23話 魔王ネルグサリア
リオネアとローエンは、辺りの情報収集を始めた。
クラウゼン曰く、追い返したのは魔族一人だけ。3mを越える巨体で、人間のように四肢があり、言葉を話したらしい。頭には渦を巻いた角。武器は持っておらず魔法攻撃が主のようだが、腕力でも人間では敵わなかったらしい。
「勝てますかね……5人で」
足跡をたどりながら、リオネアはそう不安げに問う。
「分からない……しかし、戦うと決めた以上は、勝つつもりだ」
ローエンは、拳を強く握ってそう答えた。
魔族のものと思われる足跡は、森の奥へと続いていく。
そして川に行きあたる。
「……どうやら川は越えていないようだな」
川に沿うように足跡は続いていく。
そして、河川敷で野営の痕跡を見つける。
「なるほど……どうやらここで一度休んでいるな……」
ローエンは、炭になった木をつまみ上げる。焚火の跡だ。
「よし、一度戻ろう。リオネア。この場所を覚えていて欲しい」
「わかりました!」
二人は、ライラ村に戻った。
そして翌日。
クラウゼンの怪我も大方回復し、出発の準備が整う。
「昨日見た感じだと、近くにはもういないようだが、油断も無理もするな」
「はっ!」
威勢よく、クラウゼンが敬礼する。
「ルルティア……ここは騎士団じゃないから、もっと普通にしてていいぞ」
「はっ!」
クラウゼンの長年の習慣は、そう簡単には抜けなかった。
一行は森の中へ入っていく。まずは昨日見つけた野営場へ向かう。
「時にリオネア。君が前に言っていた、勇者とはなんだ?」
「私……実は神様から、勇者として魔王を倒すように神託を受けちゃってるんです……」
「なっ!神託だと……!?確かなのか?」
「はい……騎士学校に入学する前に……」
そんな、とクラウゼンは頭を押さえる。
「なぜそんな大切なことを……誰かに報告はしているのか?教会は?」
「いえ、ここにいる仲間しか……」
「……………はぁ、君はまったく」
クラウゼンは大きくため息をついた。
「それは国家レベルの話だ……今まで私も数人、勇者を担当してきた。……虚偽だったがな。そう言えば、特別待遇で教育を受けられるからな。しかしそういう奴は大体すぐに音を上げて辞めていく」
「勇者の待遇ってぇ、どんな感じなんですか~?」
ミレイユも気になって質問する。
「まずは騎士団長の位は約束される。そして、国防において発言する権限が与えられるそうだ。神から任を賜ってるんだ、当然だな」
「……それって、結局は目の前の人は助けられないって事ですよね?」
リオネアが、真剣なまなざしでクラウゼンを見やる。
ローエンは先頭を歩きながら、その会話に耳を傾けていた。
「…………そういう場合もある。しかし騎士団も……ないがしろにしているわけではない。特に勇者騎士団は、独断での行動を許されている。いち騎士団員や団長よりは、遥かに自由が利くだろう」
「うーん………ローエンさんはどう思います?」
「ん?そうだな……勇者騎士団とはいえ、結局はエメラニア王国の所属だ。今回のような近隣諸国なら介入するだろうが、遠方の……例えばドレガルド王国なんかには、まず助けに行けないだろうな」
「そっか……じゃ、やっぱり冒険者の方がいいですね!」
あっはっは――と突然クラウゼンが笑いだす。
その笑い声に、不思議そうに見やるリオネアとミレイユ。
「あ、いやすまない……なんだか、若いころのローエン隊長みたいで、つい……」
「……そうなのか?」
今度はカイルが訊いてくる。
「ああ。ローエン隊長は、国の事なんかよりも民を重視するお人だった。私もそんな姿勢に憧れたものだよ」
