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死に場所を選んだ元ヤクザ、異世界で片足の貴族令嬢の右腕と左腕として仕える  作者: COOH
不穏な影

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25/28

あれから少し時が過ぎた。

俺は冒険者ギルドの依頼をこなし、宿代を払う。

どうにかその日暮らしで生活していた。


薄いベッドで目を覚まし、裏手の井戸で顔を洗う。

そして煙草に火をつけて腰を下ろす。

こうして朝が始まる。

通りは騒がしい。屋台の呼び声、小鳥のさえずり、子どもの笑い声。

音が満ちるほど独りが浮く。


「もう少ししたら戻ってみるか……」


エルザードが来た日から今日で一週間ほど。

闇魔法で“恐怖”の矢印は向きを変えた。

あの一撃で、リリの天秤は傾いたはずだ。


描いた通りならば、もうすぐリリはエルザードと国を出る。

俺という“恐怖”を避けて。

そうすれば、もう会わずに済む。


……これ以上、レティシアたちにも迷惑はかけられない。

そろそろ巣立ち時か。


「さて、向かうか」


まずは稼がないといけない。

一日でもさぼれば宿が消える。

屋台の軽食を頬張り、ギルドへ歩いた。












昼前、小型魔物の群れ討伐。

そして街はずれで草陰の巣を片づけ、肝を持ち帰って査定。

報酬の銀貨が卓上に乾いた音を立てる。

保存状態も良かったとのことで少しばかし色を付けてもらえた。

今の俺には十分な額だ。


報酬を受け取り、外へ出る。


「――おい、ちょっと待て」


振り向くと、フードの男が影の底で笑っていた。


「……どちら様で?」

「いや、俺だよ俺」


男がフードを少しずらして、見知った顔が覗く。


――カイルだ。

まあ、声で分かってはいたが。


「ったく、急に色々やりやがって」

「それは本当にすまん」


文句から入れるのは気の知れた間柄ゆえ。

俺にも覚えがあるぶん素直に詫びる。


「で、何かあったのか? 愚痴だけ言いに来たわけじゃないだろ」

「ああ」


軽く咳払いして、カイルが告げる。


「――明日、リリが国を出る」


想定した結末だ。

驚きはない。


「最後に会え、って話か?」

「違う。お前は会う気ないだろうから諦めてる。――でも、あれは可哀想だ。せめて“呪い”を解いてやってくれ」


呪い。

闇魔法のことだろう。

“呪い”と呼ぶほどなのか――。

とは言え、心に刻んだ怯えをこのまま残すのは流石に気が引ける。


「分かった。ただ、直接触る必要がある。……夜、眠った頃でいいか」

「ああ、それで頼む。正直、今のリリとお前は会わせたくない」


少しの沈黙。

リリの現状を俺は知らない。

だが、わざわざ来たカイルの顔色がすべてを物語っていた。


「本当に悪いな。お前には迷惑をかけてばかり――」


――ぐぅ~。

腹の虫。

カイルは腹に手を当て、今にも飢えそうな顔をしていた。


「……なぁソーマ、久々に飯でも食わねえか? お前待ってて全然食えてねぇんだ」

「孤児院の夕食はどうすんだ?」

「両方食えばいい」


相変わらずだ。


「馬鹿胃袋が……肉でいいか?」

「大歓迎だろ、そんなの」


近場のうまい肉屋へ歩く。

歩幅が自然に並ぶ。

この距離感が懐かしい。


幸い、色のついた報酬金でこいつの分の飯代も賄えそうだ。

くだらない話で時間を潰し、腹と気持ちを整えた。







孤児院へ向かう通りは、いつもより早く暮れていく気がした。

