表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まじない師の白い指  作者: 駒鳥 紺
第3章 ラカッシュの街編
14/17

(12) パン屋の朝

 薄い朝日が、ラカッシュの街を包み込む。


 もうすぐ春だが、明け方はまだまだ冷える。手を刺す水の冷たさにダナは身震いした。彼女の手は太く、女性にしてはたくましかった。

「パン屋はいつでも早起きしなきゃならないところが欠点だわ」

 あくびをしながら工房に戻ると、さっそく今日売るためのパンをこねはじめた。以前は二人でやっていた作業を、一人でこなすのは大変だ。

「それも、今日でおしまいね」

 ダナは嬉しそうにつぶやいた。


 彼女は、二つの悩みを最近抱えていた。一つは、半年前に夫が亡くなって、パン屋を一人で切り盛りするのが負担になってきたこと。しかし、これはすでに解決の見通しがたっている。

 もう一つは、隣のアパートに数週間前から気味の悪い人が住み着いたことだ。髪をだらしなく伸ばし、異国から辿り着いたような不思議な格好をしている。

 サバスの民と呼ばれている人だった。

 ラカッシュの街の西に広がる森の奥深くで、ひっそりと暮らしているそうだ。彼らについてはあまり詳しくない。ダナが小さいころから、彼らのことは好ましくない話題だったし、彼ら自身も街の人とは距離を置いているようだった。

 サバスの民の何人かは街に住んでいるらしい。月に何度か、街で買い物をする者もいるらしい。ラカッシュの街は大きい。中央に位置する市場で、何度か彼らのことを見かけたという話を聞いた。ダナにとっては、単なるうわさ話の域を出なかった。


 しかし、自分の家の隣となれば話は別だ。

 すでに、新しい住人を気味悪がった数人がよそへ引っ越しした。

 何度か、このパン屋にも来たことがある。その時の驚きようといったら。ダナは、焼き立てのパンが載ったトレイを盛大に落とし、店内にいた客もみんな身動きがとれなくなった。彼はダナが床にばらまいたパンの一つを拾うと、それを欲しいと言った。青年の声だった。長い前髪から、ちらりとオリーブ色の目がのぞいた。彼が去った後、客は不安そうに顔を見合わせた。

 その日から、明らかに客足が減ったことは言うまでもない。


「まったく、まじないだか何だか知らないけど、大切なお客さんを奪うのだけはやめてほしいねえ」

「ダナさん、おはよう。何だか浮かない顔をしてるね」

 近所に住む知り合いが、冷気と共に店内に入ってきた。彼はいつも、規則正しくこの時間に同じパンを買いにやってくる。その後に工場で働き、夕方になると再びここを訪れる。

「そんなことないよ。心配しないで」

 ダナは、焼き立てのパンを店内に並べながら、いたって元気な様子で答えた。香ばしい匂いが狭い店内に広がる。

「あれだろ、そこのアパートに引っ越してきたっていうサバスのやつらのことで、悩んでるんだね」

「あんたには、隠し事はできないわね」

 ダナは苦笑した。男はトレイにいくつかのパンを載せながら、真剣な表情で、

「やつらが何でこんなに嫌われているか、ダナさん知ってるかい?」

 ダナは首を振った。

「やつらは、人殺しなんだ」

「そんなぶっそうな話、どこで聞きかじってきたのさ」

「工場には色んな人が集まってくるんだ」


 さらに追及しようとしたその時、カランという鐘が鳴り、新しいお客さんが入ってきた。やつには気をつけなよと言い残して男は去って行った。

「あら、おはようございます。セレーナさん」

 彼女もお得意さんの一人で、一つ通りを越えたところにある仕立て屋の夫人だった。店はあまり儲かってはいないようだったが、彼女なりに楽しんでいるようだった。以前は明るくて華のある女性だったのだが、つい数日前に娘を亡くしてからは、別人のようになってしまった。

「大丈夫?」

 今日の彼女はここ数日で一番ひどかった。赤毛の髪は鳥の巣のようになり、目は朝まで眠らずに泣きとおしたように腫れている。ダナには娘がいなかったが、彼女がどれだけ辛い状況にあるかは、胸にせまるものがあった。

「……あの子のことは残念でしたね。今日、これから新しい売り子が来るんだけどね、その子もきっと悲しむわ。何度か遊んだことがあるから」

 セレーナは、ダナの話を聞いているのか聞いていないのか、壊れた機械のように何度かうなずいた。


 磨かれた硝子窓の外に何気なく目をやると、通りを例の人物が通過していくところだった。肩から足元までを一続きの白いローブのようなもので覆い隠している。彼が歩くたび、金色の模様が踊った。息は白く、ちらりと見える手先も血の気がなかった。

 冷たい風にあおられて、彼の顔が一瞬あらわになった。

 あんな話を聞いた後だったので、彼がどこに行くのか気になるところだったが、泣きだしたセレーナをなぐさめているうちに、彼はいなくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