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まじない師の白い指  作者: 駒鳥 紺
第1章 サバスの村編
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(6) ペコーラ

 少女は小動物のように怯えた目をしていた。少しでも近づいたら、逃げ出してしまいそうだ。ヨルバは、老婆になついているジリスを思い出した。警戒心が強い彼らは、こちらが害を与えないと悟るまでは決して近づこうとしない。

 困ったことになった。頭の中に、色々な不安や心配が次々と浮かんだ。


「おい、お前は誰だ」

 長い沈黙が破られた。強気な調子で問いかけたのは、しかし、少女のほうだった。

「お前は、まじない師か」

 ヨルバが黙ったままでいると、彼女はさらに四つん這いで詰め寄ってきた。思わず、後ろへ下がる。

「おい、逃げんなよ。何か変な格好してるし、まじない師なんだろ」

 さらに、彼女は洞の中から這い出ると立ち上がった。スカートと前掛けに付着した土を手で払う。きょろっとした丸い目が印象的な少女だった。ずいぶんと小柄で、並ぶとヨルバの肩に彼女の視線が来る。しかし、表情はどことなく大人びていて掴みどころがなかった。年は、十三のヨルバと同じくらいか、もう少し年下だろうか。


「い、いつからここにいるの?」

 ヨルバはそっと聞いた。名誉あるサバシスの衣装をけなすとはいい度胸だ。しかし、今はそれどころではない。

「昨日の夕方から。迷って帰れなくなった」

「やっぱり」

 胸の奥がかあっと熱くなり、すぐに冷えていった。

「なあ、街への帰りかた知ってるんだろ」

「……知らない」

 ヨルバの返答に、少女はあからさまに落胆したが、ヨルバ自身も残念だった。


 ポーカスとヘミンキは今日、街に行っている。村にいるのは、見習いのカジャだけだ。しかし、ヨルバは彼に知らせる気にはなれなかった。知らせたところで、見習いは結界を解く術を知らない。何よりも、自分の失態を知られるのは嫌だった。

 街の人が村へ迷いこんできた話など、ヨルバの知る限り今まで聞いたことがない。もともと、結界など張らずとも街の人はサバスの民を恐れているらしかった。

 どうすれば良いだろう。知らんぷりをしてこの場を去るべきだろうか。しかし、少女に顔を見られているし、ご神木の結界が不完全だったということはカジャを通してポーカスに伝わってしまうだろう。かといって、せっかく掴みかけたサバシスへの道をみすみす棒に振りたくはない。それだけは、絶対に避けたい。


「……ここに居ても仕方ない。とりあえず、僕についてきて」

「どこに行くんだ?」

「知り合いの家。ここから近いんだ」

「そいつはまじない師なのか?」

「うーん、薬草には詳しいけど、まじない師じゃないよ。変わった人だけど、悪い人じゃないから」

 少女は少しためらったが、やがて承諾した。

「おい、まじない師見習い。名前は?」

「ヨルバ」

「ペコーラだ。よろしくな、ヨルバ」

 そうして二人は出会った。

 頭上では、大量の鳥たちがねぐらであるご神木に帰ってきた。夏を間近に控えた今は、日没も早くなってきている。


 二人は連れ立って、夕暮れの小路を歩き出した。森を歩きなれていないらしいペコーラは、石や根っこにけつまずいたりした。苦労しながらも、彼女は今の状況を楽しんでいるようでさえあった。たまに立ち止まっては、珍しそうに森を観察した。

「まじない師って初めて見たぜ。みんな、しわだらけのじいさんやばあさんかと思ってたけど、違うんだな」

 少女はヨルバの奇妙な格好もまじまじと見つめて呟いた。

「僕もラカッシュの街の人は初めて見た」

「いや、わたしは知り合いのおばさんのところに、一時的に泊まってるだけで、ラカッシュの街よりずっと東から来たんだ」

「……そっか。街って他にもあるんだ」

「当たり前だろ」


 少女はあきれたようだったが、ヨルバにとっては新鮮な驚きだった。生まれてこのかた、サバスの村しか知らなかったのだ。森を越えるとラカッシュと呼ばれる街があることは、知識として知っていたに過ぎない。そのまた向こうにも、同じように街や村があるなんて盲点だった。


* * *


 ミシェバトの小屋からは、魚をいぶる香ばしい匂いがただよっていた。家から少し歩いたところに川が流れていて、彼女はそこで洗い物をしたり魚を捕ったりするのだ。

 ヨルバは、約二週間前に彼女と口論になったことを思い出した。あれから、気まずくてここには来ていなかった。だから、サバシス見習いとしてある程度の術や知識を教わってから、改めて来ようと思っていたのだ。


