ケーキが怖い追放聖女
(1)拷問1:深夜のケーキ
我ら魔族の住まう“魔の国”と、人間の生きる“人の国”。
古の時代より両国は聖地を巡り、争いを続けている。
圧倒的な魔力を持つ我ら魔族が、非力な人間から聖地を奪い返せずにいるその理由――それは『聖女』の存在である。
強力な結界術を操る聖女は、如何なる時代も我らの進軍を阻んできた。
その役割の性質上、聖女が前線に出て来ることはない。
故に千年近く魔王の座に君臨する我でさえ、聖女を理解してはいなかった。
まさか、聖女があんなものを恐れているなんて――。
***
人間の聖女が、魔の国の辺境で見つかった。
現地の兵によると、どうやら聖女は地位の高い人間たちによって国を追われ、魔の国に打ち棄てられたらしい。
人の国の政変については、直属の部下から聞き及んではいた。
聖女は実は聖なる力を有しておらず、周囲を欺いていた。それを知った婚約者の王子はその女を『偽聖女』として断罪するため、婚約破棄と追放を言い渡した、と。
その追放先とやらが、我が魔の国であったというわけだ。
腹立たしい。我らの国を芥箱扱いされたことが、臓物が煮えくり返るほどに腹立たしい。
我は人間への憎しみを募らせながら、件の聖女を捕らえている塔へと足を運んだ。
――魔王直々に行う拷問だ。
聖女に徹底的に情報を吐かせることで、人間の弱点を暴くのだ。我が魔族の悲願を叶えるためならば、我は労を厭わない。
「貴様が聖女だな。まさか我らの因縁の敵が、これほどちっぽけな娘だったとは」
「…………」
簡素なベッドとテーブルだけの小部屋で、我と聖女が向かい合う。
褪せた金色の髪に暗い空色の瞳。棒切れのように折れそうな体からは、生気がほとんど感じられない。
雄々しいツノに燃える魔眼、逞しい体躯を持つ我とは正反対の、今にも消え入りそうな存在だった。
(この小娘に我らは苦戦を強いられていたというのか……?)
「まぁ、いい」
閉ざされていたとしても、関係がない。我が自白魔法は、力尽くで心をこじ開ける。
どんな屈強な兵士も、手練れの術師も、無敵だった聖女でさえも。この魔法の前では偽りを述べることができないのである。
「さぁ、哀れな聖女よ。自白魔法をくらえ!」
「……っ」
キィィンという耳障りな音が透明な波となり、聖女の胸に滑り込んでいく。
途端に聖女の虚ろだった瞳がぐらりと揺れた。
魔法の成功を確信した我は、静かに問いかけた。
「聖女……、貴様にとって“怖いもの”はなんぞ?」
人間の恐怖を知ることで、物理的な侵略だけでなく、精神的な支配も可能になる――我はそう踏んでいた。それ故の問であった。
しばしの沈黙の後、聖女は乾いた唇を震わせながら、声を絞り出した。
「し……」
「なるほど、死か?」
たしかに“死”は怖いだろう。
寿命が長い魔族であっても、それを恐れる者は尽きない。実に簡単な答えだった。
そう結論付けようとしたのだが。
「し……、“深夜のケーキ”…です…」
(深夜のケーキ⁉)
聖女の言葉に、我は目を剝いた。
魔族と人間は生活文化が異なる。故に、我はケーキが何か理解ができなかった。
「聖女の貴様が怖いと言い切るほどに、それは恐ろしいものなのか?」
「……はい。人間を罪意識に突き落とす食べ物です」
「ふむ。貴様を使って試してみよう」
聖女にさらに自白させたところ、それは甘い菓子であり、たっぷりのクリームで覆われ、果物が盛られていることが分かった。
我は部下に命じ、ケーキなるものに近い食べ物を作らせた。人の国と同じ食材はここにはないが、似ているであろうもので代用させ、それを深夜に聖女の塔に運ばせた。
「さぁ、焼いたスポを致死量のクリリムで包み、熟したベリの実を飾ってやったぞ。怖いか? 怖いだろう⁉」
「あぁ、怖い……なんて暴力的な……っ。どうかお許しを……! こんな時間にそんなものを食べたら――」
ケーキもどきを前にした聖女は、カタカタと小刻みに震え、悲鳴を上げ、そして――。
「なんて怖いんでしょう~♡」
フォークを手に取ると、ひと口分をすくいとってぱくり。
頬は薔薇色に染まり、空色の瞳にはキラキラとした星が宿った。先ほどの死人のような顔とはまるで違う。
これが恐れで気が触れた人間の姿なのだろうか。
頬を手で押さえているので、口内が痛んでいる? 毒でやられているのか?
