第18話 今は会いたくなかったんです
髪が切れなかった事件の後。
ぼくは屋敷の外の中庭で、ひざを抱えながら青空を見上げていた。
雲ひとつないのに、心の奥はどこか曇り空だ。頭を飾る黒薔薇が、慰めるようにそよ風の中で揺れる。きみのせいなんだけどねぇ……。
小さくつぶやいても、黒薔薇はただ揺れ、光を反射してきらりと輝くだけだった。
そんな風に黄昏れていた最中――蹄の音が、屋敷の前門の向こうから聞こえてきた。
顔を上げると、門番が両手で大扉を押し開き、そこへゆっくりと入ってくる豪奢な馬車。漆黒と深紅を基調にした気品ある装飾。陽光を受けて宝石のように光る金の縁取り。二頭の純白の馬のたてがみは風を切り、車には貴族家の紋章が誇らしく刻まれている。護衛騎士たちの銀鎧が陽光を跳ね返す、その輝きに息を飲んだ。
――まずい、今は、まずい!
ついにこの日が来てしまった……!
「い、今は……ほんとに、まずい!」
ぼくは立ち上がり、反射的にその場から逃げていた。オモチャにされる、格好の餌食だ!
しかし、その瞬間に走行中の馬車の扉が「バアァン!」と勢いよく開き――赤い矢が飛び出してきた。赤毛の少女が、ほとんど飛び降りるように地面に舞い降りた。その髪は朝焼けのように鮮烈で、金の瞳は太陽に照らされた宝石のように輝いている。
高く結ばれたポニーテールがしなやかに揺れ、彼女――ジェシカが、まっすぐぼくに向かって全力で走ってきた!
「ステラあぁー!」
「ひゃあああぁ!?」
全力で逃げたけど彼女の脚に敵うはずもなく、地面を蹴るたびに赤髪がしなやかに跳ねて、距離が瞬く間に詰まっていく。
「きゃはははははっ!」
「ま、まってえぇ!」
追いつかれると背後から「ぴょーん」と勢いよく抱きつかれ、二人して草の地面に転がった。仰向けにされたぼくの視界いっぱいに、輝く金の瞳と赤毛のカーテンが落ちてくる。その美しい顔が興奮で紅潮し、息を弾ませていた。
「聞いたわよっ!ステラっ!あんた、鑑定式で黒薔薇を咲かせたんですって、ねぇ!ねぇっ!」
「ちょっ、ちょっとお!重い、近いぃ!」
ジェシカの体温が直接伝わり、間近に迫るその顔にドキドキと心が跳ねる。距離を取ろうとしても、彼女はぴくりとも離れない。
「あんたっ、すごいわねぇっ! 本当にすごいわっ!闇属性だなんて、聞いたこともないものっ!」
その興奮は抑えられないみたいで、胸元を掴んで揺さぶってくる。
そこへ屋敷から母さま、メル、メイドさんたちが顔を出し――「あらあら……」「まぁ、ジェシカちゃんたら……」と微笑ましそうに眺めている。恥ずかしくて顔が赤くなる。
ジェシカはふと、ぼくの左耳の黒薔薇に目をとめた。その瞬間、瞳がさらに大きくなってキラキラ輝いた。
「こっ、これが黒薔薇……!?これが黒薔薇なのねっ!信じられないくらい、とっても綺麗だわっ!」
そのままぼくと黒薔薇を交互に見て、熱に浮かされたように叫ぶ。
「ねえぇ、ステラ! 黒薔薇を、咲かせてみせてっ!お願い、見たい!見てみたい! どうしても見たいのっ!ねぇっ!」
「あ、あの!? 咲かせ方なんて分かんないよ!?」
「わたしは見たいの! ねえぇっ!早くっ!見せてぇ!ねぇっ、ねぇってばっ!」
とんでもない熱量による押しの強さに負けて、戸惑うばかりのぼくは観念した。深呼吸をして、左耳の黒薔薇に優しく触れながら、祈るように聖の光を注いだ。
「お、お願い黒薔薇さん……、どうか……たくさん咲いて……!」
その瞬間――ふわりと一陣の風が抜けた気がした。そして土の奥から脈動のような音が響いた気がした。
仰向けに倒れている周囲の地面が、ぽこぽこと盛り上がっていく。黒い蕾が無数に、無数に、たくさんの蕾がぼくを中心にぽこぽこと生まれていく。
「えっ……?」
そして、辺り一面が黒薔薇の蕾に包まれ、呼吸をするように膨むと。
ぱああぁっ!
一斉に、黒薔薇の花が開いた!
黒曜石のような光沢を持つ美しい黒紫の薔薇たちが、そよぎながら一斉に咲き乱れ、たくさんの花びらが風に乗ると、陽の光を浴びて大きな黒紫の虹のような光柱がキラキラとぼくたちを包み込み、花吹雪が舞い踊った。
「……………………!!?」
「……………………!!?」
その光景は、あまりに美しく幻想的すぎて――息を呑むことしかできなかった。
母さまは胸に手を当て、驚きと感嘆の入り混じった瞳で見つめている。メルは口をぽかんと開けたまま、まるで夢を見ているように花びらの雨に手を伸ばしていた。メイドたちは両手を祈るように握り震えながらも、目を潤ませていた。
そしてぼくとジェシカは――舞い踊る黒薔薇の中心で、震えていた。ジェシカの瞳は涙のように潤み、金の瞳が光を反射して震える。
「ステラ……あなたって、ほんとうに……ほんとうに、すごいわっ!すごいのねぇ!こんなに……綺麗で、美しいのって、初めて……!!」
感動し、声が震え、最後には叫ぶように。
「すっごくきれいーーー!とってもうつくしいわーーー!!」
大歓喜してるジェシカの大声が響き渡った。
この場にいるみんな笑顔で、幸せそうでした。
でも、ぼくはずっと震えていた。
どういうことぉ??
この物語を読んで頂き有難うございます。
もし宜しければ、ブックマーク・評価を頂けると励みになり有難いです。
また、評価いただいた方、有難うございました!
今後ともよろしくお願いします。




