第47話 寝不足な翌日
王城に与えられた客室の天蓋付きベッドに横になりながら、ぼくは何度も寝返りを打って悶えていた。柔らかな高級な寝具、静かで穏やかな室内であっても、ドキドキと高鳴る胸に全く落ち着けず寝れない。そんなぼくの脳裏に浮かぶのは、恥ずかしそうにはにかむ白銀の髪の可憐な王女さまの姿ばかりだった。
――セフィリア様……。
名前を心の中で呟くだけで胸がきゅっと締めつけられ、同時に甘い熱が込み上げてくる。大きな碧い瞳、少しだけ垂れた穏やかで優しい目元、控えめに微笑む唇。あの人形のような整った顔立ちと、どこか守ってあげたくなる儚さが、どうしても頭から離れない。
――可愛い。
あの可愛すぎる子がぼくの婚約者ァ!?もうダメだぁ、眠れそうにない!!
ぼくは枕に顔を埋めて、じたばたと足を動かした。完全に恋をしてしまった。高揚した気持ちは妄想を膨らませていく。無理だ。
彼女を護りたい、また微笑んでほしい。ぼくの隣で。
傲慢にそんなことを考えてしまって、ますます眠れなくなるぼくであった。
昨夜は、結局ほとんど眠れなかった。夜明け前にようやくうとうとしただけで、ひどい寝不足のままふらふらと朝食へと向かうことになった。
メイドさんに案内してもらい家族一同と廊下を歩きながら、ぼくは欠伸を噛み殺していた。黒薔薇さんが肩口で揺れて「大丈夫?」とでも言いたげに葉で頭を軽く撫でてくれた。
「あんまり寝れなかったのね~?王女さまのことでも考えてたのかしら~?」
「だ、だって……仕方ないじゃん……!」
可笑しそうに微笑む母さまに小声で言い訳していると、朝食の場所らしき部屋が見えてきた。眠気を振り払うように深呼吸をしてその扉をくぐった、その時だった。
中から聞こえた鈴のような声に、ぼくは固まる。
「お、おはようございます、エルディア家の皆様……」
「まあぁ!」
朝食が並ぶテーブルの前に、小杖を抱いたセフィリア様がいた。白を基調とした軽やかなドレスに身を包み、柔らかな朝の光を背にして恥ずかしそうに微笑んでいる。その隣には、優雅に微笑むリュミエラ王妃様の姿もあった。
「えっ……?あっ、おっ、おはようございます!」
声が裏返った。寝不足なんて一瞬で吹き飛んだ。な、なんで一緒に朝食!?聞いてない!心の準備ゼロ!!不意打ち、いっやあ!
王妃様はくすっと笑いながら言った。
「ぜひご一緒にと思いまして。セフィリアがどうしても、と言うのです」
「わ、私が……その……ご迷惑で無ければ……」
もじもじと視線を泳がせるセフィリア様に、ぼくは慌てて首を振った。
「と、とんでもないです!光栄です!」
心臓がまた暴れ始める。距離が近い。いい匂いがする。落ち着けぼく。
朝食は終始ふわふわした気分だった。話をしてるのに頭に入らない。料理の味もよく覚えていない。ただ、向かいに座るセフィリア様が時折ぼくを見て、目が合うたびに慌てて視線を逸らす。その仕草が可愛すぎて、それだけで胸がいっぱいになってしまった。
そしてふわふわな朝食の後に、王妃さまがにっこりと微笑みながらさらりと言った。
「よろしければ、この後お部屋に伺っても宜しいでしょうか?」
「……!?」
突然の攻勢は続き戸惑うぼく。思わずフォークを落としそうになった。もちろん断る理由などあるはずもなく、王妃様とセフィリア様は午前中の早い時間からエルディア家の客室を訪れることになったのだった。
部屋に入った途端、理性で感情を抑えて堪えていたかのように、目を光らせながら母さまが歓声を上げた。
「きゃあああ!セフィリア様~!お近くで見るとさらに可愛らしいですわぁ~!」
「わっ!?」
「きゃっ…!?」
ぼくを押しのけ、セフィリア様に襲いかかる母さま。相手は王女さまですよぉ!?