深夜という時間にどんな関連性が?
「あ~怖い! 怖すぎます! なんて罪深い!」
「くそっ、分からん……! えぇい、我にも寄越せ!」
苛々した我は部下に命じ、聖女の向かいの席でケーキもどきと向き合った。そして、手掴みで丸ごと口へと放り込んだ。
「んんッ!!」
うまい。甘い。とろける。もっと食べたい!
しかし、同時にスポとクリリムの悪魔的カロリーが頭をよぎる!
我は一瞬で察した。
「聖女よ。今宵はこれで勘弁してやろう。次の拷問では、さらに“怖いもの”の情報を引き出してやるからな!」
(“深夜のケーキ”の背徳感と罪悪感……たしかに怖い……)
(2)拷問2:昼間のエール
数日後、我は再び聖女を捕らえている塔を訪れた。
目的はもちろん、拷問だ。
我が小部屋に入ると、聖女は小さな体をびくりと縮こめた。
当然の反応だろう。前回の拷問以降、この娘にはケーキという恐ろしい食べ物を定期的に食べさせられているのだから。
部下には、ケーキの味や食べさせる時間を変えて実験をするように命じてあった。記録によると、ふんわりとしたスポだけでなく、サクサクのパイールやほろ苦いチョコゾへの反応も大きかったらしい。あとは15時頃が最もたくさんのケーキを摂取していたとか。
もしかしたら、聖女が自覚しているよりもさらに恐ろしい条件が見つかるかもしれない。
実際、聖女の骨が浮くような体は若干厚みを帯び始め、頬はほんのりと桃色になっているので、きっと人体にとっておぞましい何かが起きているのだろう。喜ばしい成果だ。
だが、我はこの程度では満足しない。
人間への恨みを晴らすには、さらに多くの恐怖を与える必要がある。
「さぁ、聖女よ。我の前に屈すがいい! 貴様にとって“怖いもの”はなんぞ?」
「う……っ」
キィィンという耳障りな音が透明な波となり、聖女の胸に滑り込んでいく。
途端に聖女の虚ろだった瞳がぐらりと揺れた。
我の強力な自白魔法の前に、聖女は為すすべなく唇を動かして――。
「うう……駄目です、なんて業が深いのでしょう……。“昼間から飲むエール”、なんて……」
「エールとはなんだ?」
「人間を狂わす液体です」
「よし! 至急、エールを用意せよ!!」
***
翌日の昼、我は聖女の鼻の先に木製ジョッキを突き出した。
聖女の吐いた情報をもとに部下に造らせた、魔麦とホップンからできた飲み物である。本来、人間は時間をかけて「醸造」という作業をするらしいのだが、その辺りは魔法でちょちょいのちょいだ。
ジョッキの中で黄金色に輝くシュワシュワした液体――エールもどきを目にした聖女は、手で目元を覆いながら、絶望の声を漏らした。
「あぅぅ……なんて眩しい液体……ッ!」
「ふむ。人間の体にはエールが毒というわけか。昼間の太陽を反射させることで、視力を奪う効果もあるのかもしれん。いい発見だ」
「は……破滅の呪文は、“乾杯”……です」
自白魔法に蝕まれたままの聖女は、ぷるぷると震える手でジョッキを掴んだ。
どれ、魔王自ら引導を渡してやろうと、我も同じものが入ったジョッキを手に取り、高らかに叫んだ。
「恐れよ……! 乾杯ッ!」
「あぁ……あぁぁぁ……かんぱーーーーいっ!」
我に促されるようにして、聖女はエールもどきをあおった。
ゴクッゴクッと聖女の細い喉が恐ろしげな音を立て、エールもどきは瞬く間に彼女の胃へと流れ落ちていく。これが破滅に向かう人の姿なのかと、我は静かに固唾を吞んだ。
そして。
「はわぁ……“昼間のエール”……なんて怖いんでしょ~う♡」
(とろんとしている……⁉)
空になったジョッキを名残惜しそうに覗き込む聖女は、呂律が回らない舌を必死に動かしている。空色の瞳はうるうると潤み、頬は赤く、体はぽっぽっと熱を帯びている。「もういっぱいくだしゃい」などと、ふにゃふにゃとおかわりを所望しているので、どうやら中毒性も高いらしい。
(たった一杯で人格を変貌させてしまう液体! エール、お前はいったい何者なのだ⁉)
無意識に喉がゴクリと鳴り、我は興味のままにジョッキを大きく傾けた。
「むぐぐぐ……ぷはぁぁぁぁッ!!」
口の中で弾けるしゅわしゅわとした泡。ほのかな苦みと爽快なのどごし。
実に五臓六腑に沁み渡る!
