第28話 王都からの調査員
「聖女裁判のことは~、のろけるためだけに~、話したわけじゃないのよ~?」
母さまは「うふふっ」穏やかな音色と満面の笑みで、甘々な空間を作り出している。紅茶を一口含み、ふっと息を整えると、ぼく――いや、正確には、頭の黒薔薇をそっと指さした。
「その黒薔薇はね~、私が湖で拾った光の精霊が創りし“光の杖”と~、同じような力を感じるわ~」
「ええぇっ!?」
「間違いなく黒薔薇は~、光の杖と同じ~、闇の精霊が創りし”精霊祝器”よ~」
「そっ、そうなの……??」
母さまは少しだけ目を細め、懐かしむように黒薔薇を見た。
「光の杖にはね~、たくさんの光の精霊が宿っていたわ~。でもね~中身は……空っぽだったの~」
「な、中身って……?」
「うまく言葉にできないけど~、未完成というか~、本来あるべき“何か”が欠けているというか~……」
その言葉を呟き、母さまの視線が再び黒薔薇へ戻った。
「でもね~、黒薔薇を見てはっきりわかったわ~」
「……?」
「黒薔薇にはね~、何か大いなる意志を感じるのよ~。精霊たちの願い~?それとも黒薔薇の自身の想い~??」
「お、大いなる……意志……?」
「恐らくは~、黒薔薇こそが”精霊祝器”の本来の姿なのだと思うわ~」
「く、黒薔薇さん……」
ぼくは頭の定位置にある黒薔薇に触れた。
「ふるっ」と、かすかに揺れたその感触は、返事のようにも感じられた。
なお、母さまが湖から引き上げた“光の杖”は、聖女裁判の際に「王家の所有物」として没収されたらしい。その事実もまた、ぼくの胸に小さな棘のように残ることになった。
穏やかな日々は続いていた。
母さまから精霊のことを学び、庭園で過ごし、時折教会へ奉仕に赴き、ジェシカにおもちゃにされ、メルと無邪気に笑い合う。
けれど、あれから二か月。その時間は、確実に“外の世界”をこちらへ近づけていた。
そして今日――王都から、前代未聞の事態になった鑑定式について調査員が来る。中庭に一家一同で整列しながら、ぼくは胸の奥で静かに息を詰めていた。
母さまから聞いた国と王家の話。聖女裁判。光の杖の没収。ぼくは国と王家に不信感を抱き始めていた。だから、用心深く、注意深く対応したいと思う。
彼らは、柔らかな言葉と礼節の仮面をかぶって、平然と人の人生を“回収”する。だからこそ――油断してはいけない。
やがて、蹄の音が響いてきた。
それは白銀に近い白で塗り上げられた大きな馬車だった。車体には国章が深く彫り込まれ、金と聖色の魔導紋が幾重にも走っている。装飾というより――誓約と権威の刻印だ。馬車を引くのは、揃いの鎧を着た三頭立ての強靭そうな馬と騎士。そしてそれを取り巻く護衛の騎士たち。
外門が開かれ、その馬車一同がゆっくりと中庭へ滑り込んでくる。
――重い。空気が、目に見えない圧力を帯びていく。こちらの呼吸を乱してくるほどの威圧感がある。
ぼくたちは馬車の前に並んだ。中央に母さま、その隣にぼく、反対側にメル。
来るなら、来いっ……!
少し震える体を抑え込んだ、その瞬間。
「バアアァン!」と聞いたことのある叩きつけるような音とともに、馬車の扉が開き中から人が零れるように転がり落ちてきた。
地面に倒れ込み、そしてそのままぼくたちをぎろりと見つめると、「ウフフフッ」と微笑みながら目を光らせている。
なっ、なぁに?怖いんですけどぉ!?
ふらーり、とゆっくりと立ち上がったのは若い女性だった。
金色の長い髪を美しくさらさらと流し、陽光を受けて流れる絹のように輝いている。白磁のような肌は健康的で、非の打ちどころがない。切れ長の瞳は碧い宝石のように澄み、鼻筋はすっと整っていて、唇は瑞々しく潤っている。背は少し高くしなやかで、豪奢な王国直属の制服すら彼女の美しさを引き立てる装飾品に成り下がっていた。
そして、違和感から目を引き付けたのは、わずかに長く尖った――耳。
この人、エルフさん……!?
謎のエルフ美女さんが「ウフフフゥッ」っと微笑み、幽鬼のようにフラフラしながら両腕をこちらへ伸ばし、指をわしゃわしゃと蠢かせながら近寄ってくる。怖いんですけどぉ!?
こちらに寄りながら、しばらくすると「ぴたり」と止まった。
うん……?
なんか母さま、ぼく、メルの順に見つめながら何度も頷いている。大、中、小、大、中、小、みたいに……。この人、ほんとになんなのぉ!?
しばらく頷き続けると「中」で、動きが止まった。彼女の視線が、ぼくの頭の定位置にいる黒薔薇に吸い寄せられている。
長い硬直のあと、彼女は目をカッと見開き、感動に震えるような声で叫んだ。
「きっ、きっ、きみがぁ!きみこそがぁ!!“ノルヴェルンの黒薔薇姫”だねえぇっ!!?」
――え”っ!?
えっ、いや、ちょっと待って?
今ものすごく不穏な言葉が、聞こえた気がするんですけど……!?
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