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まじない師の白い指  作者: 駒鳥 紺
第1章 サバスの村編
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(8) 黒装束の人

 サバスの村人には不思議な力を持った人(まじない師)が多い。まったく力を持たない人も中にはいるが、大抵はまじない師の力と薬草を上手く混ぜた薬をつくって生計をたてている。

 その中でも、特に強い力を持ったまじない師はサバシスになる。不治の病をも治す、とまで言われているが、真相は彼らしか知らない。

 サバシスになれば生活は保障されるほか、街と村を自由に行き来できる。正式なサバシスはみな、街に行ったきりでほとんど村に帰ってくることがないのは、街のほうが豊かで便利だからだと村人は噂した。

 強力な術を使うには条件として、相手の大切な要素を手に入れなくてはならない。

 また、正式なサバシスになるためには、村に忠誠を誓わなくてはならない。その証として、自分の大切な要素をささげる決まりになっていた。もし、村を裏切ったら逆にまじないをかけられてしまうのだ。


 夜の森を進みながら二人は様々なことを話した。静かな暗闇に、獣除けの鈴と足音だけが響く。ヨルバは家からカンテラを一つ持ってきていた。足元を照らすことくらいしかできないが、ないよりはましだろう。

「――だから、ミシェバトさんは僕がサバシスになるのを反対しているんだ」

「でも、ヨルバは村を裏切る予定もないんだろ。わたしは純粋にすごいと思うぜ。そういうの尊敬する」

 ペコーラに認められ、ヨルバは初めて自分の決定を肯定的にとらえることができた。


 その時、二人の背後から誰かがすごい勢いで走ってきた。振り向く間もなく、ヨルバの手からカンテラが弾き飛ばされた。視界の端で一瞬、照らし出されたのは全身に黒い衣装をまとった男だった。仮面をかぶっているので、顔はわからない。

「誰だ!」

 幸い、今夜は月が明るいので夜目がきいた。ペコーラが叫ぶ。

 カンテラを破壊した男はそのまま、ヨルバの腹に容赦なくこぶしをぶち込んだ。混乱の中、無防備で受けた攻撃にヨルバは肩から地面に倒れた。瞬間、どこかでかいだ甘い匂いが男から漂ってきた。

 男は次にペコーラの元へと無遠慮に歩み寄った。少女の白い足が震えているのが見えた。激痛にもだえ、ヨルバは目をつぶった。次に目をあけると、男の背中を上から見下ろしていた。魂飛ばしの甘い匂いに感化され、ヨルバの魂は再びカナリアの姿になっていた。


 腹の痛みは消えていた。どうやら、魂には肉体の事情は関係ないらしい。久々の感覚にもたつきながら、ヨルバはそれでも二人のもとに飛んだ。夜でも、みなもの世界ではうっすらと灯りがにじんでいる。草木や動物の魂の上澄みが、湧き立っているからだ。

 男の胸の中央に、ひときわ大きい輝きが見えた。ヨルバは訳も分からない怒りに身を任せる一本の矢になった。そして、男がペコーラに攻撃する前に、その輝きを飲み込もうとした。が、勢いをつけすぎたカナリアは魂の端をかじっただけだった。その瞬間、男はびくんと大きく痙攣し糸が切れたように地面に倒れこんだ。

 ヨルバは今かじったものを吐きそうになった。カジャは、ジリスの魂の上澄みを上手いと言っていたが、男の上澄みは舌に残る不快な苦みでしかなかった。

 ヨルバは唾を飲み込み、急いで自分の体に戻った。腹に鈍い痛みが戻ってきた。それに、前回よりはまだましなものの、やはり肉体的な疲労感は残るようだ。


 男は肩で荒い息をしている。

「ペコーラ!」

 勢いよく立ち上がったヨルバは、立ちくらみがして頭を押さえた。彼女の返事はない。よろめきながら男の側に寄る。月明かりに照らされて、男の真っ黒い衣装は、ヨルバがまとっているものとよく似ていることがわかった。銀色の刺繍もされている。

 ペコーラが街からの侵入者だということが伝わったのだろうか。祭りでは熱気とざわめきに浮かれて、つい警戒がおざなりになってしまっていた。彼女が話しているところを、だれかに聞きつけられた可能性も高かった。

 だとすれば、一刻も早く彼女を街に帰したほうが良い。


 ペコーラは近くで倒れていた。怪我はないはずだ。彼女の場合は、単に気を失っただけだろう。肩をゆすってやるとすぐに目をあけた。

「立てる? とにかく、ここから逃げよう」

 ペコーラは頭を抱えて、上半身をゆっくり起こした。黒い目に倒れている男の姿が映る。その途端、堰を切ったように彼女は泣き出した。

 ヨルバはどう声をかけていいのかわからなかったが、とりあえずこの場から離れるのが先だと結論づけた。泣き続けるペコーラを起こし、手を引いて森の奥へと進んだ。念のため、獣除けの鈴も捨てた。

 黒装束の男は追ってこなかった。


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