第41話 セフィリア様の境遇
夕食の席で「もう大丈夫です!」と宣言したぼくの、どこか吹っ切れた笑顔を見て、父さまと母さまは安堵したようだった。相変わらずニヤニヤしているエルフ学者を一睨みすると、彼女はわざとらしく肩をすくめてみせた。腹立つ!
王都には国中の名産が集まるらしく、見たこともない食材と豪奢な料理が次々と並んだ。……こんな時じゃなければ感動していたと思う。本当に、びっくりするほど美味しかった。
人払いがされ食事を進めながら、父さまは静かに口を開いた。
「ジェシカのこともあるが……今は、陛下との会談に備えてセフィリア様の話をしておこう」
自然と、皆の手が止まった。
「この“徐爵”と”婚約”が意味することは、単純だ。――我がエルディア家が、セフィリア様を王家の政治や権力争いから切り離し、ノルヴェルンで匿い、穏やかな日々を護り抜く、まずはそれだ」
こくりと、ぼくたちは頷いた。
メルもよく分かっていないはずなのに、真剣な顔で一緒に頷いている。
「王家というのは、王族だけを指す言葉ではない。正確には、王族と――二つの公爵家。その三者で成り立っている」
父さまはそう前置きし、二大公爵家について語り始めた。
軍事を司る《聖騎庁》の主、ヴァレオン公爵家。
軍務宰相を輩出し続け、“剣の宰相”の異名を持つ家。
信仰を司る《聖王庁》の主、エクレシオ公爵家。
聖務宰相を担い、“祈りの宰相”と称される家。
「この二家は……水と油だ」
父さまは短くそう言い、苦笑した。
「軍か、信仰か。剣か、祈りか。王の御前ですら互いを牽制し合い、些細な法案一つで激しく衝突する。互いに“王を国を支えているのは自分たちだ”と、思っているからな」
セレスティア聖王国は、王族と二大公爵家による三極の均衡で成り立っている。だがその均衡は、常に軋み、火花を散らしているらしい。
「時代の王は慣例として、この二大公爵家からそれぞれ妃を迎える。一人は正妃、もう一人は側妃としてな」
初代聖女の血を繋ぎ、王家の“純血”を保つための婚姻、血族婚。そうして代を重ねてきた結果――王家の聖属性のマナは、今や枯れかけているという。
「……その王家の中で、セフィリア様は」
父さまの声が、わずかに沈んだ。
「二大公爵家ではない、陛下の寵愛を受けた子爵家出身の側妃の御子としてお生まれになった……争い合う王家への皮肉のように」
公式に迎えられた妃。だが、後ろ盾の弱い家の出身――それだけで、王宮では立場が決まってしまう。
「正妃と側妃、合わせて三人の妃。王子が三人、王女も三人。――その中で、最も軽んじられ、最も冷遇されているのが、セフィリア様だ」
胸の奥が、きゅっと締め付けられた。
「妾の子などという下卑た言葉で陰口を叩く者もいるそうだ」
王様はセフィリア様を守るため、病弱という名目のもと、王宮の奥へと――二大公爵家の目と、権力の視線、争いから遠ざけたという。ぼくは思わず、拳を強く握りしめていた。
すると父さまは、さらに重い言葉を続けた。
「それだけではない、ステラ。もし……そんな弱い立場の者が、聖属性のマナが枯れゆく王家の中で、実は随一の力を秘めていたと知られたら、どうなると思う?」
「……ま、まさか……」
「最悪の場合――亡き者にされる」
空気が、凍りついた。
父さまは、ゆっくりと紅茶を置いた。
「……聖女だからではない、陛下は娘としてセフィリア様を愛しておられる。だからこそ、ここまで徹底して秘匿された。守るために、煩わしい全てから遠ざけたのだ」
胸の奥に、じわじわと現実が染み込んでくる。
――セフィリア様は、護られるべき王女でありながら、その実は常に危険の中にいた。
……そんな場所で、ずっと生きてきたんだ。
「……」
言葉が、出なかった。
この婚約は、名誉でも、打算でもない。セフィリア様を王宮の外へ連れ出すための“救出”なのだ。少しずつ――この縁談の本当の意味と、国の歪みが見えてきた。
セフィリア様……そんな冷たい世界で、どんな思いで生きてこられたんだろう。
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