめかみを指で弾く。

「いて」

 割とマジに痛い。

「――おれも生きるから」

 表情は見せずに言い置いて、タカシは出て行った。


 用事、済ませなくていいのかね。わざわざタオルを届けてくれただけかよ。


 最初から、トウゴの体調を気にかけての質問だということはわかっていた。

 なのにはぐらかすような態度を取ったことを、少し反省する。

 ――いかんな、どうも。今日は素直じゃなさ過ぎる。

 夢見が悪かった。

 どこまでも続く冷たい灰色の世界で、氷のような鏡に封じ込められる。割れる鏡。飛び散る破片。

 ストレスがたまると決まって見る夢だ。


 【キャリア】の能力は二十九歳から三十歳を境に失われる。

 もっとも、サンプル件数が少ないから、まだはっきりしたことは言えないが。

 十件……あったか、どうか。

 そして、うち三件は死亡している。

 二件は心不全。これもまた便利な言葉。大体、死ぬ時は心臓が止まって死ぬものだ。

 残り一件は――暴走を起こしたため、「処理」された。


 処理をしたのはトウゴだ。


 そして処理されたのは、従兄。



 トウゴが氷川トウゴになる前――すなわち【キャリア】でなかった頃の名前は、岩槻藤五郎といった。

 古めかしい名前だが、家自体が【一族】に連なる古いところなので、親兄弟もそんな感じだった。父は喜三郎、兄なぞは重四郎だ。


 岩槻は、【一族】の中でも一風変わった位置づけにあった。

 能力者をほとんど排出していない。

 もっともそれだけならば、さして珍しいことでもなかった。

 不思議な力はとうに失って、財力や権力を発展させて繁栄することで【一族】である家は少なくない。むしろ多い。

 しかし岩槻の家は、もちろんそれなりの世俗的な力は持っていたが、それだけではないのだ。


 「眠れる血脈」。


 それが、言い習わされた表現だった。


 何かを持っている。先祖たちの能力を受け継いでいる。

 それは間違いがない。

 ただ、わかりやすい形では現れない。

 たとえば相馬の火や中富の雷のように、属性、ともいうべきもので括れない。

 しかし、岩槻から他の【一族】の家へ嫁する者があれば、その子供はかなりの確率で能力者になった。

 故に岩槻は昔から【一族】の間で注目されており――故に【キャリア】の法則解明のよいサンプルになったとも言える。


 【キャリア】は。

 二つの血が混ざったときに生まれるのではないかとされている。


 一つは【一族】の血。

 もう一つが【皆既蝕トータル・イクリプス】の血。


 【一族】はそもそも、昔から続いてる異能力者とその血統の呼び名だ。

 鬼、祟り神、その他異形の者、人外の者、とにかく人を超えた能力を持つ者。

 起源は気が遠くなるようなはるか昔。

 安里・堀田――今はSPと呼ばれているが――と同じような彗星が来たことがあったらしい。

 そのとき、能力に目覚めた人間たちがいた。

 それが、――岩槻の、【一族】の先祖。

 だから【一族】は、彗星の危険性について知っていた。

 歴史は繰り返すと思っていた。

 実際、繰り返したわけだが。


 【皆既蝕トータル・イクリプス】。

 SPウィルスに感染しながら、発熱もせず、超能力も発動せず、症状が一切現れなかった個体。

 【イクリプス】とだけ言えば、これはウィルスの潜伏期間を指す。

 暗黒期とも呼ばれ、感染細胞内にウィルス粒子が検出できなくなる期間。この間、殻を脱ぎ捨てたウィルスは細胞内で自らの複製――子孫を作り出している。この子孫が細胞外に吐き出されて、初めてウィルスの検出がされるのだ。

 【皆既蝕】状態の人間の中で、ウィルスは 【イクリプス】のまま、何年も何十年も生き続けている。

 殻を脱ぎ捨て、自我を隠して、そして生殖細胞にまで入り込み――【一族】の血と交わったときに、目覚めるのだ。


 【一族】の力を持つ人間でも、本流から離れたところに先祖返りのように生まれていた場合はなかなか見つからない。

 【皆既蝕】は、今の医学では――【一族】の技能を持ってしても、判別が出来ない。


 故に【キャリア】の発見・保護は、どうしても後手に回る。


 対策が、皆無なわけではない。

 実は【一族】の濃い血は、SPウィルスに対する耐性があり、まず感染しない。

 まず、といったのは、一度他の人体に感染したウィルスが体内で変異した場合は、その限りではない、つまり人体間感染≪柘榴≫ならばあり得るからだが――それはひとまずおいておく。

