14話 ご令嬢と難民(1)
――え、ミレイユたんめっちゃくちゃお嬢様じゃん!
ホテル王の娘じゃん!勝ち組じゃん!なぜ冒険者なんかに!?
――でもまぁ、持つ者もまた悩むってことなのかなぁ。
クラスでバカみたいに群れてはしゃいでたあいつらにも、もしかしたら……
*
朝早く、一行は多彩な街イデアスを出発した。
「えー!?あのエーデリアホテルに泊まったんですか!?あそこはつい先月出来たばかりの高級宿ですよ!?」
ブライアンが朝から大きな声で驚く。
「ふっふっふ!羨ましいだろう!ブライアン君!」
「羨ましいってもんじゃないですよ!!僕が一か月くらい飲まず食わずでやっと1泊できるかどうかですよ!すごいなー!!あれ、でもそんなに冒険者って儲かりましたっけ?僕の兄も冒険者ですけど、そんな余裕があるようには……」
「………実はぁ……あそこは実家がぁ…………」
ブライアンはさらに驚いた。
「えーーー!!!!エーデリアホテルのご令嬢っっ!!!」
「どうだブライアン君。うちのミレイユは凄いだろう!」
何故かリオネアが自慢げに大きな胸を張る。
「あ、あまり他の人には~………」
「もちろんですよ!へーでもエーデリアホテルかぁ……うちは武具中心ですけど、馬車とかも取り扱えるんで!ぜひ!」
「私にそんな権限はないよ~……でも、冒険者として何か必要になったら頼るね~」
「その時はぜひ!よろしくお願いしますっ!」
ブライアンは、未成年ながら精いっぱい営業した。
「……それにしても、ブライアン君にお兄さんいるんだー!なんか意外ー」
「そうねぇ~、すごくしっかりしてるからねぇ~」
「ね、ね!お兄さんってどんな人なの?」
リオネアは荷馬車からひょいと顔を出し、ブライアンの顔を覗きこむ。
「そうですねー……兄は口下手で、いつも皮肉しか言わないですが……とても優しい兄です。冒険者になったのも、実家の商会が経営危機になった時に、年の離れた僕や下の妹を気遣って、自ら家を出たからだと聞いています。たまに仕送りもしてくれて」
「いいお兄さんじゃーん!最近会ってるの?」
「ここ数年は。僕が仕事してるのも、たぶん知らないんじゃないですかね?」
「そっかー!会えるといいね!こんなに立派に仕事してる弟みたら、きっと驚くぞー?」
「あはは……そうだと嬉しいですね」
そして一行は、再びハイラントまで戻ってきた。
丁寧にも、ブライアンは彼女らの依頼主のところまで送り届け、依頼主に電柵の説明までしてくれた。
「それでは、僕はこれで!」
「ありがとねーブライアン君ー!」
「道中気をつけてぇ~」
二人は手を振って見送った。
「さて、やりますか!」
リオネアは腕をまくって、電柵の設置に取り掛かった。
リオネアが電柵のリールを既存の柵に巻き付けていき、ミレイユが丁寧に位置を調整し柵に固定していった。作業自体は簡単だが、一周800m以上あるので重労働だ。それでも、なんとか半日で終了し、陽が落ちる頃には街に戻ることが出来た。
「いやはや!喜んでたねおじいちゃん!」
依頼主は、何度も礼を言い、お土産に揚げたパンもくれた。
「人助けって~なんだか気持ちいいよねぇ~」
「そう!まさにそれ!冒険者になって良かったーって思うよー」
前を歩くリオネアは、振り返りながらそう言った。
ドン――
「あっ!ごめんなさいっ!」
後ろ向きで歩いていたリオネアは、小柄な男性にぶつかってしまった。
「っ…………………」
男性は、リオネアをにらみつけ、そしてそのまま何も言わず行ってしまった。
裾の破れた服、汚れたズボン、穴の開いた帽子――。
ミレイユは、先日捕まえた盗賊の親子の事を思い出す。
彼も、きっと難民なのだろう。
「……ミレイユ?どうかした?」
リオネアが、男性の背中を見つめるミレイユの顔を覗き込む。
