第46話 これが一目惚れというやつ……?
家族会談は、王さまが多忙であることもあり、一時間ほどで穏やかに締めくくられた。
会談室を辞したぼくたちは王城の中に用意された部屋へと戻ることになった。張り詰めていた空気が少しだけ緩み、白を基調とした広い部屋は上品な香木の香りに満ち、柔らかな光が差し込む大きな窓からは、城の庭園が一望できる。
けれど、そんな穏やかな空間に身を置いても、ぼくの心はまるで落ち着かなかった。
ベッドに仰向けに倒れ込み、天蓋の装飾をぼんやりと見つめながら、胸の奥を何度も突き上げてくる衝動に身を任せてしまう。
――セフィリア様…。
その名を思い浮かべるだけで、心臓が跳ね、顔や指先が熱を帯びる。白銀の長い髪、碧く澄んだ大きな瞳、控えめで穏やかな微笑み。繊細で穏やかな温もりを感じる少女だった。母さまに似た柔らかな雰囲気。父さまの言葉は、誇張ではなかったのだと今ならはっきり分かる。
出会った瞬間から、胸の奥が甘く締め付けられ視線を向けるだけでどぎまぎしてしまう。この子に会うために生まれてきたのではないか、そんな大げさな考えすら頭をよぎるほどだった。
――まさか、これが一目惚れというやつ……?
ベッドの上でパタパタと転がり顔を枕に押し付けて悶えていると、控えめなノックの音が部屋に響いた。そして入ってきた父さまは、いつもの落ち着いた表情でぼくを見つめている。
「ステラ、大丈夫か?」
「は、はい! だ、大丈夫です!」
慌てて飛び起きたぼくの様子を見て、父さまは小さく苦笑した。
「セフィリア様は……お前の目に、どう映った?」
その問いかけに、思考が一瞬で真っ白になる。顔が一気に熱を帯び、心臓が暴れ出すのが分かった。
「え、えっとぉ……!?そのぉ……!?」
「……ふむ、どうやら心配はいらなかったようだな」
蒼風の君に完全に心を見透かされているぅ…!恥ずかしさのあまり、動揺して慌てて立ち上がろうとしたら、ベッドから転げ落ちてしまい情けない声が漏れた。
「あいたたた……!」
「フフ……すまないな。本人の意思を置き去りにして婚約の話が進んだことを、心苦しく思っていたのだ」
「父さま……」
そう言って椅子に腰を下ろした父さまは、少しだけ声の調子を落とす。
「話していた通り、セフィリア様はこの王宮でなるべく人目を避けて暮らしてきた」
「はい、聞いております」
「しかし王女としての最低限の務め上、完全に引きこもることはできなかった……そんな時、外で出会った大人たちに歪んだ感情を直接向けられたことがある」
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
「他人を……、特に男を怖がるようになってしまった」
「……そんな……」
「セフィリア様は繊細なのだ。だからこそ、ステラ。婚約者として、彼女を護れ」
父さまの視線は、いつになく真剣だった。
「私は、お前ならできると信じている」
「……は、はい!」
力強く頷いたぼくに、父さまは満足そうに微笑むと「そろそろ王族との夕食の時間だ」と告げて部屋を後にした。胸の奥に再び熱い炎が灯る。――ぼくは、セフィリア様の騎士になる。彼女を護るのだ。その決意を胸に、急いで身支度を整えた。
夕食の場として用意された大広間は、会談室とはまた違った華やかさに満ちていた。長い食卓には、見たこともない料理がずらりと並び、黄金色に輝くロースト肉、香草の香りを纏った魚料理、宝石のような果実を散りばめた前菜、湯気を立てる濃厚なスープが、視界を埋め尽くす。銀器や白磁の皿に盛られた料理は、まるで芸術品のようで、どれから手を付けていいのか分からなくなるほどだった。
その中で、王さまと王妃さまの隣に行儀よく座り、慎ましく食事を口に運ぶセフィリア様の姿が、ひときわぼくの目を引き追ってしまう。小さく切った料理をそっと口に運び、恥ずかしそうに視線を伏せる仕草一つ一つが、あまりにも可愛らしくてドキドキしちゃう。
王さまはそんなセフィリア様を大事そうに、そして愛おしそうに見つめていた。
「……王さま、なんだか親戚のおじいちゃんみたい」
