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15/18

休息

貴族令嬢の登場が先になりそうです。

それに合わせてタイトルを変えるかどうか迷っています。

もしよければ、皆さんのアイデアやご意見をいただけたら嬉しいです。

昼前の市場は呼び込みの声と焼き立てパンの香りで活気づいていた。

石畳の通りをリリは小柄な体で器用にすり抜け、その手に引かれるたびに俺は半歩遅れては引き寄せられる。


「ほら、こっちこっち!」

 

フードの端が揺れて耳先がちらりとのぞく。

すぐに押さえて隠す仕草ももうお馴染みだ。


木箱に山盛りの野菜、つやつやした果物、香草の束。

リリは屋台をひとつひとつ回り手際よく品物を選んでいく。

 

「この葉っぱは刻んでスープに入れると香りが全然違うんだよ。あとは、この根菜。煮ると甘くなるから覚えといて」

 

そんな豆知識を挟まれるたび袋持ち役の俺も妙に真剣に聞き入ってしまう。


「よし、これで今日の夕飯はバッチリ!」

 

リリが満足げに笑い袋を俺の腕に掛ける。

ずしりとした重みが、俺には妙に心地よかった。





孤児院の台所に入ると、煮込みと炒めた野菜の甘い匂いがほのかに漂ってきた。

しかし、いつもは何人かいる鍋をかき混ぜる子供たちの姿はない。


「今日はみんな用事で出ちゃっててね。夕飯は私ひとりで作る予定だったの」


リリはそう言うと、作業台に袋を置いてまな板と包丁を俺に押し付けてくる。


「今日はソーマにも手伝ってもらうよ」

「……俺、ほとんど包丁なんて握ったことないぞ」


料理は昔からほとんどやったことがない。

前の世界でも、それは下っ端の仕事で俺は親父のそばで別の役目をこなしていた。

皿洗いや炊事は他の連中に任せるのが当たり前で、自分で包丁を握る機会なんて滅多になかった。

そのせいか、この世界でも家事を手伝うときは自然と料理は避けてきた。


「そういえば台所にソーマがいるの見たことないね。じゃあなおさら教えがいあるね!」


リリが俺の左手を上からそっと包み、指を丸めさせる。


「こうやって指を曲げて、第二関節を刃に当てるの。そうすれば切っても手は無事だよ」


言われた通りに動かすと、刃先が関節の外側をかすめる感触が伝わる。

――ああ、こうやって切れば指は当たらないのか。


料理の経験は浅くとも、冒険者としてナイフを使う機会は多い。

少しぎこちなく包丁を動かすとトントンという軽快な音が台所に響く。

切り口から立ち上る青い香りとリリが時折くれる短い助言。


意外と、悪くない。

包丁を握る感触も、材料が形を変えながら香りを増していく様子も、不思議と心地よく思える。


「うん、やっぱ刃物の扱い自体は慣れてるね。じゃあ次はソース作りだよ」


リリが小鍋に油をひいて刻んだ野菜を落とす。

ジュウッと野菜の音が弾け香りが広がる。


「香りが移ったらスープを加えて……はい、味見して」


言われるまま口に含むと、野菜の甘みと香草の香りがじんわり広がる。


「――美味しい。こんなに変わるもんなんだな」

「どれどれ……うん、いい感じだね! これなら肉にもパンにも合いそう」


湯気の中でリリが笑った。

その笑顔はいつも通り、明るくて屈託がない――はずだった。


しばらく鍋をかき混ぜ、俺に説明しながら仕上げの香草を落とす。

ぐつぐつと煮立つ音が静かに響く。

その間に、彼女の横顔から少しずつ笑みがほどけていき、影が差す。


「……今度の貴族様の視察のこと、知ってる?」


湯気越しに視線が合い、少しの沈黙が落ちる。


「知ってるも何も、リリが聞いた時俺らもいたろ。……孤児院の様子見、だっけか」


俺は昨日のカイルとの話を思い出しながら答える。

まな板の上で人参のような野菜を刻みながら、鍋に入れる順番を頭の片隅で記憶する。


「うん。でも、本当は……私を養子に迎えるかどうかを決めるためなんだって」


包丁を握る手が止まる。


「……お前を?」


リリは少しだけ笑ってみせたが、目は鍋の中から離れなかった。

木べらがゆっくりと円を描き、具材が湯の中で静かに泳ぐ。


――他国の獣人の貴族が、わざわざ獣人差別の強いこの国まで来て養子を探す理由は何だ。

いくら貴族といえど、歓迎されるどころか姿を見せれば冷たい視線を浴びるのは分かりきっているはずだ。


「レティシアさんから昨日聞いたの。だから、きっといろんなこと聞かれると思う」


再び木べらが鍋底をなぞる音が、コトコトと煮立つ響きに溶けていく。


胸の奥にじわりとした重みが沈み、喉の奥が少し詰まる。

視察なんて形式的な顔合わせだとばかり思っていたが、実際はそうじゃない。

静かに、だが確かに、リリのこれからを左右する場になろうとしている――。


それでも俺は、頭のどこかで“いい話”だと思った。

これまでの暮らしよりずっと豊かな未来が、リリを待っていると。


だから、わざと明るく声を出す。


「でも、良かったじゃないか。貴族になれる滅多にない機会だろ?」

「……うん、そうだね」


しかし、返ってきた声は沈んでいて。

そこに喜びの色はひと欠片もなくて。


「……とにかく、今は料理に集中しよ」


リリは話を切るように鍋へ視線を戻す。

その横顔には、淡い影が差しているように見えた。


そう言った直後、玄関から賑やかな声。

外出していた子供たちが袋や籠を抱えて台所へ飛び込んでくる。


「ただいまー!」

「ねえリリ姉、これも入れていいー?」

「えー、どうしようかなー?」


一気に狭くなった台所で俺は自然と鍋から離れ棚の方へと下がった。

湯気の向こうで笑顔を見せるリリの横顔には、どこか暗い影が見えた。

そのわずかな影は、夕飯の席でも変わらないまま灯りの下で静かに彼女の表情を曇らせていた。


本来であれば、平民が貴族になれる機会なんてない。

多くの者にとっては、望みもしない幸運。

人生をひっくり返すほどの大きな栄誉だろう。

だがリリの顔には、その喜びの色は一片もなかった。

むしろ拒むような影がある。


――なにか、あるのか。

それでも俺は何も聞けず、ただ手を動かすふりをして時間をやり過ごした。


夕食が終わっても、リリの笑顔の奥に潜む影は消えなかった。

賑やかだった食堂は、片付けが終わる頃にはすっかり静まり返っている。

夕食時には食卓を囲んだカイルも、疲れからか食後すぐに部屋へと向かっていた。


俺も部屋に向かおうと腰を上げかけたその時。

椅子に腰を下ろしていたレティシアがこちらに視線を向けた。


「……ソーマ。少し、話があるの」



ここからは丁寧に仕上げたいので投稿頻度おちます。

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