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まじない師の白い指  作者: 駒鳥 紺
第1章 サバスの村編
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(7) 祭りの夜

 ペコーラの目には、村中に飾られたカンテラやランプが発する灯りがゆらゆらと映っていた。一つ一つはすぐに消えてしまいそうな弱い灯りだが、今日は全ての灯りが外にあふれている。


 今夜は、祭りの日だ。

 彼女は村の端で、ヨルバが来るのを待っていた。遠くから音楽が聞こえてくる。聞いたことはないが、どこか懐かしい調べだった。

 そのとき、近くの民家からいくつかの人影が出てきた。ペコーラは手にしていた仮面ですばやく顔を覆った。

 色とりどりの衣装をまとった子供が数人、村の中央にある聖堂のほうへと走っていく。一人の背の高い大柄な女性が、その後から大きなかごを持って扉を閉めた。長い黒髪を結わえ、白い前掛けをしている。典型的な薬草師の格好だった。

 じっとその様子を見ていると、その女性がこちらに気が付いた。屈託のない笑顔を浮かべている。

「もうすぐ芝居が始まるよ。行かないのかい」

「友達を待ってるんだ。すぐに行くよ」

 ペコーラは落ちついて返答した。女性は頷いて、かごを持ち直した。ずいぶんと重そうである。ペコーラは少し迷ったようだったが、近づいて行って支えてやった。

「おい、大丈夫かよ」

「おやまあ、ありがとう。そのククラ、ずいぶん年季が入ってるけど素敵ね」

「ばあちゃんにもらったんだ。にしても、こんなにどっさり、何に使うんだ?」

 ペコーラはかごいっぱいに積み重なった草や実や花をのぞきこんだ。

「芝居でつかうのよ。ほら、ペコラ様が小さい頃遊んでいたっていう森の場面さ」

「へえ。ペコーラとそっくりだ」

 思わずつぶやいた少女の言葉に、女性は首をかしげた。しゃんしゃんと、鈴の鳴る音が聖堂のほうから聞こえた。芝居開始の合図である。

「あら、大変。もう行かないと」

「これ、持つの手伝おうか?」

「いや、大丈夫。おばさん、力だけは自信あるから」

 女性は大きな体を揺らして、小走りで去って行った。


* * *


 ヨルバが現れたのはすぐ後だった。彼もククラの面をつけている。ただ、サバシス特有の白い貫頭衣を身に着けているので、見間違う心配はなかった。

「いい? 僕から離れないで」

 ヨルバは半ばあきらめたような表情でペコーラに頼み込んだ。彼女が森に迷い込んでから、今夜までに早くも二週間が過ぎた。すっかりミシェバトの家に慣れた少女は、村を見物したいだの森を探索したいだのとさんざんヨルバを困らせたのだった。ミシェバトは面白がって、ペコーラの味方についた。

「わかってるって。もし、離れちゃったら先にばあさんの家に戻ってるぜ」

 飄々と流し、ペコーラは早くも駆けだしそうな勢いでヨルバの手を引っ張った。


 いつも静かな聖堂も、今日は松明の灯りで眩しいほどだ。人々はみな思い思いの仮面をかぶり、芝居を見物したり、広場で踊ったりしている。民家の庭先では、手作りの料理や菓子がふるまわれ、子どもたちが群がっていた。

「何これ、甘い」

 ペコーラは、小麦粉の中に詰まった餡子に目を丸くした。聞けば、街にはないものらしい。仮面を外して菓子をほおばる少女は、すでにサバスの村に溶け込んでいる。

「でもすごいな。こんなのただでもらえるなんて。街じゃ金がないと何もできないのに。この村の経済観念はどうなってんだ」

 サバスの村には通貨もあることはあるが、あまり機能していない。基本的には物々交換で成り立っている。また、富豪と貧民の違いはあるが、貧しくても飢えて死ぬことはなかった。サバス特製の薬草とサバシスが施す術で、街からの膨大な報奨金が村を潤しているのだ。特に、サバシスが家から出た者たちは一気に豊かになった。金はそのまま村人に支払われず、交渉人を通じて街から品物を輸入していた。

「街じゃ、金に困った親が子どもを売ることもあるんだぜ。それに比べたら、ヨルバは運が良かったんだな」

 自分は幸福だったのだろうか。ヨルバが考えていると、後ろから肩をたたかれた。

「ヨルバさん」

 二人が振り向くと、オリーブ色のふさふさした髪の男性が立っていた。仮面を外してくれたが、見たことない顔だ。酒が入っているのか、頬が上気して赤くなっている。彼はとびきり上等の微笑みを浮かべていた。

「……どちら様ですか」

「アルマの弟のビスだよ。大きくなったねえ」

「ビス……おじさん」

 ヨルバは眉をひそめた。アルマというのは、母のことだ。

しかし、母が村を出てから、親戚とは完全に縁が切れていた。


「聞いたよ。サバシスに選ばれたんだって?」

「まだ、見習いです」

「それでも何年か後には、サバシスとして街に出るんだろう。すごいことだ。姉さんがもし聞いたらびっくりするだろうね」

 ヨルバは母の顔を覚えていない。だが、もしかしたら目の前にいる男と似ていたのかもしれない。ビスは、ヨルバの困惑をよそに、次から次へと賛辞を述べた。

「――そう、だからあの時は私たちもずいぶんと苦労してね。そんなわけだったから余裕がなくて、シラクサさんとヨルバさんを引き取ることができなかったんだよ。でもね、私たちはやっぱり同じ血を引いている。だから、何かあったらぜひ……」

「おっさん、良いとこ取りすんなよ」

 ヨルバの隣からペコーラがぴしゃりと会話を寸断した。ビスの顔が引きつり、そそくさと退散していった。ヨルバは彼女の背中を、嬉しいような悲しいような気持ちで見送った。

「ごめん、余計だったな」

 ヨルバは首をふった。


 その後にも、様々な人があいさつをするためヨルバの元を訪れた。仮面をつけているのだが、サバシスの衣装を羽織っているのですぐにわかるのだろう。大半は遠縁の親戚で初めて見る顔だった。誰も彼もが、ヨルバの祝福をほめたたえ、最後には自分は母と血がつながっていることを忘れずに強調して去って行った。後には、意味のわからない疲れが残った。


「そろそろ、儀式が始まる。森へ行こう」

「儀式は見ないのか?」

「途中で抜け出したら目立つから。ミシェバトさんから聞いた話だと、こういうにぎやかな雰囲気じゃないらしいし。だから、僕らは、先に森に行ってカジャが来るのを待っていたほうが良い」

「カジャ?」

「とにかく、多分大丈夫だから僕についてきて」

 ペコーラはもっと祭りを楽しみたいようだったが、そのせいで街に戻る機会を逃したら困る。彼女はしぶしぶヨルバの後を追った。


 祭りの喧騒と光がだんだん遠ざかっていく。

 ペコーラは一度だけ振り返って、もう二度と来ないだろう不思議な場所にそっと別れを告げた。

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