第9話 初めての患者さん
「うわあああっ! 閉めろ閉めろ! 本日の祈りは終了ですっ!」
「もう無理ですっ、限界です神父様ぁー!」
騎士たちに護られながら母さまと教会へ入った瞬間、
分厚い扉が「ドンッ」と閉じられ外のざわめきが途切れた。
ばたん、と同時に神父さまが反動で後ろに倒れ込んだ。
白髪混じりの髪は乱れ、額には汗。息を切らせ、地面に大の字。
「は、はぁ……っ! 今日も……あんな人数……っ!まるで……まるで聖戦の後みたいじゃないですかぁぁ!」
シスターたちが「神父さまー!」と駆け寄る。
神父はそのままごろりと天井を見上げて、両手を広げ白目をむいた。
「もうダメですぅ……! 限界ですぅ……!」
母さまは、そんな神父を見下ろして、軽くため息をついた。
「また増えたのね~」
「ふ、増えたどころの騒ぎじゃ……! 今日なんて広場まで長蛇の列でして!
どうか……! どうかあなたさまは、お勤めなどなさらずとも結構ですっ! 本当にっ!」
神父さまは涙目で叫び、がくりと崩れ落ちた。
母さまは困ったように、それでもやわらかく笑っていた。
ぼくは先ほどの一幕があまりに衝撃的で頭が回らない。
「こっちが、祈りの間。向こうが、患者さんを癒す場所ね~」
母さまが優しく説明してくれる。
大聖堂の内部は、外の熱気と違い、ひんやりとした静寂に包まれていた。
最初に通されたのは、大きな広間。
正面には聖堂へとつながる重厚な扉があり、
左手には“医院”と呼ばれる部屋へ続く廊下が見える。
右手の扉は事務局と、聖職者やシスターたちが暮らす宿舎につながっているらしい。
白い壁にかけられた古い絵画、燭台にともる小さな火、漂う薬草と香の匂い。
静謐な空気が肺を満たす。
そこへ扉が開き、一組の母子がシスターに連れられて入ってきた。
「お怪我をされたのですか?」
神父が立ち上がり、母子に駆け寄る。
母親は焦ったように息を整えた。
「外の人混みで……押されてしまって。この子が転んで、腕と足を少し……」
少年の袖と裾から血が滲み、涙目で母親の服をつかんでいる。
その視線がふと、母さまに向けられた。
――そして、ぴたりと止まった。
「……っ」
母親も少年も、まるで時間が止まったようにその場で固まり、
次の瞬間、両手を胸の前で組んで祈りの姿勢をとった。
「聖女さま……」
「すみません、お邪魔してしまいまして……!」
母さまは微笑みながら首を振る。
「いいのよ~今はその子を看てあげましょう~」
神父がと小さく息をのむ。
「い、いけません奇跡さま! あなたさまは手を出さずとも……!」
母さまが僕を見て軽くウインクした。
「ステラ、今日は訓練の日でしょう?」
母さまは母子を診察室へ導くと、少し離れたところから視線を送った。
「落ち着いていつも通りに魔法を使えば大丈夫よ~」
僕は一瞬、息をのむ。
初めての患者さん。
小さくうなずき、少年の前に膝をついた。
浅い傷口。けれど血が流れ、肌が赤く腫れている。
「だ、大丈夫……?ちょっと看させてもらうね」
そう言って掌をかざす。
指先にじんわりと光が集まり、やがて柔らかく少年の腕を包み込んだ。
「ヒール」
白く透き通る光がゆらめき、傷口に花弁のような輝きが散る。
血が引き、皮膚が滑らかに閉じていく。
「……あっ」
少年は目を丸くして、自分の腕を見つめた。
「すごい、痛くない!」
母親は息をのんでぼくたちに頭を下げた。
「ありがとうございます、聖女様の……お嬢様なのですね……!」
さっきの同じ、二人とも満天の笑顔。
僕は頬を赤らめ、少しだけ嬉しくて誇らしい気持ちになる。
でも、ぼくは男の子なんです~。
母さまはとっても嬉しそうに微笑んでいた。




