第29話 ノルヴェルンの黒薔薇姫
「い、今……、なんて言ったの……?」
あまりにも不穏な言葉が耳に刺さり、ぼくは鉛でも流し込まれたみたいに固まった。それでも必死に首だけを動かし、ギギギッ……と音がしそうなほどの動作で聞き返す。
「”ノルヴェルンの黒薔薇姫”、さぁ!」
エルフのお姉さんは、こちらの動揺など一切気にした様子もなく、もう一度高らかに叫んだ。その顔は興奮で朱に染まり、目は宝石を見つけたようにきらきらと輝いている。
そして――視界が、ふわっと浮いた。
「えっ?」
気づけばぼくは、ひょいっと抱き上げられていた。細い腕なのに軽々と頭をぐいっと胸元に引き寄せられる。
「わっ、わあああ!!」
「いい匂い……っ。薔薇の香りだねえ……!」
髪に顔を埋められ、すりすりと頬ずりまでされる。完全に捕獲された子猫の気分だ。
「ちょ、ちょっと!?」
てんやわんやで頭が真っ白になっていると、母さまが楽しそうに声をかけた。
「やっぱり~、あなたが来てくれたのね~?」
「当たり前だろう!こんな面白……いや、重大事案!私が来ないわけがないだろう!!」
えっ?知り合い??
抱き上げられたまま母さまとエルフのお姉さんを交互に見ると、母さまはにこにこと本当に嬉しそうだ。エルフのお姉さんは、ぼくをようやく床に下ろすと、背筋を伸ばして優雅に一礼した。
「改めて名乗ろう。私はフィオルナ・アウレリア。セレスティア聖王国の筆頭魔術師だ」
……ひっとう、まじゅつし?って何?
聞き慣れない肩書きに、頭の上に大きなはてなが浮かぶ。母さまに視線を向けると、ふわっと微笑んで補足してくれた。
「フィオルナはね~、魔法を研究している学者さんなのよ~、とっても優秀よ~?ちょっと変わってるけれど~」
「セレナも久しぶりだねぇ!元気そうで何よりだ!」
二人は顔を見合わせて笑い合う。どうやら本当に友人っぽい。
「相変わらず……君は本当に、奇跡を引き寄せる星の下に生まれている」
「もう~、大げさよ~?」
その言葉に、母さまは少し困ったように目を細めた。フィオルナさんは肩をすくめ、ちらりとぼくを見る。
「大げさなものか。王都ではもう大騒ぎだぞ?ノルヴェルンで今度は”黒薔薇姫”が現れたってね」
……え”っ?また不穏な言葉が聞こえた気がする……。
「噂はな、尾ひれどころか――翼まで生えているぞ?」
フィオルナさんは面白がるように肩をすくめ、指を折りながら続けた。
「美しすぎて姿を見ただけで言葉を失う、とか。視線が合えば心を射抜かれる、とか。光と闇、あらゆる属性に愛された神秘の子だ、とか……」
そして、最後に一拍置いてさらりと付け加える。
「新たな“聖女”の誕生だ、とかな。まあ……好き放題だ」
ぼくの背筋に、ひやりと冷たいものが走った。まるで、見えない手が首筋をなぞったような感覚。
「そ、それって……ぼくのこと?」
「他に誰がいる?」
あまりに当然のように言われて、思考が止まる。
言葉が、喉の奥で凍りついた。
「ちょ、ちょっと待ってください!ぼく、男です!」
青ざめた顔で必死に抗議すると、フィオルナさんはぴたりと動きを止めた。
きょとんとした顔のまま、ゆっくり母さまの方を見る。
「……え?……そうなの?あ、そういうこと??」
「ステラは男の子よ~?」
一瞬の沈黙。
そしてフィオルナさんは、ぼくを見ながら何か重大な真理に辿り着いたかのように、深くうなずいた。
「……うむ。“姫のように美しい男の子”、という意味だな!何も問題はない!」
ちょっとーー!?
あるよ!?めちゃくちゃあるよ!!
全力で叫びながら、ぼくは戦慄した。この噂、絶対にろくなことにならない!
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