第51話 生涯忘れられない誓い
“ノルヴェルンの奇跡”の演劇は、厳かな鐘の音とともに幕を開け、静まり返った劇場の空気を一瞬で物語の世界へと塗り替えていった。
聖歌のような旋律が流れ、白銀の光に包まれた舞台中央に現れた、奇跡の少女セレナ。母さまから聞いていた物語と寸分違わぬ展開でありながら、舞台の上で息づくそれは遥かに濃密で、息を呑むほどに美しく、そして――容赦なくとろとろに甘かった。
父さま役の青年がまだ未熟な貴族の少年として、ぎこちなくも真っ直ぐな眼差しで彼女を見つめるたび、客席のあちこちから小さな悲鳴が上がる。やがて二人の距離が縮まり、花畑の中で手を取り合い、見つめ合い、互いの想いを語り合う場面では、背後から「ウッ!」「アッ!」と妙な呻き声が聞こえてきて、振り返らずとも両親が瀕死状態であることが分かった。
「やめて……あんな台詞、言ってないもん~……」
「いや、言ってたな……確かに言ってた……」
悶絶しながら小声で言い争う両親に、隣のメルはきらきらした目で振り向き、「お父さま、本当にあんなふうに跪いたの!?」と容赦なく追撃しているし、子供たちは揃って身を乗り出し、両親の黒歴史――もとい純愛の詳細に興味津々で、完全に公開処刑の様相だった。
だが物語は甘いだけでは終わらない。
舞台に重苦しい音楽が流れた瞬間、空気が一変した。
豪奢な衣装を纏った大貴族が現れる。彼は奇跡の少女を”王家の人間”であり、奇跡を“国の所有物”とまで呼び、その力を独占しようと企む男として描かれていた。その執着の演技があまりに迫真で、観客席にまでぞっとする寒気を伝えてくる。
「奇跡の少女は、セレナは、この私のものとなるべきだ!!」
低く粘つく声でそう言い放ち、彼女に触れようとするその手は欲望と支配欲に満ちており、劇であると分かっていても思わず拳を握ってしまうほどだった。舞台上では策略、圧力、虚偽の告発が重ねられ、ついには“聖女裁判”の場面へと雪崩れ込む。
重厚なセットに囲まれた裁きの場で、父さま役の青年が一歩前へ出る。その背後には王と志ある貴族たちが並び、正義を掲げる側として立っていた。
「彼女は誰の所有物でもない。セレナはこの国の希望であり、そして――ひとりの女性だ」
その台詞と共に、次々と繰り出される論証が大貴族を追い詰めていく。策略を暴かれ、証人を突きつけられ、最後には完全に論破されて膝をつく悪役。兵隊を用いた暴力さえもその場で制圧され、その瞬間、客席から割れんばかりの拍手が起き、舞台上では父さま役が母さま役を抱き寄せ、熱い抱擁と、そして堂々たる接吻で幕を閉じた。
その光景に劇場は爆発した。
鳴り止まぬ拍手、立ち上がる観客、涙を拭いながら名を呼ぶ声。セフィリア様は胸の前で手を組み、小刻みに震えながら大粒の涙をぽろぽろと零し、「なんて……なんて素晴らしいのでしょう」と何度も呟きながら拍手を送っていたし、メルは号泣して父さまの袖を握り締めている。ぼくも胸が熱くなりながら拍手を続けつつ、あの大貴族の異様な執念が妙に現実味を帯びて頭に残っていた。
――母さまが本当に、ああして狙われていたのだと。
余韻に浸る観客のざわめきが収まりかけたその時、舞台中央に支配人が現れ、拡声魔道具によって増幅された声が劇場全体を震わせた。
「皆様、本日はご鑑賞誠にありがとうございました。そして本日、実は特別なお客様がお越し下さっております!」
嫌な予感がして固まるぼく。
「我がセレスティア王国、アルクス国王陛下ならびにリュミエラ王妃殿下、そしてセフィリア王女殿下!」
スポットライトが容赦なく特別席を照らし出し、続けて――
「さらに! なんと“ノルヴェルンの奇跡”ことセレナ様、ご本人!そして “蒼風の君”エリオス侯爵様ご本人!ならびに、 エルディア家の皆様でございます!!」
一瞬で黙り込む劇場。
長い静寂ののち、地鳴りのような歓声と轟音が劇場を揺らした。
こ、こわあっ……!
