居場所
「――何があったの!?」
気絶した賊の手足を縄で縛り終えたころ、背後から声が飛んだ。
振り返ると、買い物かごを抱えたレティシア。
かごから転がり落ちた野菜が地面で静かに転がる。
俺は短くすべてを伝えた。
賊の侵入、子供たちの無事。
そして――リリが連れ去られたこと。
恐らく、狙いが“リリ”であったことも。
レティシアは一度だけ強く歯を食いしばった。
「……わかったわ。リリのことも心配だけど、今は子どもたちを避難させましょう。ライオネル様のところへ行けば、大丈夫だと思うから」
彼女は落ちた野菜を拾い集め、子どもたちへ振り返る。
子供たちの怯えた瞳を一人ずつ見て、優しく背を押すように。
彼女は優しい笑顔を向けた。
「みんな、私と行くわよ。大丈夫、必ず守るから」
小さな足がためらいながらもレティシアの後へついていく。
「リリ姉はどこ……?カイルたちは来ないの……?」
「俺たちは――」
カイルが言葉を詰まらせる。
リリのことを正直に話して良いものかと。
だがそれも少しの間。
すぐに言葉を紡ぐ。
それはその場しのぎではない、覚悟を決める為の言葉。
「――リリが帰ってきた時に、誰もいないと寂しいだろ?だから待っててやるんだ」
リリとまたここに戻る。
その覚悟を横目に、俺も視線を子供たちに合わせる。
「リリは買い物から帰ってきてないんだ。もうすぐ夕飯の為に帰ってくると思うから、先に行ってなさい」
子供の頭を少し撫で、体を反対に向けてレティシアの方へと歩みを促す。
リリが誘拐された事実など、少し経てば理解するだろう。
それでも、今はこれ以上心に不安ごとを加えるべきではない。
子供は寂しそうにに頷くと、レティシアの方へと歩みを向け後を追った。
その背中が見えなくなるまで見届け、カイルが俺の隣に立った。
「……アイツを追わなくて良かったのか、ソーマ」
「今走れば、この魔法使いたちを逃がす可能性がある。これ以上、このゴミ共の被害は増やしたくない」
自分でも、驚くほど落ち着いた声だった。
下っ端と思われる賊が六人。
煙幕を使った魔法使い。
そして、リリを奪って逃げた屈強な男。
俺たちが認識しているのは計八人。
だが、この家の周囲にはまだ“他”が潜んでいてもおかしくない。
「それに……聞くべきことがある」
倒れた賊たちのそばにしゃがみ込む。
縄で固定された腕がわずかに震えており、呼吸は浅い。
気絶しているが魔法で起こすのは造作もない。
カイルが短く息を吐く。
それは、まるで覚悟を決めるように。
「やるのか」
「リリがどこに連れて行かれたか知る必要があるからな。悪い、お前との約束を守れなくて。だからせめて――
――この世界で汚れるのは、俺だけにさせてくれ」
これからやることは、俺たちの望む道とは程遠い行為だ。
俺たちが昔からやってきて、そして関わらないと決めたこと。
だが、リリを救える可能性があるのなら。
俺は、もう一度闇へ堕ちる。
胸の奥の冷たい塊が、ゆっくりと形を持ち始める。
怒りでも恐怖でもない何か。
だが、その何かは静かな決意として体を動かす。
俺は賊の一人の額に手を当て、魔力を流し込む。
「――起きろ」
賊のまぶたが痙攣し、瞳がゆっくりと開く。
そして状況を理解した賊の瞳が、恐怖に染まる。
もう、逃がす気はない。
「話せ。お前らはどこへリリを連れて行った?」
「……」
沈黙。
男は言葉を発しなかった。
無言というより、意地と恐怖が喉の奥でせめぎ合っているような。
まあ最初から期待はしていない。
俺はゆっくりと立ち上がり、部屋の片隅で気絶している魔法使いへ視線を移した。
カイルが眉をひそめる。
「……そいつ、口割るのか?」
「割れば有益なんだろうけど、どうせ割らない。仕事として訓練されてるだろうからな。だからこいつは”見せしめ”だ」
淡々とした声が、自分のものとは思えないほど冷たかった。
自分ではない安堵と、これから始める見せしめへの恐怖。
残っていた賊たちの肩がぴくりと跳ねる。
俺は魔法使いの額に手を置き、軽く魔力を流し込む。
魔力の波が身体を走り、魔法使いはうめき声を漏らしながら意識を取り戻す。
「っ……あ……? なん……だ……ここ……」
こいつが状況を把握する前に、俺はゆっくりと魔法使いの前にしゃがむ。
そして、その頭を後ろから乱暴に掴み上げる。
目線が対等になる高さまで持ち上げ、顔を正面に据えた。
互いに視線は同じ位置。
だが、生殺与奪を握っているのは完全に俺だ。
「おはよう。早速だが、お前らのアジトはどこにある?」
「ッ!……」
状況を思い出したのだろう。
魔法使いは当然口を固く閉ざす。
「話さないのは構わない。ただ、お前がいつまで耐えれるか。見ものだな」
魔法使いの瞳が揺れた。
賊の喉がひくりと鳴る。
俺は大した事はしない。
ただ近づき、魔力を掌に込めるだけ。
だが、魔法使いは理解し、身体を震わせた。
「……やめ……ろ……」
弱々しく漏れるその声が、逆に場の緊張を深める。
カイルが低く言う。
「ソーマ、俺は外に出てる」
「ああ、それがいい」
俺は魔法使いを掴んだまま視線を外し、無言を貫く賊へ向き直る。
「最後に確認する――どこだ。リリはどこへ連れていかれた」
「……」
それでもなお、沈黙。
俺は魔法使いの額に魔力を注ぐ。
ゆっくりと意識が覚醒し、魔法使いの瞼が痙攣する。
「っ……お、おい!……離せ……ッ!」
起きた直後の混濁した声。
状況が飲み込めるほどに、恐怖は深くなる。
俺はそのまま、淡々と説明する。
慈悲ではない。
より深い恐怖へ追い込むための余興。
「お前は口を割らない。仲間も信用していないだろう?だから――“見せしめ”として使わせてもらう」
言葉として突きつけられた瞬間、魔法使いの顔色がみるみる崩れていく。
その変化を、俺はただ冷えきった目で見ていた。
「や、やめ、やめろ……! 話す、話すから――!」
「嘘だ。お前みたいなタイプは、死ぬ直前まで嘘をつく」
屈強な男が言っていた。
「迎えに来る」と。
つまり、こいつは他の賊よりも重要な人間という事だ。
そんな奴の我が身可愛さに出た言葉など、信用に値しない。
ならば、今ここで見せしめついでに壊す。
俺は魔法使いに触れた手を、ゆっくりと首の後ろへ滑らせる。
そして魔力をねじ曲げるように流し、神経の束を狙って刺激する。
「が――ッ!! ああああアアアッ!!」
次の瞬間、魔法使いの身体が跳ね上がった。
喉が裂けるような悲鳴。
筋肉が意志とは無関係に痙攣し、全身が引きつる。
腕が折れたようにねじれ、床に叩きつけられる。
賊たちが息を呑み、恐怖に怯えた視線を向ける。
俺は淡々と続ける。
「まだ始めたばかりだ。本当に壊れれば声も出せなくなる。……だが、お前らにはこれを見せれば十分だろう」
魔法使いは呼吸すらままならず、涎を垂らして震えている。
沈黙が落ちた。
賊たちの目の焦点が乱れ、喉がひゅっと鳴る。
「質問は同じだ」
俺は彼らへ向き直る。
「リリをどこへ連れて行った」
一人の賊が限界に達し、声を振り絞った。
「……っ、待て……! 言う、言うから……!」
ついに賊の一人が口を開いた。
声は震え、言葉は途切れ途切れに説明する。
「北の森だ……!森の一番高いところ……!山の頂上近くの、洞窟……!あそこを住処にしてる……親方の隠れ家だ……!」
情報の質が一気に変わった。
森の頂上付近――人跡がほとんどない場所だ。
「他には」
「し、知らねぇ……っ!女を連れてこいって……それだけだ……!」
声の震えと魔法使いを横目に怯え続ける目が、真実である可能性が高いことを物語っていた。
だが――本当に真実かどうか、確かめる必要がある。
一度嘘に踊らされれば最後だ。
リリは、こいつらですら知らない場所へ移される可能性がある。
たとえそれが九十九パーセントの可能性でも、百パーセントへ近づける必要があった。
俺は無言でナイフを抜き、賊の一人の太ももに思いっ切り突き立てる。
そしてそのナイフをゆっくりと回す。
深く、痛く。
死にはしないように。
「――ッ、あッ、ああああああっ!! やめっ、やめてくれぇぇぇ!!」
喉の奥から絞り出される悲鳴は、もはや声というより断末魔の欠片だった。
少し痛みに順応した賊が恨むような眼で俺を見る。
「な、なんで……ッ!」
「最後の確認だ。まだあるなら、今のうちに全部吐け」
「も、もうない……!これで全部だ!!」
賊の身体が震え、痛みに耐えながら必死に首を振る。
他の賊に目を向けても、全員横に首を振るだけ。
――もう全て答えたようだ。
ならばこの下っ端どもにはもう用はない。
あとは、アイツを壊すだけだ。
二度と、俺たちに盾突けないように。
俺は魔法使いの方へ振り返る。
「最後に、お前にはプレゼントをやろう。有益な情報があれば止めてやる」
「……話すことは、何もない」
恐怖に魔法使いの瞳が微かに動く。
それだけで十分。
まだ“心”が残っている証拠だから。
俺はその額に手を添え、深く息を吸った。
「≪心蝕≫」
他人の精神に干渉し、心の芯を直接腐蝕させる禁忌の闇魔法。
変わる空気に、賊たちは声も出せずに息を呑む。
空気がぬるりと歪んだ。
声ではない。
光でも、風でもない。
ただ、“精神の奥”に直接届く何かが落ちる。
魔法使いの視界がぐらりと揺れ、瞳孔がすうっと開く。
身体は震えているのに、悲鳴すら出ない。
代わりに、喉の奥で小さな音だけが漏れた。
「……ぁ……」
それは痛みの声ではない。
何か、見てはいけないものを見てしまった者の声。
「な、なんだ……こぇ……っ」
魔法使いは俺の手を振り払うこともできず、ただ虚空を見つめたまま微かに震えていた。
心が削がれる音が、聞こえた気がする。
やがて、ゆっくりと――何の抵抗もなく。
魔法使いの瞳から“感情”が抜け落ちた。
焦点も、敵意も、恐怖もない。
何も残っていない殻のように、ただ呼吸だけが続く。
いや、その呼吸も“今はまだ”保てているだけだ。
これでは有益な情報を語る暇もない。
「流しすぎたか……」
力の感覚を確かめるついでに使ったが、どうやらやりすぎたらしい。
心の崩壊を確認し、手を離す。
そして振り返り、怯えきった賊どもに静かに告げた。
「……もう、俺たちに関わるなよ――」
それだけ言い残し、部屋の扉を開ける。
賊たちは完全に戦意を砕かれ、誰ひとりとして魔法使いを直視できず、ただ震えながら顔を背けていた。
――いや、今さら施す必要もないか。
もう、言い訳は済ませた。
あとは――選んだ道を進むだけ。
俺は静かに息を吐き、手をかざす。
「≪斬撃≫」
広範囲に風の刃を展開する風魔法。
一瞬で走った一枚の斬線が、縄でまとめて縛られた賊たちの首を一列に刈り取った。
閉めた扉の向こう側で、遅れて複数の断末魔が重なって響く。
身体が床に崩れ落ちる鈍い音と、血が跳ねる湿った気配が続いた。
――決めた以上、もう迷わない。
この手がどれだけ汚れようと、背負うと決めたのだから。
あいつが背負うはずだった闇まで、全部。
だが、闇に沈むつもりはない。
汚れた手でも、それでも光を届けるために――今はただ、進むだけ。
扉を開けて外へ出ると、冷たい空気が肺に刺さる。
その向こうで、カイルが黙って立っていた。
「……獣人ってのも嫌なもんだな。今までよりもはっきりと聞こえちまった」
「なら話は早いな。北の森に行くぞ」
短く行動だけ伝え、歩みを促す。
胸の奥で冷たい決意が鋭く固まり、進むべき方向はたったひとつに定まった。