この街の夜には、日本と違って灯りがない。

照らすのは月だけだ。

石畳の継ぎ目が影に呑まれ、足音だけが前へ転がっていく。


「カイル、お前が先に行って俺の移動ルートを確保してくれ。今は子供たちに会うと面倒だ」

「ん?ああ、そうだな。んじゃ行けそうだったら戻って教えるからちょっと待っててくれ」


食事中に話は聞いたが、今のリリは名前を聞くだけで怖がるらしい。

そんな俺が帰った所を子供に見つかれば、より心を乱すだけだろう。


孤児院近くの路地裏で足を止める。

待つならここらへんか。


「ここで待ってるから頼んだ」

「任せろ」


カイルは孤児院へ向かった。

往復と様子見含めても五分はかかる。

……丁度一本分か。


ポケットから箱を出し、一本つまみ取る。

丁度吸いきれる時間分だ。

魔力を集めた指先に、微かな熱が灯る。

そして口に咥えた紙巻きの端に火を触れさせ――。





「――ソーマ!!!!」


孤児院からカイルの声が聞こえた。

ただの大声ではない。

危険を知らせるときの荒げた声。

俺は紙巻を捨てて踏みつぶし、孤児院へ走る。


玄関が見える。

中からは金属の弾ける音。

想像以上の緊急事態。


俺はドアを思い切り蹴り開け、そのまま飛び込んだ。



薄暗い玄関は、見える限りでもかなり荒れていた。

割れた花瓶、土まみれの床。


そして背負い袋に子どもを詰める賊たちの姿があった。


「こいつらから離れろ!」


カイルが賊に踏み込み、短剣を交えていた。

獣人特有のフィジカルでのけ反らせ、膝を砕く。

俺は背後から迫る賊へ滑り込み、手首を捻って短剣を弾いた。

そのまま泣き叫ぶ子どもたちを視線で隅へ押しやる。


「カイル!他の部屋にもいるかもしれない!別々で動くぞ――≪バレット≫!」


風魔法と火魔法を速度重視で改造した俺の魔法≪バレット≫。

弾は圧縮した空気の為、この魔法自体殺傷能力は期待できないが今はそれでいい。

緊急時でも、幼い子どもの前で血はあまり見せたくない。

カイルも殺さず無力化で数を削っている。


圧縮空気が賊の腹を打つ。

賊は息を奪われ、膝から落ちた。


「わかった!ここは任せろ!」


俺は他の部屋へ移りながら残りを探す。

剣を交えた感じ、こいつらは寄せ集めの烏合。

強さはそこらのチンピラ程度で捌きやすい。


「んんんッ――!」


台所からくぐもった抵抗の声。

扉に耳を張り付けて、息を殺す。


「おい!うるせぇぞガキ!殺されてぇか!」

「こいつ――…――…すよ、兄貴!早く逃げま――…!」


怒鳴り声ははっきり拾えるが、もう一人は掻き消される。

最低でも二人。だが多くはない。

会話の内容からも時間がないのが把握できた。


「……やるか――ッ!」


俺は扉を蹴り抜き、勝負に出た。


――見える数は二人。

屈強な男と、細身な盗賊。

だが、屈強な男の肩に担がれた重みは“子ども”じゃない。

俺たちと同じ年頃の体つき。

そして獣人特有の耳と尻尾が、誰かを明確にする。


「――リリッ!」


悲鳴を上げた張本人がいた。

口を塞がれたリリが俺を見る。

先程の悲鳴からか、口は塞がれていた。

唯一見て取れる瞳からは希望とも絶望ともつかない表情が浮かぶ。

この状況でも残る濁った瞳に、闇魔法の恐ろしさを実感する。

だが、やることは変わらない。


「≪バレット≫!」


俺は魔法を細身な盗賊に向けて放ち、屈強な男へと迫る。

速さ特化の魔法は初見では捌けず、肩に被弾。

そのまま盗賊は膝をつく。


その間に屈強な男と対峙する。

男は前のめりに右手で剣を抜刀、俺の短剣と交わる。


――重いッ!

