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まじない師の白い指  作者: 駒鳥 紺
第3章 ラカッシュの街編
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(14) 魂喰いと蜜

 サバシスは、強力な力を持ったまじない師である。力というのは、この世に重なる魂の世界「みなも」を見ることができることだ。

 サバシスは、自分の魂を動物の姿に変え、みなもを自由に飛び回る(泳ぎ回る)ことができる。

 そして、サバシスは――


 街の南はここ数年で次々に工場が建てられ、ずいぶんと様変わりした。灰色の巨大な建物からは、さらに灰色の煙が朝から晩まで吐き出されている。

 ヨルバは川の向こう側に広がる光景を、ぼんやりとみつめた。四年前まで居た村はすでに、夢の中の出来事のようにひどく曖昧に思えた。

 川の側に、大きな屋敷が建っていた。カジャたちが住んでいるサバシスの屋敷は、見るからに古く威厳が漂っているが、目の前の建物は一目で新しいものだとわかった。


 若い女性が出てきて、カジャとヨルバは奥まった部屋に案内された。彼女は何も言わなかったが、二人のサバシスをひどく恐れているようであった。

「ご主人はどこですか」

「ただいま参りますので、ここでお待ちください」

 通された部屋は応接間のようで、赤い布張りのソファと、蔦模様の絨毯が敷かれていた。どの調度品も大変に高価なものだった。

 ソファには女の子がちょこんと腰かけて、クッキーをほおばっていた。二人の青年が入ってくると、「こんにちは」と笑顔を見せた。ちらっと八重歯がのぞく。

「街人って、ほんと野蛮だ」と、特に返事もせず、カジャは吐き捨てるように呟いた。

 おれたちも同類みたいなものじゃないですか。

 そう言いたいのを我慢して、ヨルバはなるべく女の子のほうを見ないように主人の到着をじっと待った。


 主人は五十を過ぎたくらいのでっぷりとした男で、富豪にありがちの口ひげを蓄えていた。彼はしきりに二人の実力を疑い、支払った金額の高さは法外だと暗に文句を言った。

「私は二つの工場を抱えているんだ。しっかりと仕事をしてくれないと困る。本当に、あんな小さな娘で大丈夫なのか。金だけとられるんじゃないだろうな」

「あのくらいの小さな子でなければ無理なのです。金額に見合っただけの価値はありますよ」

 カジャは蔑むように男に言った。


 ソファに男と女の子を座らせると、ヨルバはその前のテーブルを退かして、自分は絨毯の上に胡坐をかいた。少女は、不穏な空気を感じたのか、ソファの上で小さくなった。カジャは三人より少し離れたところで待機している。

 暖炉では薪がぱちぱちとはぜている。窓のない部屋は暖かい。

「名前は?」

 少女はクッキーに伸ばしかけた手を止めて、目の前の不思議な格好の青年を見た。怯えた表情をしている。ふと見れば、服は所々つぎはぎが施されており、靴も叩けばほこりが落ちてきそうなものだった。

 赤毛の髪は二つにちょこんと結われており、手作りらしい髪留めをつけていた。

 子どもは、その子の持ち物を褒めてやると良い。ヨルバは冷静に、しかし努めて穏やかに、

「それ、かわいいね」と褒めた。

 少女の顔がぱっと明るくなった。

「うん、これお母さんがつくってくれたの。お母さん、こういうの作るのとっても上手なんだよ」

 これをきっかけに少女は、自分の名前やら家族のことやらを嬉しそうに話した。隣に座る男は、二人のやり取りを興味なさそうに聞いていた。


 ヨルバは次に、ポケットから小瓶を取り出して、中の葉に火をつけた。薄青い煙が線になって立ち上る。体を覆っている薄布を口元に手繰り寄せ、煙を直接吸い込まないようにした。

 男と少女は不思議そうに見ていたが、すぐにまぶたが下がり、深い眠りに落ちた。

「カジャ様、大丈夫です」

 ヨルバと同じように、口と鼻をふさいだカジャは、少女に近づくと、その髪を鋏でばっさりと切り落とした。手から零れ落ちた赤毛の髪が、絨毯にぱらぱらと散る。

 髪を受け取ったヨルバは、それを別の瓶に入れて燃やした。術をかける相手の姿と名前と髪。これで、準備は整った。


 たっぷりと煙を吸い込み、ヨルバはいつものようにみなもの世界に飛び込んだ。

 この四年で鳥の姿にもすっかり慣れ、もう自由に飛び回れる。全身が喜びに満ち、興奮が小さな体を駆けまわる。

 水に沈んだ部屋の中で、ひときわ強い光を放つ少女の魂と、その隣で弱弱しく光る男の魂が揺らいでいる。

 ヨルバは迷わず、少女の魂をかじり取った。

 ああ。

 恍惚でくらくらする。からからに乾いたのどを潤す水のように、少女の魂の上澄みはヨルバの中に染みわたっていった。喉を通るそれは瑞々しく、どんな食事よりも美味だった。甘い蜜を含んだ果実のようだ。

 ヨルバは夢中で貪り食った。やがて、核の部分を残して、上澄みのほとんどは小さなカナリアに取り込まれた。上澄みを失くした魂は、もはやわずかな光しか発さない。


 これで、終わりにしたい。誰にも、上澄みを渡したくない。

 しかし、そんなことは許されない。この上澄みは男のものになるのだ。ヨルバは、自分の肉体の前に置かれた空き瓶の中に、今取り込んだものを吐きだした。といっても、それはすでに物体ではなく(もともと実態ではないのだが)、気体か泡のように透明な息となっていた。高ぶった気分は治まり、満ち足りた気分だけが残った。

 カジャが、魂の上澄みが入った瓶を男に飲ませた。これで、仕事は終わりた。


 健康で新鮮な魂のエネルギーを手に入れた男の寿命は延び、そしてそれを奪われた少女は死んだ。


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