(11) カナリアの夢
深い森が広がっていた。
夜明けのひんやりとした空気が辺りに漂っている。枯草と小枝でつくられた巣の中で、一羽の小さな鳥が目を覚ました。羽は綺麗な菜の花色で、薄暗い森野中ではよく目立った。
巣の中には、他に誰もいなかった。もう、今は使われていないようだった。
眠い頭を振って、小鳥は朝の森を飛んだ。どこに行けばいいのかはわからない。すると、どこか遠くで誰かの泣く声がした。鳥や獣ではない、人間の泣く声だ。
声は、大きな樹の根元にぽっかりと空いた巨大な洞から聞こえていた。小鳥が近づくと、暗い洞の中に白い足が見えた。女性の足だった。生臭いような懐かしいような奇妙な匂いがした。
女性はひどく疲れており息も荒かったが、胸にしっかりと赤ん坊を抱いていた。乱れた衣は血や粘液で汚れている。彼女は洞の中で出産したのだ。
「名前をつけなければね」
女性は泣き続ける赤ん坊に優しく語りかけた。そして、一節の詩のような名前を彼女にあたえた。それは、秋になって南の空に消えていく渡り鳥たちの、興奮と不安が入り混じった気持ちをうたった詩だった。
それから、女性はもう一つ、今度はとても短い名前を赤ん坊にあたえた。
「私のおばあさんと同じ名前よ、ペコラステ」
女性は声を殺して泣いていた。その様子があまりにも切羽詰まっていたので、小鳥は思わず彼女の足元に飛び乗った。
「こんにちは、きれいな小鳥さん。あなたも逃げて来たの?」
突然の訪問に、女性は驚いたようだったが、やけに人懐こい小鳥に表情をゆるめた。
「私たちも逃げて来たのよ、遠い都から。おばあさんは私を逃がすために殺されてしまったわ。……やつらは、もう私たちを諦めたかしらね」
洞の中から外を不安げにのぞき見た。朝の森は眠ったように静かだ。いつのまにか、赤ん坊も寝息をたてていた。
小鳥も眠気を感じていた。彼女の広がった衣の上で、まるくなって寝た。
「おかしな鳥だこと。そろそろ、朝になるというのに」
女性は、くっくと小さく笑った。それから、今までの疲れがどっと体に流れ込んできて、彼女も深い眠りについた。