「…ッ!?」
メルの何気ない一言に、ぼくは料理をのどに詰まらせ凍ったように固まった。ぼくも内心思ってたけど口にしちゃったよ!思わず息を呑んだが、王さまは嬉しそうに腹の底から豪快に笑い声を上げた。
「ガハハハ!そうじゃとも、おじいちゃんじゃ!これからは親戚じゃ、じいじと呼んで構わんぞ!」
「いいの!?」
「もちろんじゃ!ワシもこんなに可愛い娘が出来て幸せじゃあ!」
その言葉に場の空気は一気に和らぎ、ぼくも知らず肩の力が抜けていた。本当にここに来てから王さま像が崩れゆく…いい方にだけど。王さまらしい威厳と圧はあるんだけど、とても温かいお人だ。
ほんわかしながらふと視線を向けると、セフィリア様がきらきらとした大きい碧い瞳でぼくをじーっと見つめていた。
「えっ、あ、あのう?」
「あっ……」
我に返ったように、慌てて顔を赤く染めてから伏せる彼女。ぼくも同じように視線を逸らし、胸の鼓動を必死に誤魔化す。どぎまぎしちゃう。二人してもじもじしていると王妃さまが微笑みながら話をしてくれた。
「セフィリアはね、あなたに興味津々なのよ。噂の黒薔薇姫にね」
「えっ?」
リュミエラ様が微笑みながら告げると、セフィリア様は耳まで真っ赤になっていた。でもぼくもまた体中が熱くなって同じくらい真っ赤だと思う。
「あなたに会うこの日を、ずっと楽しみにしてたの」
「お、お母様…!」
「……っ!」
そんなぼくたちを見ながら、王さま満足そうに微笑ましく頷いた。
「ワシは残念ながら職務で参加できんが、明日は当人同士でゆっくり過ごし仲を暖めるといい。リュミエラ、任せたぞ」
「はい、お任せください」
「ひゅっ…!」
「ふわぁ…!」
ぼくとセフィリア様のもじもじが加速した。視線を彷徨わせるぼくとセフィリア様の間に言葉にならない空気が流れていた。目が合えば慌てて逸らしてしまう。けれど、逸らした先でも互いの存在を意識せずにはいられない。胸の奥がきゅっと締めつけられ、熱を帯びて鼓動の音がやけに大きく聞こえる。
ぼくは落ち着こうとして、手元のグラスに伸ばした。……はずなんだけど、なぜかスプーンを掴んでそのまま無意識にジュースをすくい上げ口に運んでいた。何をしているんだと内心で叫び、慌ててグラスを持ち直すと今度は指先が滑って、かちん、と食器で音を立ててしまった。
その様子を見てた、セフィリア様がくすっと笑い、そして再び――目が合った。大きく澄んだ碧の瞳が、間近で揺れた。驚いたように見開かれ、次の瞬間には恥ずかしそうに伏せられる。その拍子に、白銀の髪がさらりと頬を滑り落ちた。
「あ……あの……」
小さく、消え入りそうな彼女の声。何か言おうとして、でも言葉を探すように唇を動かし、結局なにも言えずに俯いてしまう。その仕草ひとつひとつが、どうしようもなく愛おしい。
――か、かわいい…。
もう誤魔化しようもない。これは憧れでも、同情でも、責任感だけでもない。出会った瞬間に心を撃ち抜かれ、視線を奪われ、心が彼女の存在を中心に回り始めてしまった。
ぼくは、セフィリア様に恋をしてしまった。
その自覚が、胸の奥で静かに、しかし確かな重さをもって根を張った。同時に、別の感情がはっきりと形を成す。
――この人を、護りたい。
王女だからでも、婚約者だからでもない。この内気で、優しくて、少し震えがちな少女が、これ以上傷つくことのないように。その笑顔が、怯えではなく安心から生まれるものであるように。
未熟で、頼りなくて、動揺してばかりのぼくだけれど。それでも、この少女を護り、何よりも大切にすると――そのとき心に誓っていた。
ぼくたちを、王さまと王妃さま、そしてエルディア家の皆は、言葉を挟むことなくただ温かく見守っていた。からかうでもなく、急かすでもなく、二人の間に生まれた幼い感情を、大切なものとして受け止めるかのように。
この物語を読んで頂き有難うございます。
もし宜しければ、ブックマーク・評価を頂けると励みになり有難いです。
また、評価いただいた方、有難うございました!
今後ともよろしくお願いします。




