第39話 赤い髪の幼馴染と見知らぬ王女様
婚約者となる第三王女のお名前は、セフィリア・セレスティア様――。
その名を何度か頭の中で反芻しているうちに、この婚約が冗談でも、夢でもないのだと、ようやく実感が追いついてきた。
そんな僕の脳裏に浮かんだのは――
「早く帰ってくるのよっ!」
ぷいっと顔を背けながら、どこか寂しそうに、でも意地を張った声で王都への旅行を見送ってくれた、赤い髪の綺麗な幼馴染の姿だった。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
……ジェシカの顔が頭に浮かんで離れない。
自惚れかもしれない、でも心のどこかでずっと思っていた。
――将来は、きっとジェシカと一緒になるんだろうな、って。
特別な約束があったわけじゃない。告白なんて、もちろんしたこともない。それでも、物心ついた頃から当たり前のように隣にいて、喧嘩して、笑って、泣いて、家族のように一緒に過ごしてきた。
時々からかわれると、すぐ真っ赤になって怒るくせに、ぼくが落ち込んでいると、何も言わずにそっと隣に座ってくれる。強気で、ちょっと不器用で、でも本当は、とても優しい。
……ただの玩具みたいに思われてただけかもしれない。
それでも――
彼女の存在が、ぼくの中でこんなにも大きくなっていたことに、今さら気づいてしまった。
胸の奥が、じんわりと痛む。
――ああ、これが、そういう気持ちなんだ。
そんなぼくの沈黙に気づいたのか、父さまは紅茶を一口含み、静かに言葉を選ぶように話し始めた。
「……もう少し、セフィリア様について話をしておこう」
話題が切り替わる。
「陛下は、セフィリア様を体が弱いなど理由をつけて、公の場には決して出されなかった。彼女の存在は徹底して秘匿していたらしい。私も詳しくは知らなかったよ。知っていたのは、王族のごく一部だけだ」
「……そんなに特別な方なんですか……?」
思わず、声が小さくなる。
「セフィリア様の周囲では、不思議な現象が幾度も起きている、……セレナの時とよく似たものだ」
「えっ……?」
「まだ精霊が“見える”わけではないようだな」
思わず目を見開いた。
「だが、王城の宝物庫に厳重に保管されていた”光の杖”が、ある日突然、彼女の元に現れたそうだ。これを以って陛下は確信された」
「ええっ!?」
思わず、ばっと母さまを見る。母さまも同じように驚いた顔をしていた。
「陛下から一連の話は聞いたが……それでも私は、ステラに、そして我が家に相応しくないと判断すれば、縁談は断るつもりだった」
「……えっ?」
「だから、セフィリア様に直接お会いしたのだよ」
「直接……!?」
くすりと父さまが微笑む。
「当たり前だろう。大事な息子の婚約だ、慎重にもなるさ」
……父さま、やっぱり格好いい!
「実際にお会いしたセフィリア様は……とても優しく、穏やかで、これ以上ないほどステラにお似合いに見えたんだ」
「ええっ!?」
「雰囲気がよく似ているのだ、セレナと、そしてステラに……、他人とは思えないほどにな」
「……母さまに、似てる……?」
「セレナやノルヴェルンに強い憧れを抱いていてね、彼女自身が、強く降嫁を望まれていたよ」
「……どうして、ノルヴェルンに?」
父さまは少しだけ言いにくそうにしてから、答えた。
「……“ノルヴェルンの奇跡”の物語が、大好きらしい。私と会った時に、とても喜ばれていた」
父さまと母さまが揃って頬を染め、ふいっと顔を逸らした。
……あまりに分かりやすすぎて、思わず吹き出してしまった!
父さまは咳払いを一つして、話を戻す。
「……それでな、五日後に陛下との内々の両家会談が予定されている」
「――はっ?」
……えっ!?
「王族とエルディア家の、私的な会談だ。つまり、ステラとセフィリア様の顔合わせになる」
「えっ、えええぇっ!?」
「皆に王都まで来てもらったのは、その為さ」
五日後――!?
王さまと!?
王女さまと!?
顔合わせ!!?
……ま、まだ、そんなとんでもないイベントが、残ってたの!!?
胸の奥がまた別の意味でぎゅっと締め付けられた。赤い髪の綺麗な幼馴染と、見知らぬ王女様の名前が、頭の中で、静かに交差していく――。
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