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死に場所を選んだ元ヤクザ、異世界で片足の貴族令嬢の右腕と左腕として仕える  作者: COOH
不穏な影

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拠り所

扉は閉じているのに、言葉の温度だけが木戸を透ってくる。

低く抑えたレティシアの声にライオネルが短く答え、間に細い間が落ちる。

そのたびに、室内の誰かが息を呑む気配が伝わった。


「……養子、という形での保護です」

「名目だけではありません。具体的な住まいと、学びの場も用意できます」

「……わ、たし……」


最後の小さな声は、紛れもないリリのものだった。


俺は扉に背を預け、耳を澄ます。

床板のきしみ、椅子の脚のこすれる音。

やがて、レティシアがほんの少しだけ声を柔らげた。


「リリ、ここでの暮らしを否定する話じゃないのよ――選べるようにするための話よ」

「……でも」

「怖いのは、わかっている。それでも、ここは危険だ」

「……いや。ひとりは、いや」


隙間から、室内の影がわずかに動くのが見えた。

リリは背を丸め、レティシアの椅子の脚にぴたりと寄り添っているらしい。

それでも、彼女の視線は時折、扉のこちら側――つまり俺の立っている位置へ吸い寄せられていた。

見えていなくても、探している。

俺を。


レティシアが、ふっと息をついて言う。


「ソーマ、聞こえているのね。入っておいで。席は端で構わないから」

「……」


逃げても仕方ないので扉を開ける。


空気がひと筋、廊下から流れ込む。

その瞬間、リリの耳がぴくりと動いた。

目が合う。

肩に乗っていた力が一段、落ちる。

それだけで、部屋の温度が半度ほど下がった気がした。


「端に立っていてくれればいいわ」


レティシアが目で伝えてくる。

俺は頷き、壁際に立った。

視線を動かすたび、リリの指が小さく緊張と弛緩を繰り返すのが分かる。

膝に置かれた手はさっきまで白くなっていたはずの指先に、ほんの少し血色が戻っているような気がした。


ライオネルはが自分を見る。


「君は、本当に信頼されているようだな」

「……そう見えるだけです」


思わず返した言葉は、我ながら薄かった。

”見えるだけ”で済むならどれだけ楽か。


話は続く。

戸籍の扱い、孤児院との往復の案。

レティシアが淡々と条件を引き出し、ライオネルが可能な限りを提示していく。

リリは黙って聞いていたが、要所で俺の方を見る。

「北の森」の話が出るたび、耳が伏せられ、尾の先が小さく震えた。

もう、エルドの話も聞いたようだ。

視線だけが俺に縫いとめられている。


「……水を取ってきます」


一段落したところで、俺はそう言って部屋の隅を離れた。

扉に手をかける。


――たった二歩。

二歩だけ、距離が開いただけで、リリの呼吸が一拍乱れたのが伝わった。

薄い吸気が喉で止まり、指が椅子の座面を探る。

レティシアの肩に寄りかかる力が強くなる。


俺は扉から手を離し、無言で元の場所に戻った。

戻ると同時に、リリの爪先が床を撫でる動きをやめ、肩の高さがひとつ分、下がる。

細い胸郭の上下が、さっきより長いリズムで波打ち始めた。

――俺はわかってしまった。

これは偶然じゃない。


レティシアと目が合う。

彼女は、短く頷いた。肯定、そして警告。

拠り所という言葉が、何も言われないのに頭の中へ滑り込んでくる。

逃げ場。安全地帯。

俺の立っている、ここだ。


案内の最中に垣間見えたリリの恐怖心。

あれも俺という支えがあったからこそ、かろうじて押し隠せていたのだと気づかされる。


「リリ」


レティシアが優しく呼ぶ。

リリの焦点が戻り、多少の安堵と共に話が終わりへと向かう。


「今日、ここで決める必要はない。考える時間を置こう」

「……はい」

「ただ、時間はあまりない。北の森の件は現実だ。怖いままでいてもいい。けれど、怖いままでも選んでほしい」


