第31話 二人の先生
フィオルナさんが提案してくれた、二校併学という特別な進路。
それを聞いた時、胸の奥でくすぶっていた騎士への憧れが、一気に火を吹いた。大変なのは分かっている。勉強も訓練も、きっと想像以上に頑張らなきゃならないだろう。それでも「やりますぅ!」と、反射的に答えてしまった自分を後悔はしていなかった。
……研究対象にされるっぽいのは、ちょっと嫌だけど。
ひと段落ついたところで、フィオルナさんはふと思い出したように、母さまへと一通の手紙を差し出した。少し厚めの手紙だった。
「そういえば、エリオスから手紙を預かっていてね」
差出人は父さまみたい。用事で姉さまと共に王都へ向かってから、もう半年近く。未だに戻ってきていない。どうしたんだろう?学園で講師をするとも言ってたけど?胸の奥に僅かな疑問が芽生え始めた。
「内容については、一部私も知っている」
そう前置きしてから、フィオルナさんは意味ありげに続けた。
「後で、ゆっくり読むといい」
その含みのある言葉に、母さまはほんの少しだけ怪訝そうに眉をひそめていた。
その後、フィオルナさんが調査報告書をまとめる必要があるということで、調査団はしばらくの間ぼくたちの館に滞在することになった。
館はとても賑やかになった。使用人たちは腕を振るい、客人用の料理が並び、騎士たちが中庭で訓練を行う。調査団の人たちは礼儀正しく、それでいてどこかぼくを見るたびに興味津々に見つめてきたりする。
……噂、王都で広がってるのかなぁ?怖いなぁ。
それから数日後。報告書も完成したようで、調査団が帰る準備をし始めた、その時だった。
「――帰らん」
ぽつり、とフィオルナさんが言った。
「私は、絶対に帰らんぞっ!」
調査団たちがぎょっとする間もなく、彼女は机にがしっと両手で掴まり、宣言した。
「やだっ!やだやだやだっ!!私はここに残るっ!」
「フィオルナ様、任務は完了しておりますので――」
「完了しているからこそだ!研究はここからが本番だろう!!」
まさかの帰宅拒否、何か喚きながら完全に駄々っ子になり始めた!
ええー……?
ぼく、そっくりな娘を知ってるんですけど……、でもあなたは大人ですよね……?お仕事とか大丈夫……?
その様子にドン引きしてしまった、ぼくでした……。
説得する調査団と、机にしがみついて離れないフィオルナさん。やがて最終的に調査団は悟ったようだった、これは無理だと。報告書をフィオルナさんから丁重に受け取り、最低限の護衛だけを残すと彼らは王都へと戻っていった。
「これでぇ……?」
居残ったフィオルナさんは、目を光らすとにたりと笑った。
「もっと一緒にぃ、い・ら・れ・る、ねぇ?」
ぼくを見下ろすその血走った目は、完全に捕食者のそれだ。背筋を冷たいものが走る。こわい!
こうして、穏やかな日常に奇妙な先生が加わった。
日々は学びに満ちていて、忙しくなってきた。これまで通り、精霊学と精霊魔法を母さまから、そして新たに闇魔法の知識と、魔法の理論をフィオルナさんから学び始めることになった。
「精霊魔法はね~」
母さまはいつもふわっと微笑みながら穏やかな声で教えてくれる。
「精霊たちと心を通わせて~、仲良くなって~、みんなにお願いをする魔法なの~」
精霊と寄り添い想いを共有して、お願いをする。
「ゆっくりでいいのよ~、たのしく精霊と触れあいましょうね~」
母さまは沢山の光の精霊たちと心が通じ合い、まるで大事な宝物のように当たり前のように集まってくる。そして大きなお願いまでも叶えてしまう。
それに比べるとぼくは、まだ精霊の想いをそれとなく感じ取れる程度なんだ。心にふんわり温もりが触れる――そのくらいだ。
一方で、フィオルナさんの授業は真逆で正に理論詰めのお勉強だった。
「現在一般に使われている魔法はとはね」
分厚い本を何冊も広げながら、彼女は語る。その中にはこの国では貴重な闇魔法にまつわる本や文献があった。
「過去の偉人たちが、精霊魔法を研究し、理論化し、誰でも使えるように積み上げた成果だ。それが《魔術》という学問さ」
《魔術》の理論と闇魔法の知識を、彼女は教えてくれた。
「逆に言えばだ」
ぎらりと目を輝かせると、フフフッと怪しく笑う。
「精霊魔法を扱える君なら、世に知られている闇魔法と聖魔法は、いずれ余裕で全て再現できるだろうねぇ。」
二人の先生から師事してもらい、学ぶことは一気に増えて正直大変だ。頭がパンクしそうになる。
でも――すごく楽しい!
母さまと語らながら精霊たちと触れ合い、フィオルナさんの狂気じみた情熱に振り回されながら、知識と訓練を積み重ねる。この学びの先に、確かに憧れ続けた姿への道が見えている。
――ぼくはいつか、家族や大事な人を守る聖騎士に、そして祈りと癒しの力で命と心を支える聖職者になる。その両方を背負える存在になるんだ。
胸の奥で、夢への未来が確かな形を持ちはじめていた。
しかしこの時のぼくは、思いもよらない所でとんでもなく大きなことが動いていたことを、全く知らなかった……。調査団が来たのは、我が家を取り巻く騒動の序章に過ぎなかったんだ。
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