18話 初めての戦闘
地図は、詳細に記されているわけではない。
近隣を調査するため、一行は森の街ヘイムからミージャスへ向かう街道を起点に、西へ折れる。
ラーニアと多彩な街イデアスを結ぶ街道まで出たら、少し南下し、また東へ戻る――そんな往復を繰り返した。
その道中は、方角しか頼りにならない森や草原を進む。
慣れないリオネアとミレイユには、常に不安が付きまとった。
「はぁ……はぁ……ふぅ………」
リオネアですら、息を上げている。もうヘイムを出てから六日目。肉体もそうだが、精神的な負担がリオネアを襲っていた。
「ミレイユは……大丈夫?」
「そうね……さすがにちょっと、疲れたかな~」
ミレイユは、薬草採集で森には慣れてる。意外にも、リオネアよりも余裕がありそうだった。
最後方を歩くカイルを見やると、涼しげな顔で歩いている。リオネアの視線に気が付くと、その疲れように呆れたのか、小さなため息をつく。
リオネアは、その悔しさをバネに頑張って歩いた。
「大丈夫か?二人とも」
ローエンが振り返り、声をかける。
「大丈夫で~す………」
「丘を越えたら休憩だ。頑張れ」
ローエンには見えているその丘が見えず、リオネアは大きなため息をついた。
昼食を摂り、少しの仮眠後、一行は再び歩き出す。
時間的には、今いるのは丁度二つの街道の真ん中あたりだろうか。
「……………しっ!……………何かいる」
一行は立ち止まり、屈む。
「カイル……見えるか?」
「……………魔獣が、二匹。いや三匹か?中型のウルフ型だ」
カイルは索敵魔法で魔物を捉えた。
「やれるか?」
「問題ない」
「よし。リオネアは俺の後ろで隙を狙え。ミレイユは下がって魔法を」
「じゃ、撃つぞ」
カイルは、矢を取り出し、狙いを定める。
そして放った。
矢は、音もなく弧を描いて飛んでいった。
遠くで、魔獣のうめき声が聞こえる。
そしてもう二発、カイルは撃ち込んだ。
とうとうこちらに気が付いたようで、葉の擦れる音が近づいてくる。
ガンガン、とローエンは挑発し、魔獣を引き寄せた。
そして、魔獣三匹は同時にローエンに襲い掛かった。
それを、ローエンの大盾は受け、そして弾き返した。
「今だ!リオネア!ミレイユ!」
ミレイユは遠くに飛んだ魔獣に向け、ファイアボールを放つ。
大きな火球が、あっという間に魔獣を焼き殺した。
リオネアは、一番大きな魔獣に切りかかり、一刀両断する。
もう一匹は、カイルが脚に矢を放ち、ひるんだところをローエンがとどめを刺した。
「ふう……まぁ、これくらいはやってもらわんとな。お疲れさん二人とも」
リオネアは、初めて殺した魔獣を見る。
片目は矢で潰されていた。カイルの狙撃によるものだろう。
そして、骨まで断ち切られた胴体。吹き出し終えて残った血だまり。
呆然とそれを見つめるリオネアの肩に、ローエンが手を乗せる。
「よくやった。どうだ、気分は」
「………あまりいいものでは、ないですね」
リオネアは、顔についた血を拭う。
「……それが正しい感覚だ。こいつらも生きてる。それを忘れてはいけない」
ローエンはそういい、祈りを捧げた。そして魔獣の皮をはぎ、肉を切り出し始めた。
「……なにを?」
「食うためだ。俺はこれがせめてもの贖罪だと思ってる」
「そう、ですか…………じゃあ、私も」
リオネアも、その作業を手伝った。
その日の野営は、大量の肉が振舞われた。
「どうだ?悪くない味だろ?」
ローエンは、肉にかぶりつきながらそうリオネアに訊く。
「ほう、へふへ……ふほひふはひはあひはふへほ……」
「リオネアっ!」
ミレイユに肩を叩かれ、リオネアは肉を飲み込んでから、改めて答える。
「んぐっ………臭みは少しありますけど、肉って感じで美味しいですねコレ……」
「口に合って良かった。戴いた命だ。しっかり食って精をつけてくれ」
リオネアは、心の中で感謝しながら、一人でほぼ一匹を平らげた。
一行は翌日からも、街道と街道の間を西へ東へ歩きながら、南下していく。