 そして、【皆既蝕】は前述のように、SPに感染しても症状が出なかった個体。

 つまり、現れている現象だけで言えば、「過去に『超能力風邪』を引かなかった人間同士の子供は【キャリア】になる可能性がある」という仮説が成り立つ。


 だからといって。


 それを大々的に喧伝するわけにはいかない。

 取り締まるわけにもいかない。

 【キャリア】の存在自体、表沙汰にはなっていないのだ。

 日本人の、いや人間のメンタリティを考えたら、

「親の組み合わせによっては子供が化け物になります。生まれた化け物はまず最初に肉親を食らいます」

 などということがわかったら、どんなひどい混乱や差別が起こるか、容易に想像が出来る。

 そして――恐らく実態は想像を遙かに超える。


 だから【一族】は水面下で動いていくしかないのだが――


 政治や経済、日本の中枢にも【一族】は食い込んでいる。

 しかし一口に【一族】と言っても、もはや別々の家なのだ。

 それぞれの立場も思惑もあり、一枚岩ではない。


  新優生保護法などという仮名称の、イカレた草案も出ている。

 【キャリア】発生防止のために、遺伝子の検査や、可能性のある胎児への中絶勧告を義務化しようなどという、「ひどい混乱や差別」の旗印みたいな法律だ。


 今は、まだ。

 【キャリア】について言及できない故に歯切れの悪い案になっているし、あまり声高に主張すれば人権問題で叩かれるから、「そういう意見もありますよ」程度に留まっている。

 だが、もしも世間が【キャリア】を認め、それを恐れるようになったら、どう転ぶかはわからない。

 いや、こっそりととんでもない法律を決めてしまうのが政治家というものだから、いつの間にか決まってしまっている可能性もない訳ではない。



 岩槻家に話を戻す。

 トウゴの場合は父親が岩槻=【一族】であり、母親はごく普通の人間だった。表向きは。結果的に見れば恐らく【皆既蝕】であったのだろうが。

 二人が結婚した当時は、SPウィルスに対する研究も進んでいなかったし、【キャリア】は存在も確認されてなかったはずだ。

 兄が生まれて、トウゴが生まれて。

 祖父が死んで、従兄が覚醒した。

 (つまり伯母も【皆既蝕】――すごい確率ではあるが、ゼロではない。確率を超えて引き寄せ合う何かが、この世には存在する。)

