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黒薔薇の聖騎士 ー光より来りて闇を抱くー  作者: 霞灯里
第2章 母さまの秘密

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第45話 もう一人の精霊の御子

椅子に腰掛ける王さまと、その隣に静かに佇む王妃さまの視線を真正面から受けているぼくは、途方もない圧力を感じ、まるで逃げ場のない檻に入れられた気分だった。


視線が――重い。


鋭いとか怖いとか、そういう単純なものじゃない。長い年月と権威と覚悟が染み込んだ王族の眼差しが、逃げ場なくぼくを測っている。氷水に落とされたみたいに全身が強張っていた。


「ふっ、ふふふっ……」

「フフフッ……」


喉の奥から漏れる王さまの低い笑い声と王妃さまの穏やかな微笑みに、背筋がびくりと震える。


「本当に、セレナにそっくりじゃな。顔立ちも、佇まいも……お主、本当に男なのかのう?」

「お、男です……!」

「美しいのう、セフィリアにお似合いじゃあ!」


必死に否定した声は緊張で裏返り、そんなぼくを王妃さまが扇で口元を隠してにこやかにくすくすと微笑んだ。


「まあ……なんて綺麗な男の子なこと。黒薔薇の名がよくお似合いですわ。二人並べば、さぞ絵になるのでしょうね」

「えっ?」


何を並べるのか理解できないまま、頭の中が混乱していると、父さまが軽く咳ばらいをし柔らかい声で口を挟んだ。


「陛下、王妃様。どうか息子をからかうのはその辺りでご容赦ください。それより……セフィリア様は、まだお見えには?」

「あっ」


その言葉に、王妃さまはふと視線を会談室へ入室してきた扉へ向けた。扉は完全には閉じられておらず、わずかな隙間の向こうから、淡い光を放つ光の精霊が行き交っている。


「ふふっ、あの娘は恥ずかしがっていてね、心の準備をしているのよ」


そうなの…。


さっきから扉の奥の方から沢山の光の精霊がこの部屋と向こう側を行き来している。踊るように嬉しそうに。そして扉の裏側からチラチラとこちらを窺う気配と感じる視線。一瞬目を合わせられたけど、透き通るような碧の瞳が驚いたように見開かれ、すぐに引っ込んじゃった。


「セフィリア、大丈夫よ。おいでなさい?」

 

王妃さまが、扉の向こうへ穏やかに声をかける。扉に注がれる皆の視線に緊張しているのか、しばらくの静寂が続いた。光の精霊たちが扉の方へ飛んでいき、まるで背中を押すようにくるくると舞っている。


そして――意を決したように少女が、ゆっくりもじもじと姿を現した。


その瞬間、ぼくは息を呑んだ。


白銀の髪は月光をすくい取ったように柔らかすで、腰に届くほど長く伸びている。一本一本が細く光を受けて淡く輝き、動くたびにさらさらと音もなく揺れた。大きな碧の瞳は少し垂れ目がちで、穏やかさと儚さを同時に宿し、こちらを恐る恐る見つめている。白磁のような肌。蕾を思わせる小さな唇。飾りを抑えた白いドレスと、胸元に下げられた聖晶、そして大事そうに抱えられた真っ白な小杖。


天使のように整った姿は作り物めいているほど美しく、それでいて確かに息づいている温もりを感じさせた。周囲を舞う沢山の光の精霊たちが、その存在を祝福するように淡く光りながら寄り添っている。


――精霊の御子だ。間違いない。


「……セ、セフィリアと申します……よろしく……お願いいたします」


小さく控えめな声で名を告げると、彼女はぺこりと頭を下げた。


そんな彼女が顔を上げぼくと目を合わせた瞬間、胸が強く締め付けられた。会談室の荘厳さも、王の威圧も緊張も、すべてが遠のき視界に彼女しか映らなくなった。見つめ合い固まっているぼくたちを見て、王さまが愉快そうに笑った。まずい、完全に見惚れてしまっている。


「ふふ……セフィリアは引っ込み思案でな。繊細で優しすぎる娘じゃ。どうか、よしなに頼むぞ」

「は、はい……!」


返事をしながらもぼくの目は彼女を追ってしまった。そのたびに脳裏に怒れるジェシカの顔がちらついて背筋が冷えたんだけど…。けれどそれでも心は止まらなかった。


くそう、チラチラと見合うぼくたちに、その場の皆が面白そうに微笑んでいた。様子を伺う限りは彼女はまだ精霊は見えてないようだけど、空間に満ちる何かを感じ取っているように思えた。


