第3話 黒薔薇の咲く丘
――騎士のように剣を振るうことだけが「強さ」じゃない。
人を癒し、支え、立ち上がらせる力もまた、立派な“強さ”なんだ。
訓練のたび、父さまはそう言っていた。
僕は剣がほんとにダメだ。
体力無くて足は震えるし、木剣は重くてすぐ腕がプルプルする。
それでも、騎士に憧れた。
父さまや姉さまがまっすぐ剣を構える姿がかっこよくて。
それに比べると、聖魔法には母さま譲りの才がある。
聖なる光がふわっと広がると、胸の奥まで静かに満たされていく感じがする。
だから――そろそろ決めなきゃ。
この国〈セレスティア聖王国〉は、建国の聖女を信仰の中心に置いた神聖国家。
“光の教え”を広める〈セレスティア教〉が国を支え、
癒しを司る聖職者と、守るために戦う聖騎士――
二つの“光の翼”が国の守護を成している。
「……ぼくは、聖職者になる。癒し手になるんだ」
そう呟いたのは、街を見下ろす丘の上。
〈星見の丘〉と呼ばれるそこは、姉さまと何度も走った、思い入れのある場所。
今日は一人。
風がやさしく吹いて、草の匂いがした。
寝転がって、青空に手を伸ばしてみる。
――ちっちゃくて女の子みたいな手だなぁ、
そんなことを思いながらぼんやりしてた時。
「……あれ?」
視界の端に、黒い影が見えた。
朝露をまとった草むらの中に、ひときわ強く光る一輪の花。
それは――漆黒の薔薇。
黒なのに、陽を受けると紫の光をまとう。
まるで、夜の星を閉じ込めたみたいな輝きだった。
「うわ……きれい……」
思わず息をのむ。
近づいて見ても、やっぱり宝石のようだ。
「……きみ、いつからそこにいたの?」
思わず話しかけていた。
もちろん、返事なんてない。
けど、風がそよいで花びらが小さく揺れた。
「すごく綺麗だねぇ」
つぶやきながら、なんとなく〈ヒール〉の聖魔法をかけてみる。
淡い光が花びらの上に落ちて、黒にほんのり紫の輝きが混じり光る。
「わぁ、気持ちいいのかな?」
魔法をかけながら触るとまるで笑ってるみたいに、
薔薇が小さく震えどこかで鈴みたいな音が聞こえた気がした。
「また、来るね!」
立ち上がると、風が背中を押した。
それからというものの、僕は毎朝の日課のたび、黒薔薇に会いに行くようになった。
「おはよう」「今日も元気?」なんて声かけながら。
剣が下手なこと、姉が忙しくてかまってくれないこと、
ジェシカに馬役やらされたことまで、何でもおしゃべりしてた。
「ほんときみは綺麗だなぁ。宝石みたい」
〈ヒール〉をふわっとかけて、魔法で清めた聖水を撒き、
丁寧によしよしと撫でてあげる。
「また明日ね。いっぱい陽を浴びるんだよ」
丘を駆け下りる僕を、黒薔薇は静かに見送っていた。
まるで――優しく見守るように。




