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32話 勇者凱旋

 ――…………はぁぁぁ。

 息の詰まるようなリオネア達の戦いに、忘れていた息を一気に吐き出す。

 勝った。リオネア達が。ネルグサリアに。

 世界均衡値も0に戻った。

 全てが、報われた気分だった。


 ――よくやった……本当に……。



 *



 リオネアは、その後の事をよく覚えていなかった。

 気が付けば、王都エメラン行の馬車に揺られていた。


「相変わらず、ボーっとしてるな」

 窓の外を眺めるカイルが、リオネアをちらりと見てはそう呟く。


「そうですね~……あ、それよりも、脚痛みませんかぁ~?ローエンさん………」

 ローエンはネルグサリアとの戦闘で左脚の膝から下を失った。

 今は、ハルゼンの職人に作ってもらった鉄製の義足が代わりについている。


「大丈夫だ。痛むときはヒールで抑えられる」

「便利だな」

「ははは……」


 リオネアは再び窓の外に視線を戻す。

 まだ、気持ちが整理できていなかった。

 ネルグサリアの最期の言葉が、べっとりと胸にまとわりついて離れない。


 結局、力づくで奪い返した平和――。


 人間のせいで、平和を奪われた魔族――


 人間の平和のために、死んでいった人間―。


 正しさとは何なのだろうか?

 誰が正しくて、何が正しいのだろうか?


 神は魔王を倒せと仰った。


 でも、倒された魔物の平和は?

 森を失った鳥や虫たちの平和は?


 わからない。同列に扱っていいものなのかも。



 ***



 馬車は森の街ヘイムにたどり着いた。

 何やら物々しい人だかりが出来ている。

 兵団とそれを囲む民衆のようだ。


「失礼します!リオネア様一行ですね?」

 兵士の一人が話しかけてくる。どうやらエメラニア王国の騎士団のようだ。

「そうですがぁ………」

「我々は国王より、あなた方を王都まで護衛をするよう指示されています。馬車の用意がございますので、そちらへ」

 兵士の指すほうを見やると、王族が使うような立派な馬車が停まっている。

「凄い立派………」

 リオネアは開いた口から思わず感想が漏れ出た。


「勇者一行、出発する!」

 乗り継いだ一行は、大勢のやじ馬を掻き分け出発する。

 その兵士の声に、勇者だってよ、勇者ってなんだ?と戸惑いの声が上がっていた。

 勇者――その言葉にリオネアは顔を伏せる。

 果たして本当に自分は勇者なのだろうか、と。


 馬車の乗り心地は、今までと比べ物にならないほど快適だった。

 そのおかげもあり、あっという間に王都エメランへと着く。


 馬車は、吸い込まれるようにエメラニア城へと入っていった。


「到着いたしました。そのまま中へどうぞ。国王がお待ちです」

 言われるがまま馬車を降りる。

 戸惑いながらリオネアはローエンを見やったが、ローエンもわからないようだ。


 城に入ってすぐ、見慣れた顔が腕を組んでいた。

「おお!嬢ちゃんたち!!やってくれたな!!!」

 ギルドマスターだった。

「しっかしよく無事だっ…………あー………すまん」

「気にしないでください。名誉の負傷です」

「そうだな!魔王をやっつけたんだ!脚一本安いもんだな!!ははは!」

 バシバシとローエンの背中を力強く叩く。

「それで、国王にはなにを?」

「ああ、そうだった!お前らには魔王討伐の報告をしてもらう。俺も同行してな。なに、魔王の脅威はお前の報告書と諸外国の近況で大方伝わってる。正直にあったことを話せばいいさ!」


