28話 倒すべき相手
陽が、山の向こう側へとゆっくり落ちていく。
ローエンとカイルは、ただ黙々と薪になりそうな木材を探す。
ミレイユは、腰を掛けられるものを周辺から拾い上げていく。
リオネアは、無言でそれに座る。
守ってやれなくて、すまん――
あの魔族は確かにそう言った。
人間ごときが、奪っていいはずなど――
その言葉は、リオネアの心臓をぎゅうと締め付ける。
まるで呪いのように。
「呪い…………」
それは、命を奪ったものの宿命なのかもしれない。
しかし、仕方がなかった。
殺さなければ、殺されていた。
自分は、命を守っただけだ。
先に住処を荒らしたのは人間だろう?――ゲルグが、脳裏で語り掛ける。
だとしても、人間の村を襲う理由になんかならない。
こんなに大勢殺しておいて。
でもゲルグ達を自分たちは殺した。
それは、殺さないと、殺されるから。仲間が。人間が。
守りたいから、殺した。
守ってやれなくて、すまん――
先に住処を荒らしたのは人間だろう?――
違う。
違う。
違う――。
それはこっちのセリフだ。
守りたいのも、住処を荒らされているのも。
そうでないと――
リオネアは、小さく膝を抱え込んだ。
焚火が、辺りを小さく照らす。
まるで世界がこの一帯だけになったかのように、灯りの外は闇の中だった。
「………………ローエンさん」
リオネアが、抱える膝の中から小さく声を出す。
「……………これは、正しい事なんですよね?」
「…………ああ」
「…………じゃあ、魔族が……間違っていたんですか?」
「っ…………………ああ」
ローエンは、疲れたように肩を深く落とす。
「じゃあなんで…………こんなに罪悪感があるんでしょうね………」
リオネアから、ぽとりと涙がこぼれ落ちる。
「……………そうだな」
ローエン含め、全員がリオネアの顔を見れずにいた。
***
ハルゼンの中心街に戻り、領主に魔物討伐の報告を済ませた。
街は恐怖の喧騒から、安堵のため息へと変わった。
港にごった返していた人々は、徐々に家へと戻っていく。
「ひとまずこれで安心だ。……ありがとう。冒険者。本当に……」
感謝の言葉は、塞ぎこんでいるリオネアを少しだけ慰める。
「リュナは壊滅したと聞く。未だ魔物に占領されているとか。私も覚悟していたが……本当にどう礼を告げていいものか……」
「リュナ……?その話、詳しく教えてください」
リオネアは、視線を上げて訊く。
「え?ああ……ここから北東の、大陸の端にリュナという街があったんだが、一カ月ほど前に大勢の魔族によって占領された、と。元々魔獣の多い地域だから、城壁なんかもしっかりした街だったんだがね……」
「魔族……魔獣ではなく、ですか?」
ローエンが落ち着いた声で訊く。
「ああ。魔族と聞いてる……なんでも、ネル……グ……なんとかと呼ばれていたとか」
「ネルグサリア……」
「そうそう、そんな名前だ。他にも大小さまざまな魔族がいるらしいが……そんなのが攻めてきたら、この街はおろかエメラニア王国だって滅んでしまうだろうな……」
「………どうする?リオネア」
「…………………」
「………とりあえず、しばらくここに滞在しても構わないですか?」
「ああ。それはもちろん。来賓室に案内させる。せめてもの礼だ。この上なくもてなそう」
***
「リュナに行くとして、倒せるのか?」
カイルは、武器の手入れをしながらローエンに尋ねる。
「敵の情報が少ないから、行ってみないことには……」
「まとまっているなら~……私の魔法でなんとか……」
「そうだな。それも考えておく」
話は、リュナへ――魔王ネルグサリアを倒す方向で進み始めていた。
「…………待って。…………倒しに行くの?」
大きなソファの端に小さく座るリオネアが、そう全員に問う。
それにはローエンが答えた。
「……決めるのはリオネアだ。どうしたい?」
その声はとても優しく、父親のようだった。
「……わからない」
「まだ引きずってんのか。お前」
「だって!………魔族だって仲間を……」
はぁ、とカイルはため息をつく。
「そうかもな。それでも戦わないといけない。でないと殺される」
ミレイユも言葉を紡ぐ。
「軍事演習で戦争の模擬戦をした時、私、改めて感じたの……人間同士だって殺し合う……」
そしてローエン。
「そうだ。お互い大切なものの為に命を懸けてる。だから、奪われないために戦う。相手が魔族だろうと、人間だろうと」
「でもそれが正しいってなんで言えるの?だって奪われない為に奪うんだよ?奪われたほうはどうなるの?」
奪われたほう――その言葉にカイルが反応する。
「……俺は一度全て奪われかけた。父が……商人仲間に騙されてな。ローエンも……。奪われる気持ちはわかるつもりだ」
「じゃあなんで!?」
「もう奪われないためだ。弱いから奪われる。それは動物だってそうだろ。弱い奴から死ぬ」
「それじゃあ!その騙した商人を許せるの?正しかったって言えるの!?」
「言えるはずないだろう!!でもだからどうした!?正しいかじゃない!!生きられるかだ!!じゃあお前、死ねるのか!?相手が正しいからって死ねるか!?」
「そっ、それはっ!!」
「リオネア……確かに奪われるのは辛いよ……。リオネアは優しいから、辛さがわかっちゃうから辛いんだよね……。でも、私たちは生きていかなくちゃならない。だから私は、せめて、目の前の奪われた人達を救いたいって思う……。リオネアの目指した勇者って、そういう事じゃなかった?」
確かにそうだ。だから騎士学校を辞めて冒険者になった。しかし、ミレイユのその言葉もまた、リオネアは呑み込めずにいた。
魔族は、倒すべき相手なのか?――。
リオネアだけが、答えを出せずにいた。