我は一瞬で察した。
「聖女よ。今日はこれで勘弁してやろう。次の拷問では、さらに“怖いもの”の情報を引き出してやるからな! よし……もう一度破滅の呪文を唱えるぞ! せーのっ」
「かんぱぁぁぁい!」
2つのジョッキが真昼間から景気のいい音を立てた。
(この底知れぬ解放感……つい、解放しすぎそうで、たしかに怖い)
(3) 拷問3:1日中パジャマっこ
それからも、我による聖女への拷問は続いた。
自白魔法の前で、弱った聖女は無力。我はどんどん有用な情報を暴き、聖女の身で実験を繰り返した。
「貴様にとって“怖いもの”はなんだ?」
「ね……“眠ること”、です。パジャマで1日中ごろごろと寝たり起きたりすることを考えると、恐ろしくて震えが止まりません」
「いいだろう。飽くまで食らわせてやろう」
魔族は基本的に眠らない。魔力を体内に蓄えていれば、動き続けることができる。
我は理解が及ばないながらも、部下に人間のパジャマなる衣服を作らせた。
きっと死刑囚が唯一纏うことを許されるような、粗末で着心地の悪い服なのだろうと予想し、魔の国で最低とされるサララシルクの素材を使用させた。おぞましく感じるほどとろける肌触りだ。
ちなみに寝具も拷問用に新調させた。体が軟弱になってしまいかねないふかふかのベッドだ。
***
翌日の昼前に聖女の塔へと赴くと、奴には拷問の効果がしっかりと出ていた。
「むにゃむにゃ……体が動きません……まるで呪い……なんて、こわい……」
聖女は、夢の中で恐怖していた。
例のパジャマとベッドに包まれ、すぴよすぴよと寝息を立てている。
「なるほど。廃人を製造することができるわけか。これは使えそうだ」
我はベッドの淵にどすんと腰を下ろし、聖女を見下ろした。
艶やかになった金の髪が白いシーツに広がり、なんとも無防備極まりない印象を与えてくる。体は少し厚みが出て、顔色もすっかり人間らしい色になっているので、人間特効の拷問がいっそう効くようになったと見える。
「ふっ」
なぜだか、小さな笑いが漏れた。
宿敵であった聖女が取るに足らない存在であると分かったからか。それともこの幼子のように腑抜けた娘の無様な姿を嘲笑いたくなったからであろうか。
我は胸に湧いた感情の正体を察することができなかった。
(いかん。深く逡巡し出すと、なんだか瞼が重く……。どれ……我も人間の恐怖を体験してみるとしよう……)
我は寝具に体を横たえた。塔の小部屋のほとんどを占有する形になってしまっているが、特大のサイズにしておいてよかった。
おかげで、隣で拷問を受けている聖女をぷちっと潰す心配はなさそうだ。
(意識が沼の底に落ちていくような感覚……たしかに、こ……わ…………)
次に我が目覚めたのは、その日の夕方だった。時間が飛んだようで怖かった。
(4)最終拷問:永遠の〇〇
来る日も来る日も、我は聖女の拷問を続けた。
気が付けば拷問の執行場所は塔内にとどまらず、魔の国全土に広がっていた。
「“ロマンス小説”が怖いです」
聖職者である聖女にとって、それは禁書そのものだと言う。我は一から聖女に魔文字を教え、ロ魔ンス小説を読み上げさせた。
それは我にとっての拷問だった。この手の破廉恥な書籍は、他者に聞かせるものではなかった。
その後、図書館で頬を赤らめながら黙読をする聖女は、ページをめくる手が止まらなくて怖いと言っていた。
「“お外で買い食い”が怖いです」
我と聖女は城下に出掛け、気の向くままに食べ歩きをした。