「セレナ、どうかのう?セフィリアは御子だと確信しているのじゃが…」

「ええ~、間違いありませんわ~!」


母さまが嬉しそうに告げると、王さまは一層上機嫌に笑い声をあげる。


「まぁ、この場ではその話は控えておこう。セフィリアを頼んだぞセレナ」

「お任せください~!」


きょとんとしているセフィリアさまとメルを見ながら王さまは言った。そうだ、精霊の話はナイーブなんだよね。王さまはその辺りもしっかりしているみたい。




会談は終始穏やかに進み、ノルヴェルン領の話題や信仰の在り方について語られていく。王さまはすごく上機嫌で父さまと母さまも落ち着いて応じていた。穏やかで和やかで、ぼくは緊張がほどけ何だか王さまが親戚のおじいちゃんに見えてきた。


セフィリア様は控えながらも、エルディア家の面々を落ち着きなく順繰りに見回しながら、最後にぼくを再び見つめると頬を赤く染めていた。目が合うたびに、胸が跳ねてしまう。あまりにも、可愛すぎる。


「本当に……お似合いの子じゃな」

「ええ、本当に」


王さまと王妃さまがぽつりと微笑みながら漏らした。ぼくと彼女は二人同時に顔が赤くなる。セフィリアさまは耳まで真っ赤だ。王さまの言葉に胸の奥がくすぐったくなり、同時にこれから先に待つ運命の重さをぼんやりと感じ取っていた。


やがて、王の声が低くなり場の空気が一変する。


「さて、婚約の話だが異存はあるまいな?エリオス、セレナ。そしてステラよ」

「はい、大変喜ばしいことです」

「はっ、はいっ!!」


父さまが即答し、ぼくは前のめりの勢いで返事しちゃってまた恥ずかしくなった。


「セレナよ、セフィリアを大事に育ててほしい、穏やかなノルヴェルンの地で」

「はい~、こんなに可愛らしいお姫様を預かれるなんて光栄ですわ~!」

「お、お願いします…!」


のんびりした母様の声に、セフィリアさまがキラキラした羨望の瞳で見つめた。そうだった、セフィリアさまは母さまのファンだ!


「儂らもいずれはノルヴェルンへ旅行に行きたいのう、いや行くぞい」

「行きたいですね、セフィリアが恋しいわ」

「…父様と母様と離れるのは寂しいです…」


セフィリアさまが少し悲しそうにそう言った。そんな彼女の頭を撫でる王妃さま。ぼくと同じ年、親元を離れるのは不安で寂しいに違いない。こう見ていると、王家がとても温かで普通な家族にしか見えなかった。だからこそ、光の精霊たちはセフィリアさまを愛したんじゃないだろうか?


ほんわかしていると、不意打ちのように王さまが零した発言に再び固まってしまった。


「将来的には、ノルヴェルンを王家直属の領地とし、我が国の聖地とする」

「はっ」

「……はっ???」


「王家の直轄領だ、何者にも手出しをさせぬ。そして信仰の地を王都から聖地ノルヴェルンへと移管する」

「はっ」

「……はい???」


「エルディア家に内政や権力の干渉は不可、完全に政治から切り離す。またその逆も然り」

「はっ」

「……???」


「そしてゆくゆくは、第三の公爵家となるだろう。王家の力でそれを成す。たとえ反対勢力がいようとも」

「はっ」

「……」


もう分らない。大人たちの言葉の意味は、ぼくには理解できません…!


王さまと父さまが何かを話しているけどぼくは理解することを諦めた。ただ一つ、ノルヴェルンを聖地とする。その言葉の重みだけは確かに胸に刻まれ感じられた。


ふと視線を上げると、セフィリア様が不安と期待の入り混じった表情でこちらを見ていた。目が合うと、戸惑いながら恥ずかしそうに、彼女は小さくそっと微笑んだ。


その笑顔は儚く、あまりにも美しく、あまりにも可憐で――ぼくはこの少女を守りたいと、心の底から思った。

この物語を読んで頂き有難うございます。

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