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7話 セイラン到着

 王都エメランを出発して5日目。一行は街道に出た。

 やはり整備された道は歩きやすい。景色も、森の中とは違い拓けている。遠くには小さな集落も見える。


「こう森の中ばかりいたから、家を見ると安心するね!」

 リオネアはようやく見えた文明に少し安堵する。


「そうねぇ~……それにしても……リオネアは元気よねぇ……」

 ミレイユはへばっていた。無理もない。彼女は魔導士だ。訓練課程も、騎士課程ほど体力に特化していない。先輩騎士ですら、疲れの色が見え始めている。


「農家育ちですから!体力には自信がありますっ!」

 リオネアは大きな胸を張った。


 ミレイユは、そのリオネアの無尽蔵とも思える体力に、尊敬すら覚えた。



 昼休憩を取り、再び一行は歩き出す。

 先ほど遠くに見えた集落が、段々と近づいていく。リオネアはワクワクした。


 しかし――。


「…………廃墟」


 家屋の反対側は焼け崩れ、その周りの家々も焦げており、とても人が住める状態ではなかった。


「それほど前ではなさそうだな」

 クラウゼンはそう呟いたが、歩みを止めるつもりはなさそうだ。


 一行はその家々を横目で眺めながら、先へと進んだ。



 さらに行くと、いくつかの小さな畑が見えてくる。

 その奥には、集落もあるようだ。人影も見える。

 リオネアは少し安心した。


 その集落を横切るように、一行は街道を進む。


「………ん?」


 リオネアは足元に転がってきた石に気が付く。

 その石の来た方向を見やると、何人かの住人が、石を持ってこちらに投げてきているではないか。


「え!?ちょっと!?あぶなっ!」

 リオネアは盾を構える。

 そして判断を仰ごうとクラウゼンを見やった。


 クラウゼンは、苦虫を嚙んだような表情を浮かべていた。


「構うな!各自防御しつつ進め!止まるな!」


 野党も防げねぇ無能の軍人どもが――

 助けてくれねぇなら税金返しやがれっ――


 そんな叫び声に似た怒声が、かすかに聞こえる。


「クラウゼン教官……これは……」

 盾の中から、リオネアはクラウゼンに訊いた。


「…………構うな」

 そう短く返される。


 一行は、そのまま集落を越えていった。



 そして6日目。ようやく一行は軍事都市セイランへと到着した。


「……ぅわあ!」

 昨日の事がまだ小さなしこりとして胸に残っていたリオネアだったが、そびえたつ圧巻の城壁に思わず感嘆の声が漏れた。


「すごいわねぇ~……これが軍事都市………」

 ミレイユも、そして他の学生たちも、みな同じように口を開けて呆けていた。


 クラウゼンは、城門の警備兵に入門許可をもらっているようだ。

「警備ご苦労。私は王都エメランの騎士学校教官、第二騎士団副団長ルルティア・フォン・クラウゼンだ。合同演習のためセイランに来た」


 ルルティア――その性格とは真逆の、なんだか可愛らしい名前に学生一同騒然となる。


 リオネアも、ミレイユにクスクスと笑いかける。


「やめときなよぉ~教官に聴こえるよぉ~」

「でも……ふふっ……ルルティア……ちっちゃい頃はきっと、ルルちゃんって呼ばれてたんだろうねー……」

「やめなってぇ~……ふふっ……」


「ルルティア教官。確認が取れました。中へどうぞ!」


「よし貴様ら。中へはい…………どうした?何か楽しい事でもあったか?」


「いえ……何でもありません!ルルティア教官!」

 門番がそう呼ぶものだから、リオネアは思わずクラウゼンを名前で呼んでしまった。

 あ、と口にしてしまったことに気が付いた時には、もう遅かった。


「そうか。どうやらまだ笑う元気があるようだな。それなら貴様らにもっと楽しい事を命じてやろう」

 クラウゼンは、にやりと口元を歪ませた。


「そのまま城壁外を駆け足一周!そのまま門をくぐり、湖畔の広場まで全力疾走!日没までに来なければ、今日も野営とする!それでは始め!」


 二度とクラウゼン教官の事を名前で呼ばない。一行はそう心に誓った――。



 なんとか夕方前に広場までたどり着いた。全員、もう指一本動かすのも辛い。


「よし。それではこれからの予定を説明する」

 クラウゼンは容赦なく今後を説明する。


 今日はこの後、軍部の宿泊棟に向かい各自滞在の準備を済ませる事。それ以外は棟内にて自由行動。

