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黒薔薇の聖騎士 ー光より来りて闇を抱くー  作者: 霞灯里
第2章 母さまの秘密

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第44話 王さまとの家族会談

エルディア家一同を乗せた馬車は、貴族街の石畳をゆっくりと進んでいた。後方には執事のアルフレッドさんと、数名のメイドが乗る馬車が続く。白亜の城は、水路の橋を渡り近づくほどに現実感を失わせた。


真っ白な外壁は街のどの建物よりも高く、厚く、空を切り取るようにそびえ立っている。磨き上げられた石肌は陽光を反射し、まるで光そのものが城を形作っているかのようだった。塔、塔、塔――数える気も失せるほどの数が天へ伸び、その威容のすべてが「ここは王の城だ」と無言で告げている。


馬車の中、ぼくは膝の上で指を絡めていた。心臓が、さっきからずっと早い。


「……すごいね……」


思わず漏れた声に、隣のメルがぴょんぴょん跳ねて窓に張り付いたまま振り向く。


「おっきー! ほんとに雲まで届きそう!」

「はしゃぎすぎよ、メル、落ち着きなさい」


そう言いながらも、姉さまの声もどこか硬い。父さまは腕を組み、城を見上げて静かに息を吐いた。


「――初めてだと、城の圧を感じるだろう」


騎士に案内され外門を抜け、庭園を横切り、正門前で馬車を降りる。徒歩に切り替わった瞬間、空気が変わった。音が吸われ、足音すら遠慮がちになる。精霊たちも、先ほどまでのはしゃぎようが嘘のように大人しく、ぼくたちの周りに寄り添っている。


「ステラ、大丈夫?」

「う、うん……たぶん……」


姉さまが小さく声をかけてくれたけど、自分が返した言葉に苦笑しそうになった。




城内は、荘厳の一言では足りなかった。高い天井、連なる柱、白と金を基調にした回廊。壁には歴代王の肖像画や彫像、戦と平和の場面を切り取った巨大なタペストリーが並ぶ。どれもが「王国の重み」を誇示している。あちこちで聖職者や騎士、文官たちが忙しなく行き交っていた。


右へ、左へ、階段を上がり、また曲がる。案内のメイドの足取りは迷いがなく、こちらがどれほど方向感覚を失っていようとお構いなしだ。


「……帰り道、覚えられる気がしない」

「覚える必要はないさ。迷わせるのも、城の役目だ」


ぼくがぽつりと言うと、父さまが優しく笑った。




随分と城内を歩き、「こちらが、エルディア家の皆様のお部屋でございます」と案内された宿泊の部屋は、ひとつの邸宅かと思うほど立派だった。広い居間に、落ち着いた調度品。窓からは城の内庭が見え、噴水の音がかすかに届く。奥の方に寝室が幾つかあった。


「やっとついたわ~、ほっとするわね~」

「この辺りは、セフィリア様のお住まいの近くだな」


……えっ、近くにいるのぉ!?


顔が熱くなるのが自分でも分かる。母さまが肩の力を抜くようにと微笑んでいるが、ぼくの胸の内はまったく落ち着かなかった。


「そんなに緊張せずに大丈夫だ。これは非公式の内輪の会談だからな」

「で、でも……」


紅茶を飲んでも、緊張してまったく味がしない。




――ここからが本番だ……。


ほどなくして「会談の準備が整いました」と呼びがかかり、再び移動。今度は短い距離だった。重厚な扉の前で立ち止まった瞬間、冷や汗が流れた。


会談の部屋は、簡潔で、それゆえに恐ろしかった。余計な装飾はなく、長い机と椅子だけ。メイドさん達が紅茶を準備してくれた。だが、この雰囲気が「王の場」であることを疑う余地がない。


高い天井、白い壁、磨き上げられた床。そして真正面には大きな扉が見えた。余分な装飾はないが、その静謐さこそがこの部屋の格を物語っている。王さまが言葉を与えるための部屋に思えた。