立ち上がる観客、振られる帽子、鳴り止まぬ拍手。王さまは慣れた様子で悠然と手を振り、ちらりと両親を振り返る。
「ほら、エリオス、セレナ、観念せい」
「へ、陛下……まさか、あなたの計らいですか?」
「何を言っておる、当たり前じゃろうが!」
青ざめた両親がふらりと立ち上がり、ぎこちなく手を振った瞬間、さらに歓声が増幅し、父さまは小声で「帰りたい……」と呟き、母さまは耳まで真っ赤になって俯いていた。
「お主は領地に引き籠りすぎじゃ、高名だけが独り歩きしておる。貴族として、顔を威厳を、よく振り撒いておけ。お前の唯一の欠点じゃ。それは今後必要になる」
「は、はい……」
何だか王さまに怒られてる父さまでした。そして、遠慮無しに大爆笑してるエルフ学者が視界の隅にいた。
王城への滞在、最後の夜――
お城での晩餐を終えたあと、ぼくは勇気を振り絞り、セフィリア様と二人きりの時間を頂いた。
場所は客室のバルコニー。ロマンチックとまでは言えないけど、満天の星が夜空を埋め尽くし、月明かりが庭園の花々を銀色に染めている。その静けさの中で、ぼくの胸だけが激しく鼓動していた。
演劇の中で両親が教えてくれた。想いは、言葉にして届けるものだと。
「セフィリア様」
彼女は緊張した面持ちでこちらを見上げ、「はい」と小さく返事をする。その瞳はまだ涙の名残で潤んでいて、頬はほんのり赤い。
「お会いして日は浅いですが……ぼくは、貴女に恋をしました」
「えっ?」
はっきりと口にした瞬間、心臓が破裂しそうになる。それでも止めない。
「王命の為でも、家や領地や利益の為でもありません。ぼく自身が、貴女を好きになったんです。優しくて、穏やかで、純粋なその心に……ぼくはどうしようもなく惹かれました」
舞台の上で母さまを守り抜いた父さまの姿が脳裏をよぎる。どんな苦難が待ち受けようが、決して譲るなと。
「これから先、どんな困難があっても、誰が貴女を狙おうとも、ぼくが必ず護ります。何度でも立ちはだかって、何度でも貴女を護ります。だから――どうか、どうか……」
用意していた小箱を開き、跪き、花束と共に差し出す。
「ぼくに、貴女を一生愛し続ける資格を下さい。世界の誰よりも、貴女を幸せにすると誓います。どうか、ぼくと結婚してください!」
「………!!」
恥ずかしさを感じてたけど、本心から想いを伝えた。セフィリア様は両手で口元を押さえ、耳まで真っ赤になりながら、震える声で言う。
「……こんなにも、真っ直ぐに想って頂けるなんて……わたくし、幸せすぎて、胸がいっぱいです」
彼女の潤んだ瞳がまっすぐにぼくを見つめるて、いつものように控えめに微笑んだ。
「は、はい……!喜んでお受け致します!ステラ様のお傍で、共に歩ませてください!」
その微笑みは、恥ずかしそうで、でも心から嬉しそうで、夜空の星よりも眩しかった。
震える手で彼女の指に指輪を通した瞬間、胸の奥に熱が広がる。彼女は小さく頭を下げ、「不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します」と言い、ぼくは慌てて「こちらこそ」と返しながら、ただただ、この人を守りたいと強く思った。
この日、満天の星空の下、ぼくは生涯忘れられない誓いを立て、大人への一歩を踏み出したのだった。
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