0 Introduction
皆さんこんにちは。
風並将吾です。
この度は久しぶりに連載オリジナル小説を投稿させていただきました。
今回のテーマは、『人生』です。
連載と言っても、短編連作になる予定ですけどね。
それでは早速ですが、本編の方をお楽しみください。
人は必ず『物語』を持っている。それは人の世では『人生』という言葉で表されるが、我々はそれを『物語』と称している。
生きている上で必ず必要な筋道がそこに書き記されているのだ。
例えば、AさんがBさんに告白し、それが成功し、やがて結婚に至る。結婚した後は幸せな家庭を築き上げるも、やがて仕事に失敗したAさんが原因となって離婚。
これが、Aさんの人生における『物語』の一部だとする。
そして、我々の仕事は、そんな『物語』の一部を書き換えることにある。
それこそがすなわち、我々『紡ぎ手』の仕事なのだ。
*
「紡ぎ手は、他人の『物語』に深く関わることが出来る。迷っている人達の元に訪れては、その人が望んでいる部分を、望む形で書き換える、か……」
一人の少女が呟く。彼女と向かい合う形で、老人が一人立っていた。その格好はまさしく神父。手には何かしらの本が抱えられていた。
「先ほどの例を使って説明すると、書き換えられる部分は多々ある。『仕事に失敗する』という部分、『結婚する』という部分、『告白に失敗する』という部分、『告白する』という部分、の四つということになるのう」
「しかし、それだと何回でも変えることが出来ることになりませんか? 依頼人もそれに依存して……」
「紡ぎ手がその依頼人の『物語』を書き換えることが出来るのは原則として三回までとされておる。それ以降の『物語』の改変の依頼は受け付けないものとし、これに例外はないものと思ってもらってよい」
周囲に置かれている蝋燭の火が揺らめく。
教会のような建物の中に現在いるのは、この二人のみ。
この少女は、たった今『紡ぎ手』として任命されたばかりの少女なのである。名前をリラという。白いローブみたいな服を着ており、白い帽子からは黒くて美しい髪が、腰の辺りまで伸びている。年齢は十代後半。その肩には、何やら小さな熊のぬいぐるみらしきものがちょこんと置かれていた。あまりにもこの場には合わないものであったが、リラにとってそのぬいぐるみは大切な相棒であった。
「ねぇねぇ、本当に僕達はこれから紡ぎ手として仕事してもいいんだよね?」
小さな熊のぬいぐるみが、言葉を発した。そう、彼はしゃべることが出来るのだ。
「君達はワシが認めた立派な紡ぎ手じゃ。むしろ門出の日を今か今かと待ちわびておったわい」
「わーい! 僕達期待されてるよ、リラ!」
「そうだね、トイ」
少年のような声で話すぬいぐるみのことを、リラはトイと呼んでいた。トイは彼女が『この世界』に足を踏み込んでから長年連れ添ってきた存在だった。紡ぎ手は、トイのような『語り部を利用して、その人の『物語』の書き換えを行うのだ。
トイはリラの肩から離れて、宙をふよふよと飛びまわっていた。彼らはどうやら飛べるらしい。
「こらこら、はしゃぐでないぞ、トイ」
優しげな口調で、神父――テオリアが宥める。
「はーい」
素直に受け入れたトイは、飛びまわるのをやめると、リラの右肩に再びちょこんと座りなおした。リラは少し笑顔を見せてその様子を眺めていた。
「もう五年、か。時が経つのは早いのう」
「はい。今まで面倒を見てくださって、本当にありがとうございました」
「ありがと~♪」
リラが頭を軽く下げて礼の言葉を述べると、それに合わせてトイも元気よくそう言った。
テオリアは少し戸惑うような笑顔を見せて、
「ワシはただ、紡ぎ手としての知識を教えただけじゃ。他には何もしておらんよ」
「十分お世話になりましたよ、大神父様」
「……まったく、いつもはあまり表情に出さないのに、こう言う時ばかり笑顔になりおって……」
テオリアの目には、うっすらと涙がにじみ出ていた。リラが誰かにこう言う風に笑いかけるのは珍しいことなのである。それが今、別れの時に見られたとなると、テオリアにとってこれほどまでの喜びはないだろう。
「それじゃあ、テオリアさん……そろそろ、行きますね」
「たまにはこっちにも顔を出しておくれ。達者でな」
別れの言葉を告げると、リラはテオリアに背を向け、ゆっくり前へと歩き出す。
一人の少女が、たくさんの人の物語を紡ぐために、歩み出す。