「昔の話はよしてくれ、ルルティア……」
ローエンは、恥ずかしそうに頬を掻く。
「……だからかもな。君にも惹かれるのは……」
「え?何か言いましたか?」
「いや、なにも」
ん?と、リオネアは小さく笑みをこぼすクラウゼンを不思議そうに見つめた。
そして、昨日見つけた野営場にたどり着く。
「ここに、魔族が……」
カイルは、辺りを見回す。
「拓けている……遠距離で攻撃できる証拠だ」
「相手は魔族だ。きっと敵の察知能力も高いんだろう」
「ああ、奴は魔法を放つ。高火力のな。……それに、どうやらここには数日いたようだ」
クラウゼンは、魔族のものらしき排泄物を見つける。
「乾き具合と匂いから……2日程いたようだな」
「どうしましょうか、ローエンさん」
「そうだな……どちらにしてもここでの野営は危険だ。もう少し痕跡を辿って、そこで野営しよう」
一行は先へ進んだ。
そして3日目の昼過ぎ。
「おい、見てくれ!」
クラウゼンが声を上げた。
「糞だ……まだ新しい……」
「本当ですね……」
クラウゼンとリオネアは、まじまじとその排泄物を観察する。
「よくそんな近くで見れるね~……」
「……そうだな」
ミレイユとカイルは、遠目で二人を見守った。
すると、遠くから大きな物音が聴こえ、鳥たちが空へ飛んで行った。
「二時の方向だな。戦闘準備。向かうぞ」
ローエンは、声を低くしてそう指示を出した。
物音を立てずに、ゆっくりと先ほどの場所へと近づく。
「見えるか、カイル」
「いや」
さらに進んでいく。
そして、木が何本もなぎ倒された場所にたどり着いた。
「誰もいな……」
「!?……伏せろ!!」
ローエンが大声を上げる。
一行が地面に伏せた瞬間、頭上を大きな火魔法がかすめていく。
「立って俺の後ろに集まれ!」
ローエンは大盾を構える。
「お前が、魔族だな……?」
茶色い毛を纏った巨体、人間のような顔立ちに渦を巻いた角――間違いなく魔族だった。
「魔族……まるで動物みたいに呼んでくれるじゃないか!」
その魔族は、言葉を発した。
「ほう?後ろの人間は、会ったことがあるな」
「……今度こそ貴様を殺しに来たぞ、魔族!」
クラウゼンは、力強く剣を握り直す。
「おうおう怖い怖い!二度目の邂逅だ。我も名乗っておこうか。人間はそうするものなのだろう?」
魔族は、一呼吸おいて、大きな声で名乗りを上げた。
「我こそは魔王、ネルグサリア!強大な力の象徴である!」
凄い威圧感。名乗っただけなのに足が震える。
しかしその中、リオネアが一歩前へ出る。
「おい、リオネア……」
「私は、リオネア・アルヴェリア!!あなたを倒して人々を守る勇者ですっ!」
そのリオネアの背中に、皆がぐっと気合を入れる。
「よしっ!行くぞお前ら!!」
ローエンが大盾をガンガンと鳴らし、魔王ネルグサリアに突っ込んでいった。
ミレイユは頭を狙ってファイアボールを放つ。
カイルは、側面に回り込み、足元に矢を放っていく。
ローエンが大盾でネルグサリアを押したところに、左右からリオネアとクラウゼンは連携を取って斬撃を食らわせた。
しかし、ネルグサリアの腕のひと払いで、リオネア、クラウゼン、ローエンは吹き飛ばされる。
「大丈夫ですかっ!」
ミレイユが、後方から3人に声をかける。
「大丈夫だ!俺は自分で回復できる!他の二人を気にしてやってくれ!」
リオネアも、クラウゼンも、上手く着地しダメージはないようだ。
「しかし参ったな。全く動きを止められん……」
「相手は非常に硬い。私よりもリオネアを突破口にっ」
クラウゼンはそう提案する。
「わかった。リオネア、行けるか?」
「はいっ!」
