6話 森の中の行軍演習
あっという間に、騎士学校生活も3か月が過ぎた。
「ふんふん~♪明日楽しみだねーミレイユ!」
リオネアは鼻歌を歌いながら荷物をまとめていた。
「そうねぇ~私は少し不安かな~」
ミレイユもまた、ベッドに所持品を広げて選定している。
明日から1か月間、軍事都市セイランで合同演習が開催される。ここ王都エメランからは、森の街ヘイムを経由していくが、徒歩での移動のためヘイムを挟み6泊を野営してセイランを目指す行程だ。
「そう?私はピクニックみたいで楽しみだけど?」
若いって良いなぁ――と、ミレイユはふと思った。
翌朝――。
「全員いるな!それではセイランへ向けて出発するっ!」
威勢の良いクラウゼンを先頭に、先輩騎士学生3人、魔道士2人を含む13名が一列になり出発した。
一行はまずヘイムを目指す。森の街というだけあり、森林資源が豊かな、静かな街らしい。街道を使えば徒歩でも一日でいけない距離でもないが、一行は街道を使わず、3日かけて国境となっている川沿いの森を進む。つまり、野営演習も含んでいた。
「魔物とか、出るのかな?」
リオネアは、辺りの森を注意深く見る。
「さすがに~エメラニア王国内は出ないんじゃいかなぁ~……」
「ああ、特にイデアスからエメラン、そしてセイランまでの北方ラインは良く対策されている。しかし油断はするな。あくまでほとんど出ない、というだけだ」
クラウゼンがそう忠告する。
「す、すみません!クラウゼン教官!」
先輩魔導士がクラウゼンに駆け寄る。
「なんだ、騒々しい」
「パトリチェフが……腹が痛くて動けないそうで……」
彼が指さすところに、うずくまり脂汗を流す魔導士学生パトリチェフがいた。
「……ったくこれだから魔法使いは。捨て置け!それが嫌なら意地でも歩けと伝えろ!」
リオネアは、そのクラウゼンの言葉に反射的に反論した。
「教官!病人なんですよ!そんな捨て置けだなんて!」
「もうじき日が暮れる。野営予定地まであと数キロだ。これくらい歩けなくてどうする!?」
「でもっ!」
「我々は兵だ!戦えないものは不要だ!負傷した兵を庇って貴様も死んだら兵力はどうなる!?国はそれで守れるのか!?」
「それはっ……いや、それでも私は庇って戦います!」
「ほほう?わかった。なら、あいつの面倒は貴様が看ろ。遅れは許さんぞ」
リオネアは最後方に下がり、パトリチェフの様子を見る。
「……大丈夫ですか?」
「ありがとう……実は昨日から体調が良くなくてね……ごめんよ……」
そんなやり取りを、クラウゼンは冷ややかな目で見、そして再び歩き始めた。
リオネアは、彼の荷物を背負いながら、肩も貸した。
魔道士の荷物は騎士よりも軽いとはいえ、それでも一団の食料中心に積まれたリュックはかなり重たい。
他の誰も、助けてはくれない。いや、他の誰にも、そんな体力の余裕はなかった。
リオネアは、息を切らしながら、半ばパトリチェフを引きずって、1日目の野営地へ辿り着いた。
ミレイユは、リオネアにかける言葉が見つからず、そのままこれといった会話をすることなく寝床に入っていった。
翌朝。起きてすぐ顔を拭い、一行は携帯食を食べる。
明らかに足りないそれに、リオネアはため息をこぼした。
「…………食べて?」
ミレイユは、そっと携帯食を半分、リオネアに渡す。
「え、でも……それじゃミレイユが餓死しちゃうよ……」
「そんな簡単にしないよぉ……これは私のお詫び。私にはなにも出来ないから……」
リオネアは小さく感謝を伝え、そっと受け取った。
この日も、パトリチェフを担いで獣道を歩く。
「少し遅れているな……ペースを上げる!」
一行から苦し気なため息が漏れ出る。
そして再び野営。
昨日よりも全員の口数が減り、ほとんど無言で設営、食事、就寝となった。
