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冒険者

森に入るのはやめておいた方がいい。

今の俺たちじゃ、どう考えても勝てない相手がいる。

下手をすれば、姿を見る前に命を落とす。


ならば先に足場を固めるべき。

俺たちは町に戻ってリリに肉を渡した後、冒険者登録を済ませることにした。


「……で、初仕事がこれかよ」


カイルが手に持ったほうきをぶん、と振る。

俺も溜め息をつきながらゴミ袋を持ち上げた。


「低ランクなんてこんなもんだ。魔物討伐より、町の掃除や荷物運びがメインだって聞いてただろ」

「聞いてたけどよ……これじゃただの便利屋じゃねぇか」


確かに、冒険者という肩書きの響きは華やかだが、最初のうちは地味な依頼ばかりだ。

だが、それでもやる価値はある。


「信用を積むんだよ。ランクが上がれば、森の依頼も受けやすくなる」

「……まぁ、先に準備できるなら悪くねぇな。今のあの森に入る気にはなれねぇし」


カイルはそう言って肩を回し、再び掃き始めた。



「おーい、兄ちゃんたち、そっちはもう終わったかい?」


通りの向こうから、依頼主の商店の親父が声をかけてきた。


「はーい、こっちは片付きました!」


俺が返事を返す横でカイルがほうきを肩に担ぎ胸を張る。

集めたゴミを袋にまとめて親父の足元まで運ぶと、「助かったよ」と笑顔が返ってきた。


「しかしあんたら、若ぇのに働き者だな。そっちの元気な兄ちゃんなんか重い荷物を全部一気に運んでくれるし、まるで獣人みてぇだ」

「……獣人、ね」


俺は曖昧に笑ってごまかした。

カイルが横でニヤリと口角を上げる。


「な? 言ったろ、ちゃんと“人間に見えてる”って」


俺はため息をつき、小声で返す。


「……耳を隠すのだって、意外と魔力喰うんだぞ」

「いいじゃねぇか。おかげで、町中でジロジロ見られずに済んでる」


依頼主の親父は俺たちのやり取りに首を傾げるが、何も聞かずに袋を店の奥へ運んでいった。


――俺の魔法は、カイルの獣耳を透かして“人間に見せる”ものだ。

単純な幻術だが、維持には微細な魔力操作が必要で、長く使えば集中力も削られる。

しかも耳の輪郭を消すだけじゃ不自然で、髪や影の流れまで細かく調整しなければならない。

無論、俺も刻印を隠すために左手には革の手袋をはめている。


「……本来なら戦闘用に温存したいんだがな」

「ケチくせぇこと言うなよ。俺が人間の顔してる間は、少なくとも余計な揉め事は減るんだ」


その言葉は正しい。

この国では“人間じゃない”というだけで、目を向けられ、石を投げられる。

幻術一つでそれを避けられるなら、魔力の消耗も安い代償……なのかもしれない。


「ほら次の依頼行くぞ」

「待て、先にギルドに報告を――」


言葉を待たずに、カイルが先に歩き始める。

ため息をつきながらも俺はもう一度彼の耳のあたりを意識して魔力を流し込み、町の喧騒の中へと足を踏み入れた。



=====================================



「聞いたか?やばい狼が出たらしいぞ。なんでも、森の動物が全滅していてその傷跡には焦げた跡がついていたらしい」

「それ、黒甲獣こくこうじゅうじゃないのか?どうしてこんな時期に……。そもそも、もっと北の森にいるんじゃないのかよ」

「知るかよ。――くそ、これじゃ迂闊に森に近づけねぇ……」


カイルを制してギルドに戻り依頼完了の処理をお願いした待ち時間、そんな会話が横から聞こえてきた。

人の身長ほどある大剣を持つ大男と先端に大きな宝石を付けた杖を持つローブを被った細身の男、いかにも冒険者な風貌をした奴らの会話だ。

ちなむとカイルはギルドの外で待機している。

流石にギルドでは看破される可能性が高いし俺の魔力操作が持たない。

幸い、ギルドは依頼を複数人の名前で出すことができるので最低一人が証明のためギルドに訪れれば依頼完了となる。


……焦げた傷跡。

森で見たあの鹿の裂傷と同じだ。

鼻の奥に、あの時の焦げた肉の匂いが蘇る。

思わず背筋が粟立った。


「いっそ俺たちが倒して手柄になんて――」

「無理に決まってんだろ。あんな硬い装甲、剣でも魔法でも俺たちじゃ貫通させれねぇよ」

「いや、でも関節部を狙えばもしかしたら――」

「あんな速いやつの急所なんか狙えるわけねえだろ!はぁ、別の狩場見つけないとな……」

「わりぃ……。お、酒が来たぞ!ささ、飲め飲め!」


男がテーブルに届いたジョッキに手をかけ、泡ごと喉へ押し込むように呑み干す。

久しぶりに嗅ぐアルコールの臭いとそれを飲む幸せそうな顔に心からつられそうになるが、それを堪えて思考を回す。


……やはり間違いない。

あの裂いた傷は黒甲獣のもので間違いないだろう。

動物を狩るだけでなく、焦げた痕跡を残すその一撃。

あれに一度狙われたら、逃げ切れる保証はない。


「黒甲獣……」


思わず声に出してしまいそうになり、唇を噛む。


今の俺たちじゃ、あれに挑むのは自殺行為だ。

速度も装甲も桁外れで、狙える急所は限られている。

聞いた話だけでも強さを推し量るには十分だった。

万が一、森で遭遇したら逃げる以外に選択肢はない。


受付嬢から依頼完了の証明を受け取り、ギルドを出る。

外では、フードを深く被って壁にもたれていたカイルが腕を組んで待っている。


「遅ぇぞ。何かあったか?」

「黒甲獣――森でのあの件の話を少し聞いてた……やっぱ森は当分ナシだ」


カイルは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに口元を歪めて笑った。


「なら、しばらくは雑用で稼ぎながら装備も整えるか。どうせ金はいくらあっても困らねぇしな」

「そういうことだ」


俺は静かに頷き、足を前に出す。

黒甲獣は、きっといつか立ちはだかる壁になる――そんな予感がした。


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