第6話 伯爵家の食卓(下)
談笑がひと区切りついた頃、父さま――エリオスが、かちゃりとナイフを置いた。
その雰囲気が「大事な話だぞ」というのを物語っていて、家族の視線が自然と集まる。
「さて。これからのことだが……半年後、アンリが王都の聖騎士学園に入学する。その時には、私も王都へ行く予定だ」
「えっ、お父さまも!?」
メルティアがスプーンを握ったまま固まる。
「うむ。王から特命が下りてな。……さすがにこの件は断れん」
苦笑気味だが、父さまの困った時の笑みは八割増で王子スマイル。
……ていうか王命って断れるの? 知らんけど。
「とはいえ、家族と領地も放置はできん。しばらくは王都と領地を往復する生活になるだろう」
普通に激務。“領地から一歩も動かんぞ”の父さまからしたら、これはニュースである。
そこへ母さま――セレナが、柔らかな声で続けた。
「それでね。二年後、ステラが学院に入る頃には……王都に別邸を買って、家族みんなで暮らそうと思ってるの」
「み、みんなで!?」
ぼくとメルティアと、なぜかジェシカまでハモった。
「そうよ。メルちゃんが卒業するまではね」
「おおおーー!!」
拍手が自然発生した。この家、ほんと仲が良すぎる。
「……それじゃあ、これからもずっと家族一緒にいられるんだね!」
メルティアが嬉しそうに笑うと、父さまがうんうんと頷く。
「少し寂しい思いをさせるかもしれんが……ステラも、頑張れよ」
「うん!」
その時、姉さまがいたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「お父様ね、学園の特別講師にもなるんだって。私の訓練、まだまだ終わらなさそうだわ」
「まったく……どこまで子煩悩なんでしょうねぇ~」
母さまが頬に指を当てて微笑む。女神がいた。
「お姉様が王都に行くのは覚悟してたけど……お父様まで行くなんて……」
ジェシカがしゅんっと肩を落とす。
いや君、今日も普通に居るけど、うちの子じゃないからね?
「あなた達いつ結婚するの~?」
母さまが僕とジェシカを見ながらのんびり言うと、僕は飲んでた水をブーッとはいた。
「は、はぁ!?」とジェシカは椅子をガタンと倒して立ち上がる。
「お、お母さま!私は強い人が好きなんですっ!」
と、ぷいっと明後日の方向を向いた。
グサーと突き刺さる、そりゃ強い男がいいよねぇ……騎士のような、しくしく。
ジェシカの顔を背けたその頬が、真っ赤に染まってることにぼくは気づかなかった。
「ぼく……やっぱり聖職者をめざすよ。聖教学院に行く」
ひと息ついたところで僕は決心した事を話を伝えた。
食卓が一瞬で静まり返る。
その中心で、母さまがそっと目を細めた。
ふわりと灯る、優しい色。
「そう……決めたのね」
「ええ、あなたならきっと立派な癒し手になれるわ~」
――セレスティア聖教学院。
国内最高の聖職者育成機関で、聖騎士学園と同じ敷地内にある隣の“対になる学院”だ。
この二校は国家直属で、国中の「属性持ち」と「マナの総量が一定値以上ある」、才のある子どもが編入される。
試験も定員もない。才能を持つ者はすべて拾い上げる。それがこの国の義務教育。
属性を持つ子供は年々減っている。だからこそ、貴族も平民も関係なく、“未来の希望”として育てられる。
僕の進む聖教学院は――聖属性持ちの子供だけが入学を許される場所。 癒し手、祈り手、未来の聖職者を育てる学院。
生徒は少ないと思う。でも、だからこそ授業は濃く、個人に寄り添うと聞く。
共同実習のときは“聖職者と護衛騎士”の想定でペアを組んだりするらしい。
「うん! お母さま、これからも訓練をお願いします!」
「もちろんよ~! ステラなら上級魔法だって夢じゃないわ~」
「そ、それはちょっとハードル高いかも……」
父さまが苦笑いし、姉さまがくすくす笑って、
母さまはなぜか拳を握ってやる気満々。
「よぉ~~し、明日からビシバシいくわよ~!」
……母さま、あなたの“ビシバシ”はふわふわです。
その夜、ノルヴェルン伯爵家の食卓には、
温かさと期待と、少しの新しい未来の匂いが満ちていた。
そのぬくもりは、いつまでも僕の胸に残り続けるのだった。