「さ、終盤戦だ。疲れもあるだろうが、気を引き締めろよ!」
ローエンは檄を飛ばした。
「ローエンさんって周りを引っ張るの上手いですよね!騎士団時代からですか?もしかして団長だったり?」
リオネアは目を輝かせながらローエンに訊く。
「いや……俺は……」
ローエンは少しだけ目を伏せてそう答えた。
「あ、じゃあもっと大きなパーティを率いてた、とかですか?」
「うーん……確かに10人位のパーティに参加していたことはあるが……別にリーダーとかではなかった。それに、俺は別にそういうタイプじゃないよ」
リオネアは意外という表情をする。
「そうですか?めっちゃ引っ張ってくれてるじゃないですか!」
「ただの年の功さ。もしこれが正式なパーティだったら、俺はこの席を誰かに譲るよ」
「そんなぁ……じゃ、例えば、誰に譲ります?」
ローエンはあごひげを撫でながら考える。
「そうだな……年齢的にはミレイユだが、彼女はあまり自発的じゃないからな……」
「じゃあ、カイルさん!」
「あいつは……まあ今後に期待だな」
「やっぱりローエンさんしかいないじゃないですかー」
「いや………俺はリオネアがいいんじゃないかと考えているよ」
えっ――とリオネアは戸惑った。
「君は前向きで面倒見がいい。パーティのリーダーには必要な素質だ」
「えーなんだか照れ臭いなー」
「まあ向こう見ずなところは、ちょっと危なっかしいがね」
ははは、と優しく笑うローエンに、リオネアは思わず、父を重ねた。
そして、この冒険も残すところあと1日となった。
「す、すみません皆さん!相談があります!」
野営中、リオネアが突然声を上げる。
「あの、これはミレイユとも相談した話なんですが……私達、パーティを組みませんかっ!正式に!」
リオネアは、優しく見守るミレイユの表情を見ながら話す。
「…………なるほど。なぜ、そう考えてるんだ?」
ローエンは、ゆっくりと理由を訊いた。
「このメンバー、すごくバランスが取れてると思うんです!強力なタンクと、精確な弓がいれば、すごく心強いんです!」
ふん、とカイルは小さく鼻で笑う。
「どう、でしょうか……?」
言い終えて、二人の反応を恐る恐る探る。
「……俺は反対。足手まといだ」
カイルはそう答えた。
「とはいえカイル。二人でA ~Bランクをこなすにも限界だって、前に話してただろう?」
「それは………」
「リオネア。その申し出はありがたい。低ランクとはいえ、二人は俺らにとっても心強い」
「それじゃあ!」
リオネアは、思わずガッツポーズがでる。
「……いや、その前に訊いておきたいことがある。……二人はなぜ冒険者をしているんだ?」
なぜ――。リオネアは、自身の中の色々な理由を言いかけ、それを飲み込んだ。
パチパチ、と焚火の音が大きく感じる。
「……助けたいからです。目の前の人を」
「冒険者は、そんな高尚なものじゃない。助けたいのなら、騎士学校に戻るべきだ」
「……いえ、騎士団では、救えないと思いました」
「…………………どうして、そう思うんだい?」
ローエンは、複雑な表情で訊く。
「騎士団が救うのは、全と教わりました。それは、目の前の犠牲よりも、国を優先するってことです。私は、その目の前の犠牲を見逃せないんです」
ローエンは、深く息を吸い、そして長く吐いた。
「ミレイユはどう考えているんだ?」
「私も……同じ考えです……。騎士団では、命は救えても、尊厳までは救えないんじゃないかって。私はそれも含めて誰かの助けになりたいんです……」
「……カイル。どう思う?」
「………冒険者なんて、そんな綺麗なもんじゃない。……俺も」
カイルは焚火を眺めながらそうつぶやく。そしていつになく、言葉を続けた。
「…………だが、ローエンはいいのか?だってあんた……」
「…………ああ。まさにそれで悩んでいるよ」
ローエンも焚火を、いやそれよりももっと遠くを見つめいるようだった。
結局、その日にパーティ参加の答えはもらえなかった――。




