逆転
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俺は中野恭哉。仕事は教師。K高校で数学を教えている。
そんな俺に、最近彼女ができた。
今日の天気は雨。
どんよりとした曇り空にこっちまでテンションが下がるがそうは言っていられない。気をとりなおし、目の前のドアを開けた。
「きりーつ」
そこは3年2組。号令をかけるのは学級委員長の鈴木の仕事だ。鈴木は成績優秀。俺の担当する数学ではこの間のテストで学年唯一の100点をとった絵に書いたような優秀な生徒だ。眼鏡をかけていて、一見暗そうに見えるが根は明るく前向き。今日も彼女の声で授業が始まると信じて疑わなかったのだが、
違った。
号令の声に異常に反応してしまい、思わず声のした方に勢いよく顔を向けてしまった。
すると、律子がまたあの嫌な笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
「せんせ、何固まってるの? 礼♪」
最近の高校生なんてろくに礼もせずに椅子に座り始める。だがそんなことはどうでもいい。俺は久しぶりの聞きたかった声にいまだ胸を高鳴らせていた。
最近律子に会っていなかった。
律子が休んだのだ。
……二日だけだが。
だが何日かなんて関係ない。毎日、いやもはやいつでもどこでも聞いていたい彼女の声が聞けなかったのだ。いい年してたかが18のガキにと思われるだろう。
だがもう俺の中で律子はかけがえのない存在になってしまっているのだ。
彼女の声が二日聞けないだけで、こんなにも弱くなってしまうんだ。電話をしようかとも思ったが、理由が風邪だったため、無理をさせるわけにはいかないと我慢したのだ。結果、自分が辛かった。
情けない気もするが、悪い気はしない。愛故。
そんな愛しくて愛しくて仕方のない彼女との思わぬ再会。動揺するな、と言うほうが無理だ。
生徒に問題を解かせ、俺は生徒達の机の間を行ったり来たりする。
律子の隣を通るとき、霧消に切なくなった。すぐに手が届くのに許されない。
教師と生徒。教室という空間がその苦しい事実を痛いほど実感させた。
彼女にも辛い思いをさせている。
本当に申し訳ない思いでいっぱいだ。
彼女も俺が横を通る気配を感じ、一瞬固まったように見えた。
少し赤くなった耳。ぎこちなく足をくみかえる律子に、俺はもう我慢の限界だった。
「……神谷」
名前を呼ばれ、思わず体をびくつかせる律子に顔を近付け、続ける。
「ここ、違うだろ?」
嘘だ。間違ってなんかいない。律子はなんだかんだで頭がいい。
「え、そ、そうですか?」
動揺を隠そうとしているが俺には丸分かりだ。
そんな彼女の手からシャーペンを借り、
「こうだ」
と言いながらさらさらっと文字を書いた。
するとみるみるうちに彼女の長い髪の間から見える項まで真っ赤になり、小さな声で
「ごめんなさい」
と言った。
たまには君を翻弄するのもいいかもしれない。
書いた言葉は、
「寂しくさせたお仕置きだよ」
。
最後までありがとうございました