その言い方に、ライオネルがわずかに目を伏せた。

彼の拳はもう震えていない。

代わりに、開かれた掌が膝の上で静かにほどけている。

守る側の人間の手。

それは、あまりにも真っ直ぐで、俺の胸を刺す。


「今日はここまでね」


レティシアが区切りを入れると、ライオネルは立ち上がり、深く頭を下げた。


「一週間後までには、答えをまた聞きに伺う。……失礼した」


視線が、最後に俺をかすめる。


「君も」


扉が閉まる。

廊下に、足音が遠ざかっていく。

レティシアがはっと我に返り、ライオネルの跡を追った。

部屋には、俺ととリリだけが残る。


静けさが降りるまでの数呼吸、リリは椅子から動かなかった。

やがて、そっとこちらを見る。

袖口をつまむ指が迷いながら持ち上がる。

俺が一歩近づくと、その指は迷いをなく布をつまんだ。

まるで、それが呼吸の仕方であるかのように自然に。


「……ソーマ」

「なんだ」

「……行かないで」

「……」


何も返せなかった。

ただ、いつまでもここに立っていられるわけでもない。

時間は減り続ける。

恐怖も、消えはしない。


最初は、俺の事を”家族として”好いてくれていると思っていた。

俺に養子の話をしたのも、第三者への相談くらいに考えていた。

だが、違った。今、わかってしまった。


好いた惚れた?

……違う。

これは――依存だ。


リリと目が合う。

俺が今まで見てきたリリとは違う。

目は虚ろで、それ以外何も見えていないような。

そんな目。


嫌になるほど見てきた目だ。

金でも葉っぱでも異性でも。

その本質は変わらない。


単に好みとしてみていたものは、いつしか恐怖から目を背ける為にのめり込む。

そして質の悪いことに、それは受け入れてくれる。


あの夜の事を思い出す。

『……今の約束、忘れないからね』

誓いの杭のように感じたそれは、いつしか呪縛に変わっていた。

俺は、受け入れてしまったのだ。

リリの恐怖から目を背ける”拠り所”として。


よく考えればわかる話だ。

彼女はまだ十数年しか生きていない。

本来ならば、何かに支えられながら生きる段階なのだ。

だが、俺はその支えになるにはあまりにも汚れすぎている。


リリの視線が俺を刺す。


その刹那、押し込めたはずのものが泡立つ音を立てて頭の底から浮かび上がった。

黒い泥のような思想が、肺に染み込み、血管を通じて全身を汚していく。

止めようとしても、勝手に巡る。

俺を過去に引きずり戻す。


やめてくれ。

そんな目を、この世界でも俺に見せないでくれ。

明るい世界で生きると誓ったんだ。

そんな暗い瞳で、あの世界を思い出させないでくれ。

俺を戻そうとしないでくれ。


もう、二度と踏み入れないと誓った道だ。

一度堕ちた人間は、簡単には戻れない。それを知っているから。

堕ちた先にある呪いが、心にまで巻き付いてしまう。

それを取り除くのは、例え転生や魔法と言った御伽噺をもってしても――。


――その時。

ノックの音が部屋に響いた。

反射的に振り返ると、扉がゆっくり開く。


「……おい」


立っていたのはカイルだった。

貴族と会わないように狩りに出かけていたが、早めに切り上げたらしい。

けれど、彼の目は俺ではなくリリに注がれている。


裾を握りしめる彼女の手。

虚ろな瞳。

俺の影にしがみつくように座るその姿。


カイルの表情がわずかに強張る。

言葉にはしなかった。

しかし、その瞳に浮かんでいたのは”危うさを悟った瞳”。


俺は返す言葉を見つけられず、ただリリの手に掴まれたまま動けない。


静かな空気が、刃物のように張り詰めていく。

気まずさと重苦しさが胸を圧し、息が詰まる。


その沈黙の中で、俺は声を出せなかった。

ストック7話分くらいしかないんで途中でまた終わります(ごめん)

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