第7話 母さまの特訓
「わぁっ!」
まだ肌寒い早朝。
丘の上まで駆け上がると、黒薔薇が増えて三輪になっていた。
夜露をまとい、朝日に透けるその花は、息をのむほど綺麗で――
「キラキラしてて綺麗だなぁ……」
息を整えながら、そっと花弁に触れる。
毎日世話してきた甲斐があったのかもしれない。
この丘が、いつか黒薔薇でいっぱいの花園になればいいな。
「ふんふんふーん♪」
聖のマナで作った<聖水>を土にたっぷりとふりかけて、
鼻歌を歌いながら一本ずつ<ヒール>をかける。
丁寧に、均等に、愛情を込めて、なでなでしながら。
「それじゃ、また来るねー!」
普段ならおしゃべりしてから帰るけど、今日は違う。
母さまに「今日からびしばし特訓するわよ~!」と呼ばれている。
「今日からステラには、三つの特訓をしてもらいます~」
「はいっ!」
朝食の席。
焼きたてパンの香りが漂うなか、母さまはご機嫌に歌うような声で宣言した。
父さまと姉さんはもう出かけていて、テーブルには僕と、眠そうなジェシカ、そして元気いっぱいのメル。
「まず一つ目は~、私と一緒に街の教会のお手伝いをすること~」
「えっ!? ほんとに!? やったぁぁぁ!!」
思わず椅子を蹴って立ち上がる。
街に下りられる! しかも母さまと一緒に教会へ!
普段のんびりと家で過ごす母さまは、時折、気が向いたように教会へ行ってた。
ずっと気になってたんだ、母さまが“特別司祭”としてどんなお仕事してるのか。
これはまさに修行の始まりだ! テンション上がる!
「実地訓練、というやつですね!」
「そうそう~、そういうやつよ~、週に一回ほど~、お昼までね~」
「えっ、それだけ?」
――そう言って母さまは、にこにこと白銀の髪を揺らした。
「二つ目は~、晴れた日は~お昼すぎにお庭でお茶会をすること~」
「……え?」
なんか一気にゆるくなりました~。
「三つ目は~、夕方に聖魔法と薬学のお勉強~」
「それらって、いつも通りですよね……?」
母さまはにこにこ。僕のテンションはじわじわ下降中。
「……あっ、そうだったわ~。四つ目は~、寝る前にマナを使い切って寝ること~」
思い出したかのように言う母さま。
うん、完全に普段通りです。
「……母さま、それ……ビシバシですか?」
「そうよ~、ビシバシよ~」
ゆっるーい。
にこにこと微笑む母さま。
まるで女神みたいに柔らかい笑顔で、すべてを包み込む。
もう何も言えない。
「メルも~! メルも一緒にしていい~?」
「教会以外はもちろんいいわよ~」
「わーい!!」
母さまはパンを口に運びながら、ふと何かを思い出したように指を立てた。
「あっ、それと~、五つ目もあったわ~」
「ま、まだあったの!?」
「アンリとメルとジェシカ、お友達みんなと~、仲良く楽しく遊ぶこと~!」
「……」
僕はパンを持ったまま固まった。
お茶会、勉強、遊ぶこと……うん、ぜんぶいつも通りの日常です、母さま。完璧です。辛うじて教会のお手伝いが追加されただけであった。
「そういうものなのよ~」
「そ、そうなんだぁ……」
ふわふわ~。
――このときの僕は思ってもなかった。
母さまの言う“教会のお手伝い”が、衝撃的な体験になるなんて。




