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大図書館

翌日。

まだ朝の冷たい空気が残るうちに、俺たちは城下町の中心へ向かった。

目指すは、国の大図書館。

白い尖塔と重厚なアーチを備えた建物が、朝日を受けて石畳の先に堂々とそびえている。


「……でけぇな」


隣でカイルが見上げ、口笛を小さく吹いた。

高い外壁と分厚い扉、その前には職員らしき人物が立ち、入館者を一人ずつ確認している。


「……有料区画の利用か?」


受付台の向こうで職員がこちらを見る。


「そうです。平民ですが、問題ないですか?」

「問題ない。こちらに銀貨を」


腰袋から銀貨を数枚取り出し台の上に置く。

銀貨の重なり合う澄んだ音が静寂の中で妙に響いた。


カイルが横目で袋を覗き込み「結構するんだな」とぼそっと呟く。


「貴重なもんほど金がかかる。そういうことだ」


職員が銀貨を確認し、差し出された革製の来館証を受け取った。


そのまま扉を開けて中に入ると、紙とインクの匂いが鼻をくすぐった。

高い天井から差し込む光が、磨き上げられた床に反射して柔らかく広がる。

静寂が支配する館内で足音だけが小さく響いた。


案内役の司書に従い、俺たちは魔物関係の資料のある場所へ向かった。




「この辺りが魔物関連の資料を保管している書架になります。それでは、私はこれで」


司書は案内を終えると、軽く一礼し、足音を静かに遠ざけた。

残されたのは、壁一面を覆う重厚な書架と、俺たち二人だけ。


「……うわ、どんだけあんだよ」


カイルが顔を引きつらせる。

分厚い革装丁の図鑑から、殴り書きの古びたノートまで。

魔物に関するありとあらゆる資料が、無造作に詰め込まれている。

まさに情報の宝庫――いや、情報の墓場だ。


「とりあえず、これから始めよう」


俺は一番目立つ革張りの図鑑を手に取り、パラパラとページをめくる。

灰牙狼の項目を探すのに少し手間取ったが、ようやく発見。


『灰牙狼――生息域は北部森林地帯。通常は人里に現れることはないが、食糧不足や縄張り争いが激化した場合移動することが確認されている』


北の森にいる灰牙狼が丘陵地帯にいたのは異常が起きている証拠だった。

その「異常」の正体は十中八九――


黒甲獣だろう。


俺はすぐに索引を開き、その名を探す。

中々見つからなかったが、数冊目の資料でようやく目当てのページを見つけた。


『黒甲獣――全身を漆黒の外骨格で覆われた大型魔獣。体長は四メートルを超え、牙と爪は鋼鉄をも裂く。極めて獰猛かつ縄張り意識が強く、周囲の魔物を駆逐して生息域を拡大する。

その爪は戦闘時に高熱を帯び、引き裂かれた対象の傷口は、まるで焼きごてを押し当てられたかのように炭化して残る。この焼痕は黒甲獣の痕跡を判別する有力な手がかりとなる』


「……なるほどな」


爪は高熱を帯びて傷にはその痕が残る――俺たちが見たのはこいつの傷跡で間違いないだろう。

俺のつぶやきに「何かわかったのか?」とカイルが首をかしげる。


「色々と確証がとれた。後は魔物の知識を叩きこむだけだ。お前もこの辺に目を通しておいてくれ、俺は別の資料を見てくる」

「へーい」


渋い顔をしつつも、カイルは本を受け取りページをめくり始める。


資料を探して少し視線をずらす。

魔物図鑑の棚の隣に、「呪印・刻印」と書かれた一角が目に入った。

胸の奥をざわつかせる嫌な予感に突き動かされ、無意識のうちに足が向く。

古びた背表紙から一冊を抜き、黄ばんだ紙面を開く。


――息が止まった。

黒い紋様が掌の中央から放射状に広がり、指先へ伸びる細い線。

中心には小さな円、その周囲を囲む幾何学模様。

俺の手と同じ印だ。


指先がわずかに震え、喉がひりつく。

目を逸らしたいのに、文字が勝手に飛び込んでくる。


『闇の刻印:

この刻印は、本来の魔力とは異なる“刻印魔力”を宿す。これを行使することで、所持者は既存の魔法の威力を強化し、闇魔法を行使可能とする。

また、条件を満たすことで魔物の従属、精神への干渉、影を媒介とした移動など、多様な術式を行使することが確認されている。

しかし、生命力を直接扱う回復系統の魔法を使用すると、刻印はそれを拒むように強い痛みをもたらす。このため、所持者は回復魔法の行使に大きな負担を伴いその効力や速度も著しく低下する傾向がある。


以下は、現在確認されている闇魔法である。


――影縫い:影を固定し、対象の動きを封じる。

――影渡り:影と影を媒介として瞬間的に移動する。

――心蝕:対象の精神に干渉し、恐怖や幻覚を植え付ける。

――魔獣縛:一定条件下で魔獣を従属させる。』


魔法の文一行ごとに胸の奥がざらつく。


――いや、違う。

これは読む感覚じゃない。

言葉そのものが、刻印を通して脳と神経の奥に押し込まれていく。


拒む暇もなく、術式の構造と行使の手順が鮮明に焼き付く。

その直後、左手の刻印が灼けるような熱を放った。


皮膚だけでなく骨の芯まで焼かれるような痛み。

呼吸が詰まり視界がじわじわ白く滲む。


「ッ……ぐ、あ……」


膝が揺らぎそうになるのを必死にこらえて棚に片手をつく。

脳裏にはなおも魔法の構造が流れ込み、脈打つたびに痛みが全身を走る。


「おい……どうした?」


背後からカイルの声。

読み終えて後でも追ってきたのだろうか。

「いや、なんでもない」そう言いかけた瞬間、視界が大きく揺れた。


「――っ」


踏み出した足がもつれ、耐える間もなく身体が傾く。

本が手から滑り落ち乾いた音を立てたのと同時に、俺の世界は暗転した。


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