第10話 庭園でのお茶会
そのあとは、大聖堂の説明を聞きつつ数名の怪我人を癒していると、
どうやら母さまを一目見たいがために、わざと怪我をしてやってくる人たちまで現れたらしく、
シスターたちが大慌てで騒ぎを収めるはめになり、帰ることになっちゃった。
「今後は裏口から、できるだけ慎重に目立たないように来てください! 絶対ですよ! 約束してください!」
涙目で懇願する神父さまの姿が、どこか戦場帰りの兵士のように見えた。
「奇跡さまっ!」「聖女さまっ!」と群衆に囲まれ、祈られながら馬車に押し込まれる。
ぼくはただ、ぽかんと口を開けて座るだけ。
「あの神父さん、面白いでしょ~」という母さまののんびりした声も、頭に入りません。
自分の理解を超えるものを目にすると、頭が真っ白になるみたい。
帰宅して気づいたら、お昼ご飯を食べ終えていた。
母さまのことは色々と聞いてたけど、身近すぎて良く理解してなかったみたいだ。
満天の、笑顔、感謝、喜び。
真っすぐの純粋な感情が、僕の心を貫いて、身を震わせた。
ああ、人を癒すってこういうことなんだ。
『人を癒し、支え、立ち上がらせる力もまた、立派な“強さ”なんだ』
今日の出来事を通して、父さまの言葉が強く強く、胸に響く。その通りだと。
「お茶会しますよ~」
母さまの声と、はしゃぐメルの声が聞こえたあたりで、ようやく現実に戻る。
あれ? いつもより時間が早い。
「今日からは、じっくりことことするのです~」と母さまは言う。意味はさっぱりわからない。
ふわふわと母さま、僕、メル、給仕のメイドの四人で庭園へ向かう。
なんだか未だに夢の中を歩いているような気分だ。
館の奥にある母さまが手掛ける庭園――そこは、いつもどこか不思議な空気に包まれている。
円形の小広場を囲むように木々が立ち並び、無数の花が咲き、緑が息づいている。
大事に育てられた花々や薬草畑が整然として、葉の一枚一枚まで生き生きとしていた。
木漏れ日は黄金の粒のように降り注ぎ、風がそよぐたび、葉のざわめきが音楽のように響く。
空気は清らかで、胸の奥がすうっと軽くなる。
――まるでここだけ、世界がちょっと違うようだ。
少し大きめの池があって、中央には白い石橋がかかっている。
水面はやわらかく光を返し、光の粒がゆらゆらと漂っているように見えた。
あれ……なんだろう、光の……虫?
けれど、目をこらすと消えてしまった。気のせいかな。
池の手前には丸いテーブルがあり、そこがいつものお茶会の場所だ。
橋を渡った先には、小さな祭壇と、女神を象った石像が静かに佇んでいる。
花びらが風に運ばれ、ぼくたちの足もとに舞い落ち道を作る光景は、まるで歓迎されているようだった。
なんだかこの庭は、生きてるみたいなんだよなぁ。
メイドがお茶とお菓子の用意をしている間に、母さまがぼくとメルを橋の中央まで手招きした。
母さまはゆっくり空に手を伸ばし、木漏れ日を受け取るように掌をひらく。
そのまま胸の前で指を重ね、そっと目を閉じた。
光が彼女の髪にふれてきらきらと反射し、ほんの一瞬だけ、奥の像と重なって見えた。
母さまは目を開け、いつものやわらかな笑みを浮かべる。
「自然をよ~く感じるように、意識しましょう~」
「えっ?」
「光の温かさを、火の強さを、風の囁きを、大地の鼓動を、水の流れを、闇の美しさを~、体中で感じるのです~」
「……???」
「この空気を感じながら、お茶会をしましょう~」
母さまはにっこり微笑みながら両手をひらひらと動かし、僕たちを誘うようにくるりと回った。
その姿を見て、胸の奥に引っかかりを覚える。
母さま……いったいあなたには、どんな世界が見えているの……?




