第43話 黒薔薇の防衛戦 第二幕
黒薔薇さんを刺した花瓶を別室に置いて、私室でそおっと髪を一房摘み自分でハサミを通そうとする。
ぺしん。
すぐさまに定位置に瞬間移動してきた守護神がそこには居た。手段をかえて《ヒール》をかけて、聖水にたっぷりと浸して、沢山撫でてからから、再度トライ。
ぺしんぺしんぺしん。
あああーーー!!!
遠くに置いても、どれだけやっても、何をしたって、黒薔薇さんが髪を切らしてくれない!
「ねっ、ねえぇ!黒薔薇さぁん、お願いぃぃ!!」
広い私室に、ぼくの情けない悲鳴が響き渡った。
「お願い、髪を切らせてえ!明日は王女様と顔合わせなんだよ!このままだと誰が見ても女の子みたいでしょ!? 」
必死に訴えるぼくを、家族全員が冷めたように遠巻きに見ている。みんな揃って怪訝そうな反対の顔で。……なんで!?助けてくれないの!?
結局は強硬手段、メイドさんにお願いしてどうにか切ってもらうことにした。こうして、ぼくの髪を巡る――黒薔薇さんの防衛戦、第二幕が開幕した。
鏡の前の椅子に座り、左右からメイドさんが二人がかりでハサミを構える。ちょき……ちょき……と、まるで獲物を狙う猫のように、慎重ににじり寄ってくる。
そしてぼくの両肩から、にょき、にょきりと芽が顔を出し、黒薔薇さん二輪が「ふぁっさあ」と花びらを広げゆっくりと立ちはだかった。
「わわわっ」
「きましたよっ」
更にどこからともなく、わーっと集まってくる闇の精霊さんたち。きらきら、ふわふわ、わらわらと、まるで観戦客のようにはしゃいでいる。
メイドさんの手が迫りぼくの髪に触れそうになった瞬間――てしてしてし!
黒薔薇の蔦が正確無比に二人のメイドさんの手を払い、ハサミを叩き落とす。どれだけやっても、角度を変えても距離を詰めても、時間差で攻めても――てしてしてし!
黒薔薇の蔦は完璧にメイドさんを制圧し、器用にハサミを奪い、ぼくの髪を守り抜いた。どうやら黒薔薇さんにとって、ぼくの長い髪は絶対不可侵領域らしい。
「……これは、無理ですねぇ……」
「あ、諦めないでェ!」
その様子を初めて見ていた父さまと姉さまは、その一部始終を凝視しながら笑いを堪えるように二人揃って顔を真っ赤にし、頬を膨らませると「くっ……!」と横を向いた。ねえぇ!?
一方で、フィオルナさんは最悪だった。
「あぁっはははは! 最っ高ぉっ!ひっひいいぃーー!!」
何の遠慮も無く大爆笑が始まった。机をばんばん叩き、床をごろごろ転がり、ぼくの周りをくるくる回りながら目に涙を溜め高笑いだ。その震える手元ではノートが開かれ、猛スピードで何かを書き込んでいる。研究しないでぇ!?記録に残さないでぇ!?
長い攻防の後に撤退したメイドさんに代わり――「どれ……」と、父さまがハサミを受け取った。そして、ちゃっとハサミを指で回すと、ぼくに視線を向けた。
……おお!父さまならいける、 絶対にいける!やった!
一瞬、風が揺れたと思った次の瞬間、父さまはぼくの側面に――もう、いた。
でも一瞬で側面に現れたはずの父さまに、既にいつの間にか黒薔薇の蔦が腰と手首と足首に絡みついていた。
「なにっ!?」
「ええっ!?」
父さまが「ひょいっ」と軽々と宙に浮かされた。と、父さまぁ!?父さま捕まえちゃったよ!黒薔薇さぁん!?
そして、暫くしてそっと床に降ろされた父さまは「ふむ……」と呟き顎に手を当て、一度だけ頷いた。そして、ぼくに向かってキランと微笑みかけた。
「ステラ、これは無理だな。諦めよう?」
「父さまぁぁぁーーー!?」
「何の問題もないわよ? 長い方が可愛いわ」
「姉さまぁぁーーー!?」
「そうよ~? とっても似合ってるもの~!」
「か、母さまぁ……」
完全敗北だった。
ええ、ほんとにこの髪のまま会談にいくの……?この女の子のような髪型を、何で誰も否定しないの……?
そして翌日。
ついに王さまとの家族会談の日が訪れた。予定は昼過ぎ。そして――王城になんと三日間滞在。
王さまが、エルディア家の一同全員に会いたいと望まれたらしい。「それだけ、我が家と関係を深めたいということさ」と父さまは微笑みながら言った。
朝食を終えると、すぐに身支度が始まった。黒薔薇さんは一旦、専用の花瓶へと刺す。名残惜しそうに花びらを揺らしながら、静かに待機。
メイドさんたちが一斉に動き出す。まずは下衣、次に礼装、細部の調整。時間をかけ、何度も鏡で確認しながら、丁寧に整えられていく。
エルディア家の正装は、月白を基調に、銀糸の刺繍をふんだんに施したもの。白すぎず、冷たすぎず、光を受けると静かに輝く、威厳ある色合い。胸元や袖口には、家紋を象った淡い蒼銀の装飾。派手ではないのに、圧倒的に“格”を感じさせる。
――王と相対するに、相応しい装いだった。
髪を梳かれ整えられた最後に。すっと、黒薔薇さんが左耳の上の定位置へ戻ってきた。誇らしげに、大きく花びらをきらりと広げる。
……うん。鏡に映ったぼくはどこからどう見ても、黒薔薇の花飾りをつけた男装の女の子だった。
いいの、これぇ!?
衣装を汚さないよう気をつけながら、早めの昼食をとり、いよいよ出立の時。中庭に、白銀の装いのエルディア家一同が揃う。
父さまは威厳ある王子然とし、母さまと姉さまのドレスは息を呑むほど美しい。メルは、まるで絵本から出てきたように可愛らしかった。……家族で色を揃えた理由が、はっきり分かった。これは一家として、王城に赴くための装いだ。
フィオルナさんは流石に同席はしないけど、別件で王城へ向かうらしい。ここでは別行動だ。
父さまが一歩前に出て、静かに言った。
「では、行こう」
「はい!」
ぼくは気を引き締めると、白と銀に彩られた豪奢な馬車に皆で乗り込み、王城へと向かった。
――王さまと王女さま、そしてぼくたちの未来に会いに。
逃げない。もう、覚悟は決めた。エルディア家の一員として、セフィリア様を護り隣に立つために。
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