「ううん?なんでもないよ~。それより、ちゃんと前を向いて歩かないと~」
「ごめんごめん!」
ミレイユはふと路地裏に目がいく。
よく見ると、先ほどの彼のような恰好の人が、あちこちにいることに気が付く。
先日来た時には気が付かなかった。夜だったせいもあるだろう。しかし、それは見えなかったのではなく、見なかっただけなのかもしれない。
本当に助けが欲しいのは、あの依頼主のおじいさんではなく、きっと彼らだ。
ギルドに依頼できるだけの金を持っていて、それを受け取って何を人助けだなんて喜んでいたのだろう。ミレイユはそんな自分を少し恥ずかしく感じた。
「ごめんリオネア~!先に宿に戻ってて~」
「え?あ、うん……」
ミレイユは踵を返し、先ほどの路地裏に戻った。
そこには2人、難民らしき人がいた。
「あの………すみません……これ……」
ミレイユは、銅貨を数枚、彼らに手渡した。
贖罪、だったのかもしれない。先日憲兵に引き渡した親子への。
「…………施しのつもりかい?」
しゃがみ込む老婆が、そう鋭い目で訊く。
ミレイユは、返せなかった。
「…………あんた、裕福だろ?育ちのいい奴らは、みんなそんな目で私らを見るよ。」
いたたまれなくなり、視線を逸らす。
後ろから、男性がミレイユの腕をぐいと掴む。
その手は、骨ばっていて黒く汚れていた。
「俺らが可哀想なら、全部よこせよ。銀貨くらいは持ってんだろ……?」
ミレイユは咄嗟にその手を振り払った。
その男の目は、ミレイユでも知らない心の奥底の何かを、まるで見透かしているかのようにまっすぐ見ていた。
怖かった。とても。
そして、ミレイユは走って逃げだした。
(助けようとしたのがダメだったの?それとも、私は彼らのことを……)
ミレイユの目から、涙があふれた。
「ちょっと!どうしたのミレイユ!?」
宿に戻ったミレイユのその涙と汗でグチャグチャの顔に、リオネアは驚いた。
「ううん……なんでもないよ……」
「なんでもないわけないでしょう!?……いいから座って?お茶、飲める?」
リオネアはお湯を取りに行った。
ミレイユは、リオネアにどう話すべきか、なにを話すべきか迷っていた。
リオネアは優しい。そして強い。でも、こういう事にきっと弱い。そんな気がしていた。
「はい、お茶……どう?少し落ち着いた?」
「うん……ありがとうリオネア」
リオネアは、ミレイユが話し始めるのを、ただ待った。
「あのね、リオネア。その、さっき実は……」
ポツリポツリと、ミレイユは話し始める。
「難民が……路地裏に……何人もいてね…………私、助けたいっておもって……その……お金を渡そうと、思ったんだけど……」
リオネアは、じっとミレイユの手を握り、話を聞いてくれる。
「施しのつもりかって……それならもっとくれって言われちゃって……」
ミレイユの手が、小さく震え始める。
「私……怖くなって逃げちゃって……………助けたいのに……なんか怖くなっちゃって……」
「……その人たちが怒ってたから?」
「ううん………私、もしかしたら、蔑んでいただけなのかもって……助けたいんじゃなくて……憐れんでただけなのかもって…………そう思ったら……私っ…………」
ミレイユは、顔を手で覆い、泣き出した。
「助けるって何なんだろ………私のしてることって……間違いなのかなぁ…………」
泣いているミレイユのその問いに、リオネアは答えることが出来なかった。
翌朝――。
「ミレイユ、あのさ」
ミレイユは、ん?と普段よりも少し疲れたような笑顔で振り返る。
「………憐れみでもさ、蔑みでもさ、お金は生活を救ってくれるじゃない?
………でもさ、心はそうじゃないのかも」
「…………そっか。そうかもね…………ありがとうリオネア。一緒に考えてくれて」
ミレイユは、深呼吸し、カーテンを開けた。
「リオネア……もう少しここに滞在してもいい?」