 そして明日は朝からセイラン内の視察。午後からは自由行動。

 合同演習は明後日からのようだ。


「それでは宿泊棟に向かう。立て!」

 一行は、ヨボヨボの老人のような足取りで、クラウゼンについて行った。



 宿泊棟は10人ほどが入れる部屋がいくつもあった。男女で分かれたため、その大部屋をリオネアとミレイユが使うこととなった。


「ル……クラウゼン教官は同じ部屋じゃないんだね」


 一瞬ルルティアの名を言いかけたリオネアに、ミレイユは少し呆れた。


「……そうねぇ。だって第二騎士団副団長ですもの~個室とかあってもおかしくはないわよ~」


「だよねー!いやぁぁそれにしても疲れましたなー……お風呂行っちゃう?」

 6日間、体も満足に拭けていない。それに最後の疾走でもう汗がすごい事になっていた。


「そうだね~お風呂いこっか~」


 リオネアとミレイユは風呂に行くことにした。



 風呂は偉大だ。あんなにも疲れていた体が、まるで溶けていくように回復していく。

 それにここの湯の色は、少し独特だった。匂いも、かすかだが違う。


「セイランから~アルデハルン、そして私の故郷のメイナまではぁ、温泉が湧くんだよ~」


「あ、じゃあこれが温泉……私初めて入った!」


「いいよねぇ温泉~」


 二人はゆっくりと温泉に浸る。


「そういえば、ミレイユも結構体力あるよね?鍛えてたの?」

 騎士のそれには劣るが、他の魔導士よりはあまり疲れが見えなかった。


「ギルドで採集ばかりやってて~歩くのは慣れてるんだよ~」

 確かに、そんなことを以前言っていた。


「でもそんな細い脚でよく歩けたものだ!わたしなんてほら……」

 リオネアは、ミレイユの倍はありそうなたくましい太腿をミレイユに見せる。


「羨ましいなぁ細い脚。わたしなんていくら動いても痩せなくって……」


 それは食べすぎているからでは――とミレイユは言いかけてやめる。


「別にリオネアはぁ、太ってる訳じゃないでしょ~。腰回りだってぇ、ちゃんとくびれてるし~」


 ツン、とミレイユはリオネアの腹をつつく。柔らかい皮膚の奥にある鋼鉄のように硬い筋肉に驚いた。

 どうりで、道中、2人分の荷物と男性を一人抱えて野道を歩けていたわけだ。


 二人は、風呂から上がってそのまま食事も済ませた。


 部屋に戻るため廊下を歩いていると、随分と荒げた声が聴こえた。

 その声は、指揮官室からだった。


「……ですからっ!!それでは約束と違うっ!」

 声の主は、クラウゼンのようだ。


「何度も申し上げますがっ!私は前線に戻りたいのですっ!だからこそ騎士学校の教官を引き受けた!第二騎士団の副団長はもう後任がいるなんて聞いていないっ!」


「落ち着き給えルルティア。教官も立派な職務ではないか。それに君はもう若くない。全盛期ほどの力はないだろう?」


「私は衰えてなどおりません!それに教官の任期は元々5年だったはず。それをこの歳まで先延ばしたのはそちらでしょう!」


「ふむ…………言いたくはないがな、ルルティア。18年前の君の失態は、未だに拭えんのだよ」


「…………っ!それについては何度も弁明したはずです!あそこで戦わなければ、村は消えていた!」


「それで結果はどうだ。結局村はおろか、近隣の街まで失ったではないか。未だにあそこは自治区で、我が国の手が及ばん。これがどういう意味か分からない君ではなかろう」


「それは……もう18年も前の事でしょう!他の指揮官だって、ここまで長く処分を喰らった者はいない!」


「処分……か。君は騎士学校の教官という職種を誇りに感じていないようだな」


「そうは言っていません!話が違うと申しているのです!」


「……話にならんな。ルルティアよ。いまお前が感情的になっているそれが、復帰を遠ざけているとなぜ分からん」


「………………それは、どういう意味ですか?」


「言ってやらんとわからんか…………なら、あえて言おう。君はただ、復讐をしたいだけだ。我々にな。間違いを認めさせたい。そんなよこしまな感情だ。そしてそれは、君が女であるから、という見方をする者もいる。私はそうは思わんが、君と話していると、肯定せざるを得ないだろう」


「………………っ」


 クラウゼンは扉を勢いよく開け、廊下を早歩きで帰っていった。


 大変なことを聞いてしまった――。

 二人は扉の裏で、クラウゼンの背中が見えなくなるまで膠着した。

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