第37話 父さまのお話
「姉さまー!」「お姉さま~!」ぼくとメルは声をそろえて叫び、ほとんど同時にアンリ姉さまへと飛びついた!
「ふふっ、久しぶりね。二人とも元気そうで何よりだわ」
姉さまはそう言って、まずメルを、次にぼくを順番に抱きしめる。そしてぼくの頭に手を伸ばすと、長く伸びた髪を指に絡め、くるくると巻き遊びはじめた。
「話は聞いたわよ~、髪本当に伸びたわね~!母さまにそっくり!」
「ちょ、姉さま……!」
むっとした顔を作ってみせても、姉さまはまったく気にしない。今度はぼくの耳元に咲く黒薔薇へと視線を移した。
「これが噂の黒薔薇ね。……本当に綺麗ねっ!」
宝石でも眺めるように、きらきらした目でそう言われると、なんだか誇らしくなって何も言えなくなる。
旅の疲れを気遣ってか、父さまたちは挨拶もそこそこにすぐ館の中へと案内してくれた。
――そして、館に一歩足を踏み入れると。
「……すごっ……」
思わず声が漏れる。
高い天井、光を反射する大理石の床、壁には格式ある絵画や装飾。けれど威圧感はなく、どこかあたたかみのある、落ち着いた豪奢さだった。
「この館、どうしたの?そういえば王都に別邸を買うって言ってたね?」
その問いに、父さまは何でもないことのように格好よくサラッと言った。
「買うつもりだったんだがな。陛下より、この館を下賜されたんだ」
「えっ?王さまが……くれたの?」
「侯爵家となった以上、王都に相応の別邸がないのは不便だろう、とね」
そ、そういうものなんだ……?貴族って……。
中庭へと続く回廊からは、手入れの行き届いた広大な庭園が見えた。四季の花々が植えられ、小川まで流れている。
「まあ……素敵……!」
「これからは、この館がエルディア侯爵家の王都別邸だ。王都に滞在する間は、ここを使うといい」
母さまが心から嬉しそうに微笑む。この庭なら、母さまが喜ぶのも当然だ。光と闇の精霊たちが嬉しそうに庭園へと飛んでいった。よかった楽しそうだ!
昼食は、到着が遅れたこともあって既に用意されていた。
長い食卓に並ぶ料理はどれも美しく、見た目だけでお腹が鳴りそうになる。久しぶりに家族全員がそろった食事に、ぼくとメルは大はしゃぎだった。
話題は自然と、姉さまの学園生活へ。
「そういえばアンリ、今回の模擬戦も一番だったそうだな」
父さまの言葉に、姉さまは少し照れたように笑う。
「たまたまですよ」
いや、絶対たまたまじゃない。聖騎士学園でトップ――さすがすぎる!
父さまと姉さまの周囲には、淡い黄緑色に光る風の精霊がふわふわと舞っていた。数は多くないけれど、二人を大事に見守っているように見えた。
食事が終わる頃、メルは緊張が解けたのかうとうとと目を閉じた。
「この子は、少し休ませましょう」
母さまの腕に抱かれたメルはそのまま眠りにつき、寝室へと連れていった。
そしてぼくたちは、父さまに促され、館の奥にある応接室へと向かった。応接室もまた見事だった。柔らかな絨毯、重厚な調度品、窓辺には午後の光。ふかふかの大きなソファに座ると、執事のアルフレッドが静かに紅茶と菓子を用意してくれた。
「我が家の執事兼家令のアルフレッド、そして長年友好関係にあるアウレリア伯爵家のフィオルナに、同席してもらう」
アルフレッドさんは領地の騎士団で副団長も務めた剣の達人らしい。ほぼ全て情報を共有しているので、父さまが居ない時は頼るように言われた。
フィオルナさんは席を外そうとしたが、父さまに呼び止められ同席している。どうやら既に事情を知っているみたいだ。
和やかな空気――だったはずなのに。
「……さて」
父さまは、言葉を探すように視線を彷徨わせた。なんだか緊張した雰囲気に変わる。
「……で、だ……。何から話せばいいのやら……」
あの余裕綽々の父さまのすごく珍しい姿に、逆に目を大きくして興味津々に見つめてしまった。
母さま、姉さま、そしてぼく。
その順に目を向け最後にぼくと目が合うと、父さまは小さく息を吸い、頷いた。
「……そうだな、一番大事な話から始めよう」
父さまは紅茶を一口含み、喉を潤した。その仕草に微かな迷いが滲んでいる。
「我が家が徐爵を受け侯爵家となった理由は幾つかあり、その中で最も重要な話となる」
そして、父さまは意を決するかのようにぼくを見つめた。
「ステラ……、お前の婚約者が決定した」
……?
「セレスティア聖王国、第三王女様との婚約だ」
……?
……えっ??
……こ、こ、こ、んやく……!?って言った……!?
ぼ、ぼくがぁ!?
お、お、おうじょさまとぉ!!?
頭が一瞬で真っ白になって、目を大きく見開きながらぱくぱくと勝手に口が動いた。
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