 従兄の覚醒騒ぎの決着がつかぬうちに――トウゴと兄もほぼ同時に覚醒して――トウゴが生き残った。

 父親も母親も、伯父も伯母も、祖母も死んだ。


 本当に、いいサンプルだった。

 混血による誕生の法則、【キャリア】の血族殺しの性質が読み取れ、かつ保護も容易であったのだから。



 従兄の能力は、『変身』だった。

 黒くて硬質の、冷たい表皮を持った、悪魔のごとき禍々しい超人へと変わる。

 念動や読心などの特殊な「超能力」が使えるわけではないが、その身体能力だけで十分に脅威だった。


 それでも心は優しいままだった。

 兄との殺し合いで深く傷ついたトウゴを励ましてくれた。

 せめて自分たちだけでも、共に生きていこうと。


 それなのに――あの日を境に歯車は狂って――トウゴは彼を殺し――そしてトウゴの能力は、もともとはまったく別のものであった【力】は、従兄と同じ『変身』になった。


 体が冷えていく。

 力を使うたびに、どこかにヒビが入って、小さな欠片に砕けていく。

 そんなイメージが付きまとって離れない。


 実際に、低体温症かと思うほど平熱が低くなっている。三十五度付近をちらちらしている。

 タイムリミットは決められている。と、思わざるを得ない。

 二十九になってしまってからでは危険だ。

 だからあと二年。

 それならばトウゴはまだ二十七歳で、少し猶予がある。

 自分の命を自分で終わらせることも出来るだろう。

 ――誰かにそれを任せることは出来ない。

 もしも、首尾よくそいつがトウゴを仕留められても心に傷が残るだろうし、万が一にもこの能力が伝染する類のものであったら困る。

 従兄の次に自分がそうなったように、他の誰かが、あの姿に変身するように決められてしまったら――死んでも死に切れない。



 トイレのドアが開いた。

「お、大将! お疲れさんですー」

 明るい関西弁。ライムはいつも賑やかだ。

 トウゴは鏡からゆっくりと目をそらした。

「おう、お疲れ」

 いつも通り、のんびりと答える。

「ちょうどアキラたちも戻ってきてたで」

 言いながら用を足している。こちらは純粋にトイレに来たようだ。

「じゃあ軽くミーティングするか」

 仕事の過負荷について署長へ意見しに行くのは明日にしよう。

 とりあえずは回されてきた仕事をやらなければいいだけのこと。


「……なあ大将。姐さんと何ぞあったんか?」

 並んで部屋へ戻る道すがら、ライムが聞く。

「ん?」

「妙に明るい。それに親切や。何にも言わんのに、オレにまで茶ぁ入れてくれて」

「ショウコはいつでも親切だろ」

 そう、誰にでも親切だ。

 そしてそれぞれのお茶の好みもわかっている。気候や体調を見て、もっとも必要と感じるものをよいタイミングで出してくれる。

 サイコメトラーだから、ではない。

 彼女の資質。一種の才能だ。

 トウゴにはどうやっても出来ない芸当であり――美点で、長所で、つまり要するに好ましいのだ。

 努めて表には出さないようにしているが、疲れたときにそっと湯飲みを置いてくる白い指、きちんと整えられた爪先などには相当来るものがある。――いやそれはただの欲望か。

「お茶だって、時間が合えばそう珍しいこっちゃない」

「まあせやねんけど。ただなあ、コーヒーに砂糖が入っててん。割としこたま。おかしいやろ」

 ライムはコーヒーも紅茶も、何も入れずに飲む派だ。それはもちろんショウコも把握している事柄で――ライムのトウゴに対する嫌疑はまったくもって正しい。

 だが。肯定するわけにもいかない。

「お前が何かしたんじゃないのか。書類を適当に出したとか、出さなかったとか」

「塩が入ってたらその可能性も考えるけどな」

 至極真面目に答える。

「あと、それっぽっちのことでいちいち砂糖入れられたら、オレ近々糖尿になるで」

「それっぽっち、じゃない。上司として苦言を呈する」

「おっと失言。すいませんでした」

 賑やかで明るく振舞うその態度が――ほんの少し、従兄に似ている。

「……まあ、あったと言えばあった」

「え、ほんまに」

「なかったと言えばなかった」

「どっちやねん!」

 ぽすん、と胸元にツッコミが入る。

「ささいなことさ。ただ付き合いが長いから、その食い違いが意外にショック、てところだ。多分」

 思い切り、誤魔化した。

 ライムは「ふうん」とうなずいた。


 こいつのことだから、別に本当に真相を根掘り葉掘り聞きたいわけではないのだろう。

 それとなさを装って、彼女の状態について情報を伝えてくれているつもりなのだ。

 とトウゴは認識する。


 第二係の中で、トウゴの詳しい経歴や真の【力】、体調のことを知っているのは、ショウコだけだ。

 一係の連中は二係より年嵩で、タカシをはじめ昔からの知り合いが多く、色々知れている。

 が、二係では彼女だけ。


 だからついつい、……いや、やめよう。

 言っても仕方がない。

 万年寝太郎のセクハラ係長。

