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まじない師の白い指  作者: 駒鳥 紺
第1章 サバスの村編
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(9) また会えますように

 夜のご神木は不気味だ。

「大丈夫?」

 ペコーラはこくりとうなずいた。二人はご神木から近いやぶの中に座っていた。湿気と興奮で、背中と首筋に汗をかいている。カジャの姿はまだ見えない。


 ペコーラはようやく落ち着いたようで、静かになっていた。

「死んだのかと思った。あの男に殴られて、倒れて動かなくなったから」

 そう言って、じろりとヨルバをにらむ。彼女の力強い瞳の中に、一瞬の孤独と不安がないまぜになった光となってはじけた。破天荒な少女の素朴な一面を垣間見た気がした。


「ごめん。……ペコーラはすぐにまた引っ越すんだよね?」

「うん。ラカッシュの街に来てたのは、わたしを育ててくれたばあちゃんが死んで、それで、次の家が決まるまで、一時的に親戚のおばさんの家に泊まってたからなんだ」

「じゃあ大丈夫。さっき僕らを襲ったのが誰にしろ、村から遠く離れれば追ってこないと思う」

「……そっか。わたし、もうここには来られないんだな」

 ペコーラはふと気が付いたように、黒い目を傍らの少年に向けた。街からの侵入は本来、固く禁じられている。今回の場合はヨルバが結界張りに失敗したからであり、普通ならば術を知らない街人がたどり着くことはできないのだ。

「僕も、サバシスになったら街に行くよ。もしかしたら、街を越えてもっと外に行けるかもしれない」

「なあ、そうしたらまた会えるかな」


 それはわからない、とヨルバは言おうとしたが、ペコーラの顔が意外にも真剣だったので言葉を飲み込んだ。ヨルバはふと、ずっと前に兄に教わった再会のまじないを思い出した。シラクサがいつも指につけている赤い細紐のことだ。やりかたを教わってから、材料となる細紐はポケットに入れていつも持ち歩いていた。

 二人は、お互いの指に紐を結びあった。次にヨルバがみなもをひらき、呪文を口にする。紐には植物の上澄みがたっぷりと染みこんでいるらしく、夜の森においてもマグネシウムを炊いたように光を発していた。

「これで、次に会ったら紐が切れて教えてくれるんだよ」

 その時、木々の向こうから土を踏む音がした。先ほどの黒装束の男かと思ったが、闇に浮かぶのは白い衣だった。カンテラに照らされて現れたのはカジャだった。


* * *


「なんで、お前がいるんだ」

 びっくりしているカジャだったが、ヨルバも驚いた。背中まで垂れていた赤毛の髪がばっさりなくなっていたからだ。

儀式の夜、新しいサバシスは村への忠誠を誓う。その証として、まじない師として大切な要素を捧げる決まりになっていた。髪もその一つだ。

「ま、すぐに伸びるさ。それよりも、なんでお前ここにいるんだ。今夜、ここに近づくことは禁止されているんだぜ」

 ヨルバは正直に今までのことを打ち明けた。カジャはヨルバと、隣に立っている仮面をつけた少女を交互に見つめた。

「まじない師に顔を見られちゃまずいことを知ってるんだな」


 ペコーラの震える肩を見て、単に泣いている顔を隠しているのだとヨルバは気がついていたが、彼女の名誉のために黙っておいた。

「それで、結界を解く術を覚えたおれに助けてほしいっていうんだな」

 ヨルバは頷いた。

「確かに、今夜おれは儀式と誓いを終えて正式なサバシスになった。森を抜ける術も知っている。でも、お前のためにそいつを街に送り届ける義理も、お前の失態を黙っててやる義理もおれにはないぜ」

 カジャはにやりとした。ヨルバは、ペコーラと出会ってからもひとりで結界を張っていた。ご神木の一件以外は、きちんと結界を修正することができた。だから、ヨルバの失敗を期待していたカジャには面白くなかったのだろう。


「僕が失敗したら、あなただって困るはずでしょ。僕に術を教えるのを怠けていたことになる」

「屁理屈だ」

 カジャの余裕はそれくらいの脅しでは消えなかった。ヨルバはため息をついた。

「じゃあ、僕はこれからあなたのことをカジャ様と呼びます。言葉づかいも改めるし、先輩として尊敬しましょう。これで、どうですか」

 屈辱だ。しかし、今はこうしてカジャを頼るしかなかった。ヨルバの表情にはそうした負の感情がにじみ出ていたのだろう。それをカジャは素早く嗅ぎとった。

「いいだろう。その約束、忘れるなよ」


 カジャはご神木のぽっかりと空いた洞に向かった。洞の中に刻まれている呪文に何かするのだろう。ヨルバはペコーラに、彼についていくよう促した。

「僕はここにはいちゃいけないんだ。兄さんが怪しむ前に家に帰らないと。あとは、カジャが街まで抜けさせてくれる。ああは言っているけど、カジャだってペコーラが村にいたらまずいからね」


 ペコーラは頷いた。

「わたし、ばあちゃんが死んで、ひとりになって、それですごく不幸だと思ってたんだ。でも、それって単に甘えだったんだな。助けてくれてありがと。……また、会おうぜ」

 仮面をつけたままだったが、その下で彼女が笑っているのがわかった。

「おい、そこの街人! 結界解いたからさっさと行くぞ」

 ヨルバが何かを言おうとして口を開いた途端、洞から出てきたカジャがペコーラを呼んだ。二人は、街の方向へと暗い森の中に消えて行った。ヨルバは、カジャの持つカンテラの光が見えなくなるまで、ずっと立ちすくんでいた。


 獣が遠くで鳴いた。

 ふと我にかえると、急いで村へ駆けだした。さっきの黒装束の男がまた襲ってくるかもしれないと辺りに気を配っていたが、杞憂に終わった。どちらにしろ、もう侵入者はいない。

 もう、いなくなってしまったのだ。


 家に帰ると、シラクサはヨルバを心配していたが、祭りで浮かれて酒でも飲んだのか上機嫌だった。

 眠りにつく前、あの型破りな少女に村を案内しろだの、森で遊ぼうだの無理な注文をされることは、もう明日からないのだと思うと、不思議な感じがした。

 ヨルバの白い指を、赤い線がきつく締めつけた。

 また、会えますように。

 混濁した意識の中で、サバシス見習いの少年は呟いた。


※カジャの容姿描写(髪をばっさり切ったこと)を、中盤くらいで追記しました。

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