頭や頬を撫でたり、抱っこしてぎゅーしたり、両手を取ってくるくる回ったり、完全にテンションが爆上がりで振り切っている。セフィリア様は戸惑った表情で、でも嬉しそうに頬を染め笑顔を見せていた。
「まるで本当に実の娘が増えたみたいですわ~!ノルヴェルンで穏やかで幸せに過ごしましょうね~!」
「は、はい……よろしくお願いします……!」
その超絶歓迎ムードの光景を見て、王妃さまが安心したように微笑んだ。
「セレナ様とは気が合いそうですわ。娘を持つ母同士、話は尽きませんもの」
「ええ、ええ、やはり娘は特に可愛いですわ~!」
そこから二人は自然にソファへ移動し、ノルヴェルンや子育ての話、王城のあれこれなどで盛り上がり始めた。完全に“ママ友会”が始まる。姉さまはメルを連れてママ友会に参加し、父さまは用があるようで部屋から出て行った。そして気づけば、ぼくとセフィリア様がそこから少し外れた場所に残されていた。
意図されたかのような二人の時間……。お互いを意識しすぎて妙に静かになる。ドキドキと高鳴る鼓動。そんな僕らを面白そうにチラチラと見ている家族たち。くそう!皆がエルフ学者に見えてくる!!
ぼくは意を決して口を開いた。
「その……昨日は、ありがとうございました。会えてすごく嬉しかったです」
「わ、私もです……ずっとお会いしたいと思っていました」
その言葉に、胸がまた跳ねた。
セフィリア様はちらりとぼくの頭を見た。今日も今日とて黒薔薇さんが誇らしげにきらりと輝きながら花弁を揺らしている。
「黒薔薇さん…?」
「黒薔薇のお話を聞いていたんです……とっても綺麗ですね。あ、あの、少し見せてもらってもいいでしょうか……?」
大きな瞳をきらきら輝かせながら、興味津々な表情でセフィリア様がお淑やかにお願いをしてきた。
「も、もちろん!」
「わあぁ!」
黒薔薇に飾られた髪が見えやすいようにぼくは椅子に座った。セフィリア様にまじまじと見つめられてドキドキが加速してしまう。
「きれい…!」
彼女が恐る恐る差し出した指先が黒薔薇の花びらに触れた。そのまま遠慮がちに黒薔薇に触れていると、黒薔薇の蔦がにょきっと伸びてセフィリア様の指に優しく絡みついた。セフィリア様は「ひゃっ」と小さく息を呑み驚きつつも、興奮した様子で嬉しそうに声を上げた。
「すごい、意思を持ってるんですね!」
「は、はい、ぼくを守ってくれる、不思議な黒薔薇さんです」
「とっても素敵です!」
とっても可愛いです……。睫毛なが~い、お人形さんみた~い。
間近で見るセフィリア様のとんでもない可愛らしさに、寝不足も重なって意識が朦朧とするぼくでした。
気づけばぼくたちは自然にお話をして笑いあっていた。言葉はまだぎこちないけど、安心できる穏やかなほんわかした空気がそこにあった。ふと周囲を見ると、家族たちが静かにこちらを見守っていた。母さまと王妃さまは「いい感じですわね」とでも言いたげに微笑んでいる。くっ!
セフィリア様が恥ずかしそうに小さく言った。
「ステラート様、私お友達が少なくって……仲良くして頂けませんか……?」
「も、もちろんです!なんでも、いつでも!」
その瞬間、彼女はぱっと花が咲いたように微笑んだ。その満天の笑顔を見たとき、再び胸の奥に強い決意が灯った。
「ぼくのことは、ステラとお呼びください!」
「あっ、私もセフィリアと、セフィでもいいです!」
ぼくは彼女の隣に立てるようになりたい。彼女を護りたい。
この人を、絶対に大切に大事にする。
そんな想いを胸に抱きながら、ぼくたちの距離は少しずつ、でも確かに近づいていったのだった。
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