第9話:揺れるトングと、たまらんやの絆
【夜・焼肉店『たまらんや』店内】 (「よい」が帰り、店内にはりむとミノ先輩の二人だけが残った。網の上では、先ほど焼いたミノが少し冷めかけている。りむは、もらったばかりのブラックトングをじっと見つめている)
りむ「……ねえ、ミノ先輩。本気で言ってるの? あのビルの店に、あーしを連れてくって」
ミノ先輩「……ああ。本気だ。よいとも何度も打ち合わせを重ねた。君のトング捌き、そしてミノへの情熱……あれを新しい店の核にしたいんだ」
りむ「……。嬉しいけどさ。でも、あーし、ここ『たまらんや』のバイトリーダーだよ? 店長は、何もできなかったあーしを拾って、ミノのいろはを教えてくれた。……それを裏切るなんて、できないし」
ミノ先輩「……君の義理堅さは知っている。だが、あそこの厨房設備は私が設計した。君が以前、理想だと漏らしていた『ミノ専用の超低温熟成庫』……あれも導入する予定だ」
りむ「(ハッとして)……え。あーしが前に適当に喋ったワガママ、全部覚えてたわけ?」
ミノ先輩「……忘れるはずがない。……君が一番輝く場所を、私は作りたいんだ」
りむ(心の声:……もう、ミノ先輩。そんなこと言われたら、断れるわけないじゃん。……ズルいよ、マジで)
りむ「……でも、すぐには返事できない。……あーし、ちゃんと店長とも話したい。……それに、ミノ先輩……あーしを誘ったの、本当に『仕事』としてだけなわけ?」
ミノ先輩「……。……それは、君が最高のミノを焼き続けてくれたら、いつか答える」
りむ「なによそれ! また逃げたし! 答えになってないし、ミノ先輩!」
(りむは、よいからもらった名刺をポケットに突っ込み、新しいブラックトングをぎゅっと握りしめた。その目には、迷いと、それ以上の熱い決意が宿っていた。店の奥で、ずっと黙って二人の話を聞いていた店長の影が、小さく揺れた)




