カイル
「アイツら、随分と話し込んでるな……」
食堂での読み聞かせが終わり、子供たちが寝室へと戻った頃。
「リリお姉ちゃんはー?」という問いを受け、カイルは心当たりのある場所を探し回っていた。
話の内容の想像ができた故、子供には待機を命じて一人探していたのだ。
リリのソーマへの気持ちは正直、察していた。
だから言うなら今だろうとも思った。
アイツ意外と鈍感系の節あるからな……と昔の彼を知る者として評価する。
あの世界では、恋心などというものは格好の餌でしかなかった。
それ故に、多くの者はそれと無縁でいるため、遊戯めいた関わり方を選んでいた。
彼の場合も似たようなもので、恋に溺れるなどの女性関係を心配した覚えはない。
とは言え、もう俺たちを縛る物は何もなく、彼の体は血気盛んな青年。
そういう事が起きていたら適当に言っておいてやろうとも考えていた。
食堂は勿論、他の部屋やお手洗い、料理場まで探したが姿はなかった。
すれ違う子供たちに尋ねても誰ひとりとして行き先を知ってはいなかった。
部屋を一つずつ確かめていき、残された最後の場所となる裏庭へと足を向ける。
そこにもいなければ、それこそレティシアに相談して大捜索が始まる。
「まさか駆け落ち……いや、ないか」
僅かに浮かんだ可能性を、すぐさま切り捨てる。
ソーマがリリを可愛がっているのは確かだが、それは決して異性としてではない。
仮に惚れた女から駆け落ちを持ちかけられたとしても、あいつが頷くことはないだろう。
どれほど都合のよい話であっても、それで失ったモノは二度と戻らないと知っているから。
ソーマという人間は、そういう人生を生きてきたのだから。
裏庭へと続く扉を開ける。
裏庭は静かすぎた。
月明かり、木々、そしてランタンの薄い灯り。
誰もいないのに不自然についた灯りに、嫌な予感を覚える。
「誰も、いないのか?」
恐る恐る庭の中央へと歩みを運ぶ。
悪い方にこそ予感は当たるもので、すぐそこの段差の影にリリが倒れていた。
「リリ!」
駆け寄って肩を抱き起こす。脈はある。体温もある。
ただ、眉間にしわ。浅い寝息。
うなされながらも眠っている――けど、ただの睡眠じゃない。
獣人特有の鋭い感覚が、少しばかしの冷たい魔力の残り香を感じ取る。
普通の魔力とは違う、触れる者を傷つけるような冷たい魔力。
すぐそば、地面に黒く焦げた木の板。
焼かれた文字が、月光に浮いた。
――リリを頼んだ。
「……ソーマ、てめぇ」
歯噛みした。
この状況が、ソーマによるものだと察したから。
そして、大きな何かを一人ですべて背負う気だとわかったから。
アイツの悪い所で、そういうのは、昔から嫌いだ。
だが、同時にわかるのだ。
これは俺が巻き込まれるのを最低限にするための配慮なのだと。
板を拾い、膝に当てて折る。
パキン、と乾いた音。
さらに靴で踏み砕き、土に埋めるように散らした。
「馬鹿がよ――俺にも背負わせろよ」
リリの頬を指先で軽く叩く。
アイツの行方も気になるが、まずはリリの状態を確認してからだ。
「リリ、聞こえるか。俺だ、カイルだ。――おーい、意識あるかー?」
反応は鈍い。
肩を揺らす。
「大丈夫かー?ここは寝室じゃなくて裏庭だぞー」
長く一度、彼女の呼吸が震え、次いで整う。
まぶたがかすかに持ち上がった。
「……カイル……?」
「おう。起きろ。夢を見るのは一旦終わりだ」
冗談を言うような、明るい笑顔を向ける。
下手に不安を煽らない為の笑み。
「立てるか? 無理なら手伝うぞ?」
「少しだけ、手伝って」
リリは小さくお願いして、腕にしがみついた。
立ち上がり、補助をしながらリリを起こす。
ランタンの火を確かめて、靴で砂利を払う。
足跡は最小限に。
焦げた破片はもう見えない。
「……ごめ、ん……」
「謝るなって。それより、体調でも悪いのか?」
「多分、大丈夫だと思う」
「そっか、ならよかった」
リリの顔を見る。
瞼を重そうにしてはいるが、それ以外に悪いところは見えない。
足取りも、支えが必要と感じるほどふらついてはいなかった。
“リリを頼んだ”なんて書かれていたから何か問題があるのかと勘ぐっていたが、そんな兆しは見当たらない。
体調不良でもないようだ。
寝室まで届ければ、とりあえず心配はいらないだろう。
段差に差し掛かり、カイルはリリを先に上らせる。
念のためドアを開けてやろうと視線を外し、取っ手に手をかけた。
「――そういえば、ソーマはどこだ?」
無意識に口から出た。
一緒に出たのだ。
いないほうが不自然で、当然の疑問。
だが、それは悲しみの琴線に触れる問いだった。
次の瞬間、背後から押し殺したような嗚咽が漏れる。
「……っ……う、あ……あぁぁぁ……!」
振り返ると、リリは段差を上がりきったところで崩れるようにしゃがみ込み、顔を両手で覆っていた。
押し寄せる涙。喉を引き裂くような泣き声。
それはただの寂しさじゃない。
過去に受けたすべての恐怖と喪失が、一度に蘇ったかのような泣き方。
「おい、リリ!大丈夫か!?」
問いにも反応せず、リリは泣き崩れる。
そして頭で蘇る『リリを頼んだ』というソーマからの伝言。
――間違いない。これはアイツが関わっている。
だが、それを知ったところでリリが泣き止むわけでもない。
リリを泣き止ませようと努めるが、子供たちが増えてきて対応が多くなる。
「なに!?どうしたの!?」
レティシアが慌ててこちらへ向かってくる。
泣き声をきいて駆けつけてくれたみたいだ。
「わからねぇ!けど、一旦どこかへ!」
子供たちには、これ以上この光景を見せていたくない。
迫害を経験していた彼らにとって、リリは心の底から信頼できる数少ない仲間なのだから。
「一旦、私の部屋へ運びましょ!」
レティシアが背に手を添え、落ち着かせながら移動を促す。
その時、リリの小さな手が俺の裾をぎゅっと掴んだ。
……普段なら、こうして支えてやるのは俺の役目じゃない。
集まった子供たちを避けつつ、レティシアと共にリリを部屋へと運ぶ。
どこにいったんだよ、ソーマ――。