「何だか、寂しいところだな」

 傾いた家を眺めながら、ペコーラはささやいた。夕暮れの茜色に照らされているから余計にそう感じるのかもしれない。

 呼び鈴代わりの貝殻を鳴らすと、中から「勝手に入りな」と老婆の大声が聞こえた。

 立てつけの悪い扉をこじ開ける。

「……こんにちは、ミシェバトさん」

「ふん、今頃何しに来たんだい。私は、あんたはもうしばらく来ないもんだと思ってたがね。……それにそっちの子は誰だい」

 老婆は二人を交互ににらんだ。そして、ややあってからぶっきらぼうに家に入るように二人を促した。


 ヨルバに続き、ペコーラも恐る恐る扉をくぐった。狭い部屋だ。真ん中に簡素な囲炉裏があり、すぐそばに寝床らしき場所がある。奥の壁には見たことのない雑貨や何だかわからないものが所せましと棚に積み上がっていた。何かの植物を乾燥させたもの、ずらりと並んだ瓶詰め、動物の牙や角、奇妙な仮面。

「すげえ。まじない師の家って初めて見た。何か変な匂いがする」

 部屋に上がったペコーラは目を輝かせた。

「ふん、私はまじないはしないよ」

 ミシェバトはきつい匂いのするお茶を淹れた。いつものタチルスだ。ペコーラは初め、毒入りかと疑っていたようだが、二人が口をつけるのを見て口をつけた。


「さて、ここにお嬢さんがいる理由を教えてもらおうかね、見習いサバシスさん」

「ペコーラは街から迷いこんで来てしまったみたいなんです」

「結界が張ってあったはずだが」

 やや沈黙があり、ヨルバは正直に切り出した。

「はい。でも、多分僕が結界の修正を間違ってしまったらしくて」

「はん、それがばれるのが怖くて逃げて来たってわけかい? ……あんたらしくないね」

 ヨルバは図星だったので、黙ってタチルスのお茶を飲み干した。独特のすうっとする匂いが立ち上る。

「ペコーラさんとやら。街の人なら怖がって、結界を越えるどころか森にも近づかないはずだが? あんた、怖くなかったのかい」

 ペコーラはそのとき、くせの強いお茶に顔をしかめていた。

「わたしは、ラカッシュの街よりもずっと東から来たんだ。またすぐに違う街に引っ越す。まじない師の住む変な村があることは、今世話になっている知り合いのおばさんから聞いたんだ。何でも願いを叶えてくれるけど、不気味な人たちがいるって」

 物怖じしない訪問者の態度に、ミシェバトは気分を害するどころか、好意的な興味を持ったようだった。村の子どもは、彼女の家に近づこうとはしない。ましてや、こんな口のきき方をする少女など。

「で、あんたは何でここに来たんだい」

「ちょっとした好奇心だったんだ。わたしの住んでいた東の街じゃ、そんな面白そうなやつらいないからさ。いやーまさか、戻れなくなるとは考えてなかった」

 老婆は二人のために、焼き魚と山菜の煮物を提供してくれた。普段食しているものと味付けが違うらしく、ペコーラはしきりに珍しがった。


「で、これからどうするつもりだい」

「……僕に考えがあります。ただ、今すぐには無理です」

「祭りの日まで待つつもりだね。いいだろ、それまで彼女は私の家でかくまってやろうじゃないか」

「ありがとうございます」

 ヨルバはほっとした。

「なあ、わたしも村に行ったらだめかな」

 ペコーラの申し出に、老婆と少年は顔を見合わせた。ミシェバトはこらえ切れなくなったようで、ひひひと大声で笑い出した。

「あんた、面白いねえ。でも、自分の立場が分かってないようだ。街からの侵入は本来ご法度なんだよ。交渉人に見つかってごらん。何をされるかわかったもんじゃない。本当の名前を持っていないあんたは無防備にもほどがある」


 老婆はふと、棚に積み上がった雑貨やガラクタの中にある物を見つけた。ククラの面だ。老婆の目がいたずら好きの少年のように光った。

「あの仮面をあんたにやるよ。あれを付けていれば、誰もあんたを街の人だって分からないはずだ。どうせ気の早い連中は、もう仮面をつけてるだろう。交渉人どもに気をつけていれば大丈夫さ」

 近年では、街からの輸入も増えている。ペコーラの格好は街のものだったが、村でも裕福な人は街製の服装をしていることも多くなっていた。

 ペコーラはよっしゃ、と喜び、ヨルバはまた一つ面倒ごとが増え、ため息をついた。

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