 そして身支度をする間もなく、王座へと案内される。

 片膝をつき待っていると、しばらくして国王が登場する。


「よくぞ参った。まずは感謝を。正式な勲章は後日授与する。それで、リュナでの魔王討伐について、詳細の報告を」


 はっ、とローエンが返事をし、頭を下げたまま要点を報告する。

 その手慣れた所作、話し方にリオネアは単純に感心した。


「なるほど。では残党もほぼないと」

「はい。しかし大陸北部では、かのような魔族がいるとわかった以上、警戒は必要かと」

「うむ。騎士団にも報告してやってくれ。……最後に、長であるリオネア・アルヴェリアに問う」

 突然名前を呼ばれ、びくっと肩をはねさせる。

「今後もこのエメラニア王国に仕えてくれるか?」

 その言葉に若干の違和感を感じたが、リオネアは短く、はいと答えた。



 ***



 叙勲式までの数日間、王城で過ごすこととなった。

 そこでの生活はなにをとっても贅沢で、そして堅苦しかった。


「どっか行きたい……」

「そうねぇ~……でも今出たら、大変よきっと」


 昨日、国全体に魔王討伐の報が発表された。

 城にも、その勇者を一目見ようとやじ馬が絶えない。


「そうだよね……はぁ~……」

 そんな中、コンコンコン、とリオネア達の部屋へ来客を告げる。


「失礼します。私は教会で大司教を務めています、アルミスと申します」

 少し歳を召した細身の男性が、長々と労いと感謝を述べる。


「………と、これもきっと神のお導きなのでしょう」

 ほとんど聞いていなかったリオネアは、ははは、と愛想笑いを浮かべる。

「そ、そうですね……私も神様にそうしろと言われたので……」

 アルミスは、大きく目を見開く。

「なんと!まさか神の御啓示があったと!」

「ええ、まぁ……」


 その言葉を聞き、後ろに控えていた他の司教と耳打ちを始める。

 そして、その一行はリオネアに跪いた。


「……これは失礼しました。まさかリオネア様が、神によって遣わされし方だったとはつゆ知らず」

「は、はぁ……」

「今後も神の名のもと、是非とも我々をお導き下さいませ……」

 アルミス一行は、そう言い残して立ち去っていった。


「………やっぱりあの時、教会に言わなくてよかった」

 神託の事を告白していたら、今までみたいに自由には動けなかっただろう。

 リオネアは過去の自分の判断に安堵した。



 ***



 そして叙勲式当日。

 華やかに飾られた城内で、重々しくリオネア達はそれぞれ叙勲された。

 先日よりも長いアルミスの祝辞を、立ったまま聞き流すのは薬草を一日かけて集めるよりも大変だった。


「……してなにより、リオネア・アルヴェリア様は、御神より遣われし方。我ら人間を救うべくその力を与えられたものとして、ここにあるのです!そしてこのエメラニア王国は――」

 アルミスのその言葉に、リオネアは既知の違和感を感じる。


 今後もこのエメラニア王国に仕えてくれるか?――。


 エメラニア王国『を』、救うために魔王を倒したのだったか。

 人間『を』、救おうと旅立ったのだったか。


 確かに救った。エメラニア王国を。人間を。

 しかし、奪ったものの大きさもまた、背中にのしかかっている。

 彼らも、奪われまいと必死だったのだ。


 再びリオネアの頭は、ぐるぐると同じところを回り始める。

 答えの出ない問い。始まりが分からなくなるほど迷い込んでいく。


「それでは、叙勲式を終了いたします」


 その声にリオネアは顔を上げる。

 勇者一行は、促されるまま凱旋パレードの準備に入っていった。



 ***



 パレードは、大歓声の中行われた。

 景気よく空砲が鳴り響き、エメランの大通りを騎士団先導でゆっくりと歩く。

 ちらほらと、お世話になった人たちの顔も見える。

「お姉ちゃん!!!」

「トッド!?」

 リオネアの弟、トッドが大手を振るっている。

 その後ろには父と母の姿も。

「トッド……大きくなったねぇ~!」

「えへへ、最近はお父さんと剣の稽古もしてるんだよ!」

 ほら、とトッドは手に出来たマメを見せる。

「ほうほう!これは強い剣士になれそうですな!」

「リオネア……ちゃんと食べてるみたいだね!」

「お母さんも、元気そうだね!」

 満面の笑みでリオネアを見る二人だったが、父だけは複雑な顔を浮かべていた。

「………リオネア」

 あはは、と笑っていたリオネアも、その父の表情には優しい笑顔で返した。

「大丈夫だよ」

 リオネアの言葉に、父も安堵の笑顔を見せた。


 リオネアは駆け足で列に戻った。

「ご家族~?」

「そ。弟のトッドと、お父さんにお母さん!」

 リオネアは満面の笑みで返した。


 ふと見上げると、とても澄んだ青空だった。

 紙吹雪が声援に混ざって空を舞う。


 ああ、守りたかったのはこれだったんだ――。


 それは、故郷を出てから変わりないものだった。

 それに今、気が付いた。


 リオネアは、歓声の中大きく伸びをした。

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