昨日と同じ朝。同じ食事。同じような道をただ進む。
体力中心に鍛えられた騎士でさえ、その歩みは重くなっていた。
リオネアも、いまだ症状の変わらないパトリチェフを引きずっての行進。体が悲鳴を上げている。
しかしそれでも、心だけは音を上げず、喰らいついていた。
リオネアは、悔しかったのだ。クラウゼンの、人を駒としているその態度が。
一行はようやく、森の街ヘイムへ辿り着いた。
クラウゼンは、到着と同時にパトリチェフの元へ向かった。
パトリチェフは、リオネアの肩から降ろされ、息を荒くしてへたり込んでいた。
クラウゼンは優しい声で、彼に耳元でこう訊いた。
「貴様のせいで、リオネアは体力を奪われた。戦場なら二人とも死んでいただろうな?最後に貴様に選択肢をやる。このままリオネアに甘えるか、ここで引き返し故郷に帰るか。さあどうする?」
それは、とても冷たく、抉るような言葉だった。
そしてそれは、リオネアにもかすかに聞こえていた。
リオネアは反論したかったが、あまりの冷めたクラウゼンの視線に、声を出せなかった。
そして――
「……………戻ります……すみませんでした……」
パトリチェフは、涙を流しながら魔導士を断念した。
「……………………っ!」
リオネアは、悔しさで一杯だった。
力いっぱい握った拳から、汗が垂れる。
クラウゼンは立ち上がり、リオネアの横を通り過ぎる。
何か声をかけられるかと思ったが、そのまま、横目で見やっただけだった。
「今日は街の外れで野営する。1時間の休憩後、出立とする!」
いつもの威勢のいい声で、一行はそう指示された。
折角の街での食事だったが、リオネアは悔しさで食事どころではなかった。
空っぽのはずの胃からこみ上げてくるような、怒り、悔しさ――。
それは、その日いっぱい続いた。
そして街の外れで野営。
「リオネア……本当にぃ、大丈夫?」
ミレイユが、何度も心配そうに声をかける。
「うん…………」
リオネアとミレイユが焚火を囲みながら食事中、クラウゼンがやってきた。
「…………一緒してもいいか?」
ミレイユはとても驚いたが、きっとリオネアに話があるのだろうと気遣って、テントに戻った。
リオネアは黙りこくっている。
「………憎いか。私が」
リオネアは首を振る。しかし、正直なところ分からなかった。
「……私も、戦場なら同じ判断をするかもしれない。特に、親しい相手ならな。しかし覚えておいてくれ。軍人とは、個を守る存在ではない。全を守る存在だ。目の前のことに振り回されるな。いいな」
「……私は、自分のしたことを間違いだとは思いたくありません」
リオネアは、焚火を見つめながらそう言った。
「……そうか。しかしその優しさは、戦場では弱さとなって帰ってくる。お前は強い。強くなれる存在だ。しかしその強さに甘えるな。もっと考えろ。なにが最適かを。でなければ……」
クラウゼンは、持っていたコーヒーを啜る。
「でなければ、失う」
リオネアは黙る。クラウゼンが何を伝えたいかも、自分が何を考えているのかも、よくわからないまま焚火は消えていった。
翌日――。
リオネアは朝食に、パトリチェフがおいていった彼の分の食料を全て平らげることにした。
「教官は良いって言ってたけどぉ……本当に全部食べるのぉ?」
「うん。食べる。なんかウジウジ考えるの疲れちゃった。だから、食べてリセットする!」
リオネアは食べた。とにかく食べた。そして、リセットした。
「ん~やっぱりお腹が空くとダメだね!ミレイユも心配かけてゴメンね!」
「ううん!大丈夫だよぉ!リオネアが元気ならそれでぇ!」
そんな光景を、クラウゼンは目を細めて眺めていた。
「さ、行きも残り半分だ!貴様ら気合入れろよ!」
いつものクラウゼンの威勢で、一行はセイランを目指した。