ローエンとクラウゼンは縦列でネルグサリアに突っ込む。
そして、左右に分かれ、ローエンは大盾で威嚇する。
「ほら、こっちだぞ化け物!」
剣を大盾に滑らせ、ネルグサリアの右腕を突こうと試みる。
その間に左に回るクラウゼンが、素早さを活かして足元に何度も斬撃を加える。
「ちょこまかと!無駄だと何故分からん!」
ネルグサリアは、ローエンを腕で捉え、そのままクラウゼンへと振り払った。
「ぐっ……リオネア!!」
「はあぁぁぁああああっ!」
そこにリオネアが突進。大きく飛び込み、ネルグサリアの振り払った右腕の肩から深く切りつける。
「ぐぅっ…………はっははは!その程度の斬撃!」
リオネアは再び振り払いに来た右腕に捉えられ、吹き飛ぶ。
しかし、その間にその傷口へと弓矢が何発も連射され、刺さる。
そこに向かって、特大のファイアボールが飛んで行った。
「な、にっ………」
大きな爆発音とともに、ネルグサリアの上半身は煙に包まれた。
「やったか?」
カイルがそう前のめりになる。
「いや…………」
クラウゼンが立ち上がりながらつぶやく。
「はははは………なかなかの攻撃だな。さすが勇者、といったところか?」
煙が晴れ、ネルグサリアは姿を現した。
「な……そんな……」
ミレイユは、一歩下がる。
ネルグサリアは、右肩を失いながらも、平然と立っていた。
ぶらりと垂れ下がった右腕を、邪魔くさそうに引きちぎる。
「腕を失ったのは、50年ぶりだな」
右腕を全くかまう様子を見せず、ネルグサリアは、魔法を放った。
それは、ミレイユに飛んで行く。
ミレイユは即座に防御魔法を展開する。しかし、全く力が及ばない。一時は耐えた防御魔法は無惨に砕け散った。
「きゃああっ!」
ミレイユは吹き飛ばされ、木に激突する。チリチリと青く服を燃やしながら、ミレイユは気絶した。
「ミレイユ!!」
リオネアは駆けつけ、火を払って介抱する。
「魔法っていうのはな、こう放つんだよ。分かったか人間」
そしてネルグサリアは、念ずるように俯くと、左手に剣のような形の黒い影が生まれていく。
「そして剣は、こうやって振るものだ!」
ローエンに向かって、その剣を振り下ろす。
「ぐっ!重いっっ……」
ローエンは必死に大盾で斬撃を受ける。もはや斬撃というよりも、押し付けられる重力に対抗しているような感覚。
そしてバキバキッという音と共に大盾は割れ、ローエンは地面に伏した。
「く、クソがぁぁぁあああ!!!!」
クラウゼンが、それを見て後ろから特攻を仕掛ける。
それに合わせるように、カイルも矢を放つ。
しかし、矢は皮膚に弾かれ、背中を切りつけたはずの剣は折れた。破片がクラウゼンの頬をかする。
「そんな剣では届かんな!」
そのままクラウゼンは、ネルグサリアの背中に押され、再び吹っ飛び伏す。
そしてカイルの元に、小さなファイアボールが何発も放たれた。
強さは、圧倒的だった。
リオネアはミレイユを背に、それでも立ち上がった。
「倒すっ!絶対!そして守るっ!」
「……ふん、面白い」
ネルグサリアは、ドンと足を踏み鳴らした。
するとリオネアの足元から尖った岩々が生え、太もも、脇腹、背中、あちこちを浅く差した。
「くっ…………」
リオネアは尖った岩に囲まれ、身動きが取れない。
「もう何もできまい」
ネルグサリアはリオネアに歩み寄る。
リオネアは、ネルグサリアの目から決して視線をそらさなかった。
「今日のところは引いてやろう。腕を切ることが出来た褒美だ。この腕が生える頃に、また相まみえよう……」
「ネルグ……サリア……っ…」
ネルグサリアは背を向けて去っていった。右腕を残して。
『世界均衡値:-2』