 それでいい。結局のところ、そうでしかない。



 部屋に戻ると、ショウコの声が聞こえてきた。

「ご、ごめんね、ユミちゃん。熱かった? 熱かったよね?」

「あ、えと、あの、大丈夫です。ちょっとわたし、うっかりして」

 大方、猫舌のユミに熱いお茶を出したとかそんなところだろう。いつもは微妙にぬるくしてから出してやっているのだ。過保護。

「ショウコさんこそ、大丈夫ですか? お疲れなんじゃ……顔も赤いし、熱はないですか?」

 ユミが遠慮がちに手を伸ばすのを。

「だ、だだだ、大丈夫!」

 あからさまにうろたえて跳びすさる。

 その拍子にデスクにぶつかり、積まれた書類がごそっと落ちた――。

「ひゃっ――」

「あっ――」


 はずだが、途中でぴたりと止まる。

 そのまま、順番を崩さずに元通りに積み上げられた。

 アキラだな。

 視線を移すと、何食わぬ顔でマグカップの中身をすすっている。

 力を使ったときには見開かれていたであろう両目は、軽くつぶられている。

 ――多分、あのマグカップの中身も、常とは違う状態になっているに違いない。

 それでも黙って飲み干し、あまつさえショウコの行動に気を配る。出来すぎだ。

 残るカスミは、と探せば、流しでさっさとカップを洗っている。こりゃ、捨てたな。

 トウゴはため息をついた。


「んじゃ、揃ったところでミーティングー」

 大声で呼びかけながら、部屋に入る。

 彼女とは目を合わせない。また机の上をひっくり返されても困る。


 本人は、しっかり者で冷静、出来る女性のつもりでいるが――実際周りにはそう思わせているし、そんな部分もないとは言わないが――本当は、脆い。

 それはもう、出会ったときからわかっている。

 ショウコのショウは、ガラスの硝。

 誰に教えられることなく真の名の文字が閃いた。

 助けを求めてトウゴを見たその瞳、浮かんだ涙、白皙の頬。

 なんて危ういのだろうか。

 守りたいと思い――壊したいと思った。

 

 ごめん。


 心の中で謝る。


 寝起きの悪いのが五回に一回くらいはフリであること。

 あと何回迎えるかわからない目覚めの時に、一番最初に見る顔が彼女だといいなどという身勝手な理由で、他のメンツが目覚まし当番を嫌がるように根回ししてること。


 それから、あと、書類を溜めがちなこととか、五回のうち残りの四回は本当に寝汚いこととか、微熱を出してしまうまで上野署からのオーバーワークを止める提案を切り出せなかったこととか。


 いろいろもろもろ謝って。


 それでもなお、その微熱が恋しい。


 ――次からはむしろ、公衆の面前でやって、潔くボコられようか、セクハラ。


 ショウコが聞いたら本当にぶん殴られかねないことをこっそり思いながら、トウゴは席に着いた。

 三人称キラー。

 という綽名をトウゴには謹んで進呈。


 何故かというと、これの初稿時、気がついたら一人称になってたから。


 このシリーズは絶対三人称遵守!

 登場人物多いしいろんな場面書きたいし、一人称じゃ追っつかない、一人称寄りであっても三人称で統一!!

 って思ってたのに。


 ていうか本編でもですね。トウゴ視点で書いているといつの間にか一人称になってて、「トウゴ」と書くべきところがナチュラルに「おれ」とかなっててですね、しばらく気がつかなかったりしましてね、困ります。

 地の文なのにやったらトウゴ寄りの感想が多くなってたりして、書き直すの大変なんだよ。


 というわけで、今回はさすがに統一しようと思って、改稿しました。直しきれない部分もあるけど。


 そしたら、一人称だったときよりもショウコさんラブがあからさまになった。


 あれですね、素直じゃない人間の一人称って、恋愛沙汰を書くと逆に素っ気なかったりするのですね。ラーニング。


 嘘です、私が書きたかっただけです。足しました。



 ……トウゴは、当初はすごい影が薄いというか、見守り役の立場のつもりで設定したのに、いざ書き始めてみたら、便利で便利で、つい話の進行役に使ってしまう。


 もっとも、この短編の初稿は、本編の方があんまり進んでいなかった時に書いたから……もしかするとこれで弾みがついたか。自業自得か、私。



 そんなわけで、すみません、本編煮詰まって、番外手直しに逃げました。

 あとがきも(本文も)ずいぶん普段通りの文体でお送りしました。

 いつもの文体をお好みの向きには読みづらいでしょうか。(でも自分で思うよりは変わらないのかな。)


ああ、タイトルの「寝覚めの悪いラオコーン」は、ある意味わかりやすいタイトルで。

カサンドラって言ったらトロイって言ったらラオコーンよね、みたいな。

あっちと繋がりのありそうなタイトルにしたかったんです。


 楽しんでいただけたら幸いなのですが。


 ここまでお読みくださってありがとうございます。

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