第40話 二人の聖騎士
王さまと王女様……――婚約者との会談!?
その言葉を聞いた瞬間、さっきまで何とか保っていた平静が、再び音を立てて崩れ落ちた。
再び、体が小刻みに震え出す。だめだ、無理。心も頭も、完全に追いついていない。涙が滲み、必死に息を整えながら、ぼくは声を絞り出した。
「ちょ、ちょっと……待ってください……!」
どうしても、頭から離れない。勝ち気で、意地っ張りで、でも本当は優しい――赤毛の幼馴染の綺麗な顔が。旅立つぼくを見送りながら、寂しさを隠すようにぷいっとそっぽを向いた、あの表情。
「ぼ、ぼくには……!ジェシカが……っ……!!」
言葉を続けようとするのに、喉が詰まり、息ばかりが空しく漏れる。頭の中が真っ白で、想いだけが、どうしようもなく溢れてくる。
その時だった。
すっと、母さまが立ち上がり、父さまの隣に腰を下ろすと、ぼくの方を見て柔らかく微笑んだ。
「……それとね~、話しておくことがもう一つあるわ~」
――まだ……あるの?……もう限界なのに。
「それは~……ジェシカのことよ~」
「そうだ、婚約こそしていなかったが、二人は確かに……仲を育んでいたね?」
「は、はいぃ……!!」
ジェシカの名前を聞いた瞬間、反射的にピンッと背筋が伸び、顔が熱くなる。
「陛下の許可を得てな、秘匿すべき部分を伏せたうえで、アルブレイン家には今回の件を早馬で伝えてある」
「……えっ!?」
「アルブレイン家と、ジェシカがどう判断するかは分からない。だが――」
父さまは一拍置いて、はっきりと告げた。
「陛下とセフィリア様は、“側室”を一人迎えること”までも了承された」
「……えっ……?」
「王族を相手に、本来はあり得ない話だ」
……そ、側室ぅ!?頭が、完全にフリーズする。
「だが、既に婚約者候補の幼馴染がいると話したところ、そこまで譲歩してくださった」
「私も~、絶対に譲れなかったからね~」
「それを受けて私は、アルブレイン家へ正式に縁談の申し込みをした」
「――ぶぅっ!!?」
頭の中で、何かが爆発した。
も、も、もう一つ縁談あったのぉーーー!!?
「それだけは譲れなかったのよ~、ジェシカの心を掴めるかどうかは~、ステラ次第よ~?」
母さまが、悪戯っぽく笑う。
「頑張りなさい~!」
「……そうだステラ、最後はお前次第だ。彼女を離したくないなら、誠意をもって自分の気持ちを伝えなさい」
父さまが「フフッ」と格好よく微笑む。
「これが、ジェシカとの――唯一の、最後の機会だ」
――もう、無理ぃいい!!!心臓がうるさくて、頭も体も熱くて、何も考えられない!!!
二人の言葉が、とどめとなって、ぼくはその場で完全に処理限界を超えた。
ぐらりぐらりと揺れて視界がかすむ意識の中で、再びニヤニヤと楽しそうに笑うエルフ学者の顔が見えた気がする。……絶対、楽しんでるよね!
他にも話すことはあったようだけれど、混乱しきったぼくを見て、この日の話し合いは一旦、ここでお開きとなった。
「……本当、とんでもないことになっちゃったなぁ……」
用意された私室。大きなベッドに横になり、頭の黒薔薇をそっと撫でながら、ぼくは天井を見つめて黄昏ていた。
気持ちは少し落ち着いたけれど、心の奥がまだざわざわしている。ジェシカの名前を思い浮かべるだけで、胸がきゅっと締め付けられた。
その時、控えめなノックの音がした。「ステラ~?」と、姉さまの声だった。
部屋に入ってきた姉さまは、ベッドの縁に腰を下ろすと、寝転ぶぼくの髪を、優しく撫でてくれた。
「……大変だったわね」
「姉さまは……いつから、このことを知ってたんですか?」
「王都に来て、学園に入学する頃ね、父さまから聞いたわ」
「……精霊のことも?」
「うん、それは、ノルヴェルンで父さまと特訓していた時」
姉さまは、「私には、精霊は見えないけれど」と少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「父さまはね、あなたを……そして家族を護るために、ずっと私を鍛えてくれたの。必ず、大きな出来事が起きるって」
「父さまが……?予想していたの?」
「ええ。私は、エルディア家を護り抜くと、騎士として剣に誓ったわ」
一拍置いて、姉さまは凛とした真剣な眼差しで真っ直ぐにぼくを見つめた。
「……でもね?あなたも、護るのよ。聖女様とジェシカを……男として――騎士として」
「――!!」
「ステラこそが二人の護衛騎士……聖騎士よ」
――胸を強烈に強く叩かれ、一気に熱いものが込み上げてきた。
一瞬で意識が目覚め、迷いも、不安も、全部ひっくるめて、覚悟に変わっていく。がばりと勢いよく身を起こした。
「……ありがとう、姉さま……!」
そうだ。ぼくが愚図って、逃げてどうする。二人の女性の未来に、責任を持つのは――ぼくだ。
「頑張りなさい」
姉さまは、立ち直ることを最初から分かっていたかのように、ふふっと優しく微笑んだ。
……ああ、その笑顔、本当に父さまにそっくりだ。
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