かつて棒のような体をしていた聖女は、この時には自らの足でしっかりと歩き、手には与えたこずかいを大事そうに握りしめられていた。金の数え方は我が教えていた。
財布が寒くなるのにお腹がはちきれそうで怖いと、聖女は軽い足取りで終始きょろきょろとしていた。
「“観劇”が怖いです」
劇場を訪れたことがないと言う聖女を連れ、我は「オペラ座の魔人」を観賞した。
圧倒的な歌唱と物語にのまれそうになったのか、聖女は食い入るようにして舞台を見つめていた。
我はいつの間にかそんな聖女の横顔を睨んでいたらしく、気づいた彼女は、じっと見つめないでくださいと言い、体を小さくしていた。
我の魔眼は、彼女にとって怖いものなのだろう。
「“お花畑でピクニック”が怖いです」
我は離れた場所からの監視に徹する故、貴様一人でピクニックをせよと告げた。その方が、余計な恐怖が入り込まず、純粋な拷問結果が得られるはずであるから、と。
だが、聖女はなぜか我の同席を強く望んだ。
魔王様に教わったおかげで、上手にサンドウィッチを作ることができたのですと、聖女は恥ずかしそうにはにかむ。
サンドウィッチは好物である故、我は仕方なくそれを受け取った。
我のことが怖くないのかと問うと、聖女はちっぽけな白い花を摘み、我の雄々しいツノの上にちょこんと乗せた。
「怖くありません。ほら、こんなに可愛い」
にこりと柔らかく微笑む聖女の空色の瞳には、威厳をなくし、泣き出しそうになっている我の顔が映っていた。
楽しい時間がすぎていってしまうのが、怖い――我が思うと同時に、そう聖女が同じことを口にした。
***
「ごきげんよう、魔王さま」
今日も塔を訪れた我を聖女は笑顔で迎え入れる。
「どうぞ、自白魔法をおかけくださいませ」
「いいや。もう貴様は聖女の力を取り戻している。故に、我の魔法は貴様には効かぬ」
我が低い声で告げると、聖女の瞳が不安で揺れた。
「そんなはずはございません! 私は力のない偽聖女。だから追放されたのですっ」
「偽物などであるものか。貴様が忌々しいほどに優れた聖女であることは、魔王たる我が最もよく理解している」
我は彼女がここに来てから、ずっと『聖女』と呼び続けてきた。それは、偽物なわけがないという確信があったからだ。
愚かであるのはこのちっぽけな聖女ではなく、人間たちだ。
「少し、調べさせてもらったぞ。……人間たちは貴様に過酷な職務を強いていた。結界を維持させるため、ろくな休息を与えずに、ついには聖なる力が枯れるまで使い潰したのだ」
「……っ」
「娯楽を貪ることは悪だと教わったか? 聖女の職務に関わりのない、読み書きや数字、俗世の文化に興味を抱くなと言われたか? あるいはそれらに触れることで、罰を受けていたのではないか? だから貴様は、“怖いもの”を知るたびに、幸せそうに笑むのではないか?」
聖女は床に崩れ落ち、ぽろぽろと大粒の涙をこぼした。
「魔王さま……わたし……」
「自白魔法などなくとも、我は貴様が最も恐れるものを知っているのだ」
我は聖女のそばで片膝を突き、その小さな肩をそっと抱き寄せた。
「貴様にとって真に“怖いもの”は、“愛”だ。どうだ、愛を知らぬ小娘には恐ろしくてたまらぬだろう」
「魔王さま……。なんて怖いんでしょう。怖くて怖くて、涙が止まりません……っ」
聖女の手が、我の手に重ねられた。温かな手だった。
「覚悟せよ。我の“愛”に果てはない。そして、恐ろしく深く重いのだ」
人の国で奪われ続けてきた少女には、溺れるほどに与えてやらねばならぬ。
それが魔王の拷問だ。
【END】