ぼくたちは横一列に座っていた。中央に父さま、その左に母さま、右にぼく。流石にメルも口を開かない。ただ、背筋を正し、息を殺して待つ。


――王が、この会談を望んだ。その事実が、じわじわと重くのしかかってくる。


やがて待つ暇も無く、何の前触れも無く扉の向こうで、音がした。衣擦れと金属がわずかに触れ合う、重く、低い音。次の瞬間――扉が勢いよく開き、空気がより重く感じられた。


現れたのは、白。


白髪、長い白髭、白を基調とした王衣。だがその白は、柔らかさでだけではなく、荘厳と威光の色だった。背は高く、年齢を感じさせない直立した姿勢。一歩、また一歩と踏み出すたび、床がわずかに鳴る。その音が、やけに大きく聞こえた。


――この方が、この国の頂点。アルクス・セレスティア国王陛下。


視線が、ゆっくりとこちらに向く。その瞬間、胸の奥を鷲掴みにされた。視線は鋭く、深く、底が見えない。王という存在が、個人ではなく概念としてそこに立っている。


――息が詰まった。緊張が頂点に達した。


王さまは卓の前に立ち、しばしこちらを見渡した。その沈黙だけで、十分すぎるほどの圧だった。


――そして。ふっと王さまの目元と口元が優しく緩み、とても嬉しそうに声掛けがされた。


「よくぞ……、よくぞ来てくれた、エルディア家の皆!」


低く朗々とした声。部屋の隅々まで届き、反響し、それでも耳に優しく残る声。


「余が、そなたらとどうしても会いたくてな!この日を待ちわびたわい!」


その言葉と雰囲気に、一瞬で空気が和らでいった。


「エリオス、今日も変わらぬ顔だな!このところ毎日のように顔を突き合わせておきながら、こうして家族揃いで来られると、また違って見えるものだ!」

「そして……おお、セレナも健やかそうで何よりだ!相変わらず美しいのう!」


ぼくたち家族一人ひとりを、きちんと見て声をかけ始めた。それが逆に、ぼくの緊張が増す。


「娘君たちも揃ってとは、実に嬉しい。余はな、子供というものが大好きでな!」

「ほう、君がステラート君か、セレナによく似ておるのう……、何とも、とても可愛らしい!」


そう言って、嬉しそうに目をキッラキラに輝かせながらぼくを見つめて王さまは笑った。可愛らしいって言われた……。


「今日の会談は形式ばったものでは無い。堅苦しい場は好かん。余が、どうしてもエルディア家に直接会って話をしたかったのじゃ!」

「……ほら、大丈夫だろう?この場は、まずは肩の力を抜くといい」


父さまが、ぼくたちに小声で囁いた。


――王さまが熱望した会談。その言葉が胸に落ちた。そしてその熱が丸ごと伝わってくる。


「さあ、楽にしてくれ。背筋が折れそうだぞ?ここでは王ではなく、ただの老人だと思ってくれて構わん」


そう言って、豪奢な椅子に腰を下ろした王さま。その所作ひとつひとつが洗練され隙がないのに、不思議と威圧だけは残している。でも表情から滲む優しさと温かさに、肩の荷が軽くなって少しだけ緊張が引いた。


「もう~、はしゃいで先に行くんですから~」


と呆れたように微笑みながら、ドレスの僅かな衣擦れと共に入室してきた、第三王妃リュミエラ様ーーー


白銀の髪は柔らかな光を受けて淡く輝き、若くてとても美しく触れれば壊れてしまいそうな繊細さを感じさせた。澄んだ青の瞳は静かな湖面のように穏やかで、人を思いやる優しさだけが宿っているように見えた。


落ち着いた優しい微笑を浮かべながら、リュミエラ様もぼくたちに視線を流し王さまの隣の席へとそっと腰を下ろした。


「改めて言おう。よく来てくれた、エルディア家の皆!」


王さまは満足そうに頷いた。


「今日という日は、余はとても楽しみにしていた日だ!」


その視線が、ぼくの方に向いた。


「特にな……」


にやり、と年相応の茶目っ気を含んだ笑みを浮かべた。思わずエルフ学者の顔が頭を掠める。


「噂の“ノルヴェルンの黒薔薇姫”を、この目で見たくて見たくて……しょうがなかったのじゃ!」


――心臓が跳ね上がり、表情が引き攣った。

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