左手は肩に乗せたリリを抱えたまま。

片手で押されるほどの力差に、一度剣をいなして後ろに下がる。


格が違う。

踏み込みが深く、重い。

重心移動にも無駄がない。

そして距離感も近すぎる遠すぎず。

間合いの測り方が街のチンピラではない。

訓練された“仕事”の腕だ。


短剣と視線は屈強な男に向けたまま静かに対峙する。

その横では、膝をついて荒い呼吸を整えている盗賊がゆっくりと立ち上がった。


「……今度は油断しませんよ。≪ウォーターボール≫――ッ!?」


――遅い。

対峙している間に準備した圧縮空気が再び放たれ、水球を貫通して魔法使いに命中する。

≪バレット≫の利点は即着弾とも言える速度ともう一つ、弾が透明という点。

歴戦の魔法使い同士の戦いになれば魔力の動きで気づかれるだろうが、盗賊相手なら()()()()()()だけで十分効果は発揮する。

つまり、≪バレット≫の発動速度を本来の半分近くまで早めることができるのだ。


俺は地面に倒れこむ盗賊を横目で確認し、再び屈強な男へと飛び掛かる。

今度は魔力で身体強化を施した一振り。

だが、ぶつかった瞬間にわかる。


――それでもなお、重い。


拳が沈む前に、腕ごと押し返される。

互いの歩幅が土を踏みしめ、じりじりと押し合う形になるが、わずかに、確実に俺の足が後ろへ滑った。


「……っ!」


喉の奥がひりつく。

力では負けている。

それでも踏ん張ろうと歯を食いしばった瞬間、男が鼻息を荒くしながら前へ体重を乗せてきた。


「所詮はガキだな!軽すぎる!!」


圧が、違う。

骨ごと地面に叩きつけられそうな重さだ。

久しぶりの、命を削る戦い。


反射的に横へ身を逸らす。

避けたというより逃げたに近い。


男はそのままの勢いで踏み込んでくる。

土が跳ね、ぶつかった肩から全身へ電撃のような痺れが走った。


――だが、それでいい。


この密着に近い距離は、こちらの魔法にとっても好都合だ。

戦闘の傍らで仕込んでいた≪バレット≫を、男へ向けて発射――


「――兄貴! 逃げろ!!」


背後から、倒れていたはずの盗賊の叫び声。

その直後、足元で何かが破裂した。


煙幕だ。

この発生速度。

くそっ、魔法使いか。


白い煙が一気に広がり、視界が奪われる。

不意の視界悪化で、撃ち出した≪バレット≫は空を裂き、狙いから逸れた。


咄嗟に腕で口元を覆い、後退する。

だが、目の前の気配が一つ、急激に後ろへ跳ねた。


「くそっ!――すまねぇ! 必ず迎えに戻る!」


怒鳴るような声が、煙の向こうから聞こえた。

足を止めなかった理由がはっきりわかる。


時間をかければ不利になるのは賊側だ。

屈強な男は、俺を倒すのではなく撒くという選択を取った。


煙の中、わずかに足音が遠ざかる。


重い体格のはずなのに、迷いのない後退。

走り慣れている足だ。暗闇も、森も、逃げ道も読み切っている。

迷いがない。

予め話し合いがされていたのか。


「リリ――ッ!」


足音の方へ追おうとした瞬間、横合いから短い詠唱が聞こえた。


「……≪マッドフィールド≫」


次の瞬間、足元の土がぐじゅ、と沈む。

固い地面だったはずが、一気に泥へと変わり、足首が半ばまで飲み込まれた。


「――くそッ!」


一歩踏み出そうとすると脚を引きずられ、泥がより足首を絡め取る。

その間にも、屈強な男の気配は煙の向こうに消えていく。


「≪再構築≫!」


俺は崩れた地面を再び魔法で固め、強引に蹴り出す。

時間で換算すれば一秒足らず。

だが、その一瞬は男が逃げるには十分だった。

男はリリを背負ったまま窓枠へ足をかける。


俺は手を伸ばす。あと少し、指先が届く。


けれど――


煙の薄れた視界の先で、リリの瞳があの日の“恐怖”を思い出していた。

伸ばした俺の手と視線が合う。

怯えで揺れる濁った瞳。

その奥に見えた、ごく僅かな希望の光。



だが――俺は、その光にはなれなかった。


指先は空を掴み、次の瞬間、窓外で白い煙が再び炸裂した。


「クソッ!」


視界が白く裂け、重い足音が外へ逃げていく。

路地、屋根、塀――残り香は薄く、痕跡はほとんど残らない。


今ここで男を追えば、この魔法使いを逃がすことになる。

追いつける保証もない。

両方を取り逃がす可能性すらあった。


喉が焼け、胸の奥が冷たくなる。

その感覚と引き換えに、頭の中で抑えきれないほどの苛立ちがぶり返した。


「――くそがあああ!!」


叫びが途切れた瞬間、胸の冷たさが別の形に変わる。

怒りでも、焦りでもない。

もっと底の方で固まっていく、静かな熱。


――絶対に救い出す。


あの時の約束を、胸に刻んで。

12/4 文章の